二つの再会-2
「……そうだったんですか。すみません、軽はずみなことを」
「いえ、いいんです。もうだいぶ落ち着いてきましたから」
ほらみろ。おまえのせいだぞ、この気まずい空気。もう一人の俺が耳のそばで説教をたれている。あぁもう、わかっているさ。
言った後で後悔。そろそろ別れるタイミングかと思ったが、彼女から思いもかけない言葉が贈られた。
「奥様、とっても辛いでしょうね。入江さんと子供を残していってしまって」
心臓が締め付けられた。
まさしく今、目の前で妻が俺に向かってそう言ったかのように錯覚してしまった。
妻は病気を患い、およそ一年間の入院生活後に息をひきとった。
病室に通う度、妻はよく言ったものだ。あなたとゆきなが心配だわ。だってあなた、なんにも出来ないんだもの。
「ご飯、ちゃんと作ってる?」
「朝の支度は前日の夜にしておくのよ?」
「ゆきなの髪、可愛く結ってあげてね」
妻の前では、俺もゆきなも同等のように扱われた。わかってるよ、お母さん。
誰よりも優しく、思いやりがあり、他人に対しては特に心配性だった妻。それでいて、俺の前でも弱みをあまり見せない強い女性だった。入院生活の中でも、俺は妻の涙を一度も見なかったかもしれない。
ゆきなは、入院中の妻とあまり会うことがなかった。初めて病室にゆきなを連れて行った時、妻は「あまりゆきなをここへ連れてこないで」と釘を打ったからだ。
もう助からない病気だった。
妻は後々のことを考えて、特にお世話になる祖母(妻の実の母親だ)へなつくよう配慮したのだろう。会いたい気持ちも、抱きしめたい気持ちも押さえ込んで。
妻は本当に、ゆきなを愛していた。
ゆきなも本当に妻を愛していた。
だが今では、ゆきなは妻との思い出をあまり覚えていないようだ。当然だ、ゆきなはまだ二歳だったのだから。かくいう俺もそうかもしれない。
妻が亡くなった日、俺は彼女の部屋に入って一人床に座り込んだ。
この匂いは妻のものだ。
あの抜けて落ちている髪の毛も妻のものだ。
壁に掛けてあるコートも、机の上にある小説も、化粧台に揃えてある化粧品も。
その部屋にないのは、妻そのものだった。
部屋の匂いが時と共に薄れていくのと同じで、記憶も少しずつぼやけてくる。曖昧なものになってくる。俺はそれが本当に辛かった。
だが、一番辛かった人物は一体誰だったのだろう?
(ラッキーっていうんだから、今日一日何かいいことあるかもな)
大久保の言葉が、もう一度俺の耳によみがえる。
きっと今日は。
妻に似た彼女から、妻の本音を、隠されていた想いを聞かされる日だったのかもしれない。




