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不吉の魔眼持ち悪役令嬢、公衆の面前で婚約破棄されたので未来視フル活用で王太子と聖女に盛大ざまぁしつつ隣国若き王に溺愛されながら国難だけ上手に回避します

作者: 夢見叶

 ──卒業星宴の夜は、婚約破棄の香りがする。


 王立学院最終学年の生徒が一堂に会する大広間で、私は淡々とそんなことを考えていた。


 天井一面に張り巡らされた魔導水晶が、夜空の星をそのまま映し出している。きらきら、というよりギラギラだ。余裕のない財政でよくここまで贅沢ができるものだと、元婚約者予定の王太子殿下のセンスを疑う。


(……はい、魔眼起動。今日のバッドエンド候補、確認っと)


 左目の奥がかすかに熱を帯び、世界の向こう側に「もしも」のレイヤーが開く。


 視界の端、王座の前あたりに、未来の断片が三つほど浮かび上がった。


 一つ目。

 セイラム殿下が、舞台の真ん中で私を指さし叫ぶ。

 『エリュシア! お前との婚約を破棄する!』

 周囲の貴族たちがどよめき、聖女候補リュミエが涙を浮かべる──ありがちな、そう、テンプレート。


 二つ目。

 殿下が緊張しすぎてその台詞を噛む。

 『エリュシア! お前とのこんや……こんやく……こ、婚約を破棄……とにかくひどい!』

 会場が微妙な空気になる。これはこれでバッドエンドだ。


 三つ目。

 殿下が怖じ気づいて何も言えず、私がそのまま「不吉の魔眼を持つ悪役令嬢」として国の尻拭いを一生続ける未来。


(うわ、三つ目が一番最悪ですね。労働時間が無限大です)


 私はふう、と息を吐いて、魔眼のレイヤーをそっと閉じた。


 答えは見えている。どの未来でも、私と王太子の婚約は長く持たない。だったら──。


(殿下が自分で言い出してくれる未来が、一番コストが低い)


 そう冷静に結論づけた瞬間、場内に教師の張り詰めた声が響いた。


「それでは──王太子殿下、祝辞を」


 来た。


 ざわ、と波が立つように視線が一斉に前方へ向く。私はグラスを置き、王太子の立つ壇上を見た。


 金髪碧眼、教科書に載せたくなるような「王子様」の顔。

 中身? 未来をチューニングする側の私から言わせれば、「バッドエンドルート選択率・常時高止まり」である。


「……ええと」


 セイラム・アルヴァ=ルクレイ王太子が、手元の原稿をちらりと見て、それからこちらを睨んだ。睨まれても困る。私はまだ何もしていない。


「本日、この輝かしい卒業星宴の場を借りて……私は一つ、重大な決断を下す!」


(お、未来パターン一つ目のルートですね。がんばれ殿下、噛まないで)


 心の中で拍手を送りながら見守っていると、殿下は大きく息を吸い込み──。


「エリュシア・ノクス=ヴァルディア!」


 ……はい、フルネーム呼びいただきました。いよいよです。


「お前とのこんや、こん……」


 来た。未来二つ目ルート。


「……婚約を破棄する!」


 強引な修正である。無理やり整えた感がすごい。


 ざわあ、と今度は本物のどよめきが大広間を満たした。

 グラスが触れ合う音、誰かの息を呑む気配、ささやき声。


 私は、ゆっくりと振り返った。


 殿下の隣には、小柄な少女がぴったりと寄り添っている。

 亜麻色の髪をふわりと巻き、淡いピンクのドレスに身を包んだその子──リュミエ・フォン・サージュ。平民出身の聖女候補にして、この一年で王都の人気を総ざらいした「癒やしの乙女」。


 彼女は、今まさに泣きそうな顔をしていた。大きな瞳がうるみ、唇が震えている。

 完璧なタイミング。聖女候補、演技力も高い。


(……さて。ここからが、感情操作加護の見せ場ってやつですか)


 私は魔眼の感度を少しだけ上げる。

 空気の流れ、人々の感情の揺れ方が視界の端に数値として浮かぶ。


 憐憫+30%。殿下への好意+15%。私への不信感+20%。

 ……うん、いつもながらきれいな仕事である。リュミエの加護は。


「殿下……どういう意味か、伺っても?」


 私はあくまで礼儀正しく、声を落ち着かせて問い返した。


 殿下は得意げに顎を上げる。ああ、この「わかっていないのにわかっている顔」が、一番危ない。


「どういう意味も何もない! お前は──リュミエにひどいことをした!」


 ひどいこと。便利な言葉だ。


「ひどいこと、とは具体的に?」


「ぐ、具体……っ。そ、それは、あれだ。お前はリュミエに、難しい話ばかり押しつけて、泣かせていたではないか!」


 会場の空気が「え?」で揺れた。


 目の前には、死にたくなるほど見覚えのある未来の断片。

 私はしばし言葉を失いかけて、それから、静かに問い直した。


「……難しい話とは?」


「税収とか、財政赤字とか! わけのわからない言葉で責め立てていたと、リュミエは言っていた!」


(あー……)


 言いましたね、この人。


 私は内心で目頭を押さえつつ、ちらりとリュミエを見る。

 彼女はうるんだ瞳でこちらを見上げ、か細い声を震わせた。


「エリュシア様は、いつもわたしに……このままだと国庫が赤字になりますよとか、備蓄が足りませんよとか……こわいお話ばかりされて……」


「それ、講義ですね?」


 つい口から出た。


 大広間に、変な間が落ちる。


「……えっと、確認させていただけますか、殿下」


 私は咳払いして、なるべく丁寧に言葉を選ぶ。


「私がリュミエ様に、税収の仕組みと、将来の財政リスクについて説明したのが──いじめに該当すると?」


 沈黙。


 ついでに、感情ゲージの動きも一瞬止まった。

 憐憫+30% → 25%へ。

 不信感+20% → 18%へ。

 ぼんやりと数字が下がるのを見ながら、私は心の中で肩をすくめる。


(まあ、普通に考えればそうですよね)


