蒼月
前書きらしい
夢の中の様な曖昧な霧が立ち込める森の中で彼は立っていた。
肌寒くもなく、かといって暖かい訳でもない。
一歩踏み出すと、裸足の足裏に、湿った土と雑草の感触が伝わった。
「...。」
彼は、なぜ自分がここに居るのか分からなかった。気が付いたときには、すでにそこに立っていた。ついさっきまで家にいたはずだった。扉を押し開いたときの感触が、まだ手に残っている。だが、見渡しても家はない。扉さえない。そもそも彼は、この不気味な場所に来た覚えが無かった。
そう彼が認識した瞬間だった。
ウオー――――――ンと、狼の遠吠えが霧の奥から響いた。得体の知れない昆虫の様な鳴き声があちこちで鳴き始め、まるで時間が動き出したかのように独特な空気感が彼を襲った。
彼は再び周囲を見渡した。だが、霧が深く、数m先の道すら見えなかった。
「....どうなってるんだよ。」
彼は不安を抱えながら、一刻も早くこの場所から逃げ出そうと、一歩ずつ前へ進んだ。
_____まずい。
何かの縄張りに踏み込んでしまった。そんな予感は悪い意味で当たった。
一歩踏み出したその瞬間、横から鈍い衝撃がたたきつけられた。
視界が大きく揺れる。
直後、彼の右目の視界を赤く染めた。
「...え」
右肩が、焼けるように熱い。
生暖かい液体が、肩から溢れ出していた。
「...な......なんだ?」
声は震えていた。
何が起きているのか、脳が認識するのを拒んでいた。
腰から力が抜け、地面に座り込んだまま動けない。
「グルルルル」
赤い色が地面に染み込む。
恐怖で体が硬直したまま、彼はただ茫然と目の前を見つめた。
その視線の先には、猛獣がじっと、微動だにせず彼を見据えていた。
「う....うぁあああああ」
今すぐ逃げ出したかった。
だが体は硬直し、視線すら動かせない。
彼はこれが夢だと思った。夢に違いないと考えた。
そう思わなければ、正気じゃいられなかった。
「....。」
極限の集中力で彼は猛獣を見つめていた。もし猛獣が襲い掛かっても彼には抗う術はない。
体格に恵まれたわけでも、猛獣に襲われた時の対処法なんて知るはずもなかった。
知っていてもおびえた彼には何も出来なかっただろう。
だが、幸運な事に猛獣は彼を見つめて動かなかった。
「グルルルル」
「....。」
永遠とも思えるような睨み合いの中、
遂に、猛獣は目線を逸らし霧の中へ消えた。
「....!?」
彼は座り込んだまま泣きそうになっていた。
「た.....助かった...!?」
本当に自分は見逃されたのだろうか。いつもの悪夢なら彼は殺されて終わりだ。
だが、どうやらこの夢は続きがあるらしい。
彼は震える手に力を入れ、ここから逃げ出そうとした。
だが、手は思うように動かず、ぺたんと地面に寝転がってしまう。
「....あれ...?力が入らない...それになんだがとても.....。」
______とても眠い。
心地よさが肩から広がり、ごろりと仰向けになった。
もう力が出ない。ふさふさとした雑草。空を見上げると、彼は目を見開いた。
空一面を覆いつくすような蒼い月。
いつの間に霧が晴れていたのだろうか。
その月は今にも落ちてきそうなほどデカく、そして美しかった。
彼はその美しさを目に焼き付けておきたかった。どうせ夢から醒めると忘れてしまう。
だからこそ......。
「......?」
視界に一人の少女が映った。その少女も月に劣らぬ美しさで、まるで月の使者の様だった。
光に照らされたその絹のような髪は青にも銀にも輝いて見えた。そしてその青、緑、茶色が混じったアースアイの様な瞳は、倒れている血塗れの誰かを映していた。
そして、彼の視界は暗転した。
少女は気を失った少年を少し興味深げな瞳で見つめていた。
後書きらしい