「そ、その、だな……!」


 殿下がしどろもどろになっていると、リュミエが袖を引いた。


「殿下……わたしはいいんです。エリュシア様は、きっと悪気はなかったんです。でも……でも、わたし、頭がよくないから……難しいことを言われると、どうしてもこわくなってしまって……」


 うるうる。

 あざとい。だが効果は高い。


 憐憫+25% → 一気に+35%。

 不信感+18% → +30%。


(はい、感情操作加護、絶好調)


 私が魔眼で確認している間にも、周囲からヒソヒソ声が漏れ始める。


「やっぱり公爵令嬢様、怖いのね……」

「聖女様に赤字の話なんて、夢がないわ」

「魔眼だかなんだか知らないけど、不吉だものねえ」


 不吉の魔眼。私に貼られたありがたい二つ名である。


 未来の「可能性」が見えるだけで、不吉扱い。

 それをまだ、私は笑って受け入れられるつもりだった。


 けれど──。


「エリュシア!」


 殿下が、もう一度私の名を呼ぶ。

 今度は噛まなかった。成長である。


「お前は不吉の魔眼で人々を脅し、聖女を泣かせ、国さえも自分の思い通りにしようとしていた!

 そんなお前との婚約は、もはや維持できぬ!」


 感情ゲージ、不信感+40%。

 そして、うっすらと「恐怖」+15%。


(……なるほど。ここまで聞かされると、もう選択肢は一つですね)


 私は、ほんの少しだけ目を伏せた。

 魔眼のレイヤーが自ずと開く。先ほど見た未来の断片が、また三つ並ぶ。


 一つ目。

 私がここで反論し、場を混乱させる未来。

 婚約は一時的に保留されるが、裏での工作が増え、消耗戦が続くルート。


 二つ目。

 私が逆ギレし、感情的に殿下を罵倒する未来。

 スカッとはするが、その後の政治的ダメージが甚大なルート。


 三つ目。

 私があっさりと婚約破棄を受け入れ、書類仕事一式を殿下に引き渡す未来。

 ──私の残業時間が劇的に減るルート。


(はい、三つ目で)


 私は顔を上げ、すっと一礼した。


「……承知いたしました、殿下」


 ざわ、とまた息を呑む気配。


「今ここで、正式に婚約破棄のご意志を確認いたしました。

 では、関連する契約書類一式を、三日以内にご用意くださいませ」


「さ、三日?!」


 殿下の声が裏返る。


「ええ。王太子殿下とノクス公爵家との婚約契約、ならびに関連する同盟条項の修正案、公金支出の名義変更、魔物討伐隊の指揮権者変更申請書……他にもございますが、一覧をお送りしますので、殿下ご自身のご署名を」


「そ、それは……お前が、いつも……!」


「ええ、今までは私が代行しておりました」


 微笑みを浮かべたまま、私は淡々と告げる。


「ですが、婚約破棄となれば事情が変わります。以後、王太子殿下のご決断には、王太子殿下ご自身の責任が伴いますので」


 しーん。


 感情ゲージの「不信感」が、すこしだけ凹んだ。

 その代わりに、「困惑」+20%がひょこっと顔を出す。


 中には、気づく人もいる。

 ──あれ、王太子殿下って、今まで何もやってなかったの? と。


「ま、待て、エリュシア!」


 殿下が思わず手を伸ばす。その動きにリュミエが驚いてしがみついた。


「い、今すぐでなくとも……その、書類は、お前が、もう少し──」


「殿下」


 私はそっとかぶせる。


「今、殿下は、皆様の前で私との婚約を破棄すると高らかに宣言なさいました。 ……その結果、どういう未来が待っているかも知らずに」


 一瞬、魔眼がうずく。


 だが、ここでそれを見せるつもりはない。

 今日のところは、「婚約破棄」という一点だけで十分だ。


「ですから、どうぞご安心を。これからの未来の後始末は、殿下ご自身の責任でお願いいたします」


 ぺこりと淑女らしく頭を下げ、私はくるりと踵を返した。


 大広間を出ていくその瞬間──視界の隅で、妙に冷静な視線とぶつかった。


 書記官用の控えの位置。

 淡い灰色の髪をまとめ、地味な紺の制服を着た青年が、一人、じっとこちらを見ていた。


 周囲の者たちがリュミエの加護で感情を揺さぶられている中──

 その男だけが、感情ゲージほぼ±0だった。


(……あら。揺れない人)


 魔眼が勝手に、彼の頭上に数字を浮かべる。

 好意+0%

 不信+0%

 憐憫+0%

 興味+……5%。


 少しだけ、くすりと笑いそうになった。


 彼は、私と目が合うと、わずかに口元をゆるめて小さく頭を下げた。

 礼儀正しく、けれどどこか含みのある、そんな一礼。


(書記官ユル。カルナ王国使節団の、一番地味な人──のはず、ですけれど)


 未来の断片が、一瞬だけ滲む。


 別の場面、別の場所。

 同じ男が、王冠を少し窮屈そうにかぶり、政治の話で目を輝かせているビジョン。


(……ああ。やっぱり、そういうことですか)


 私は何も言わず、彼を追い越して大広間を出た。


 扉が音を立てて閉じる。

 婚約破棄、完了。

 長かった「王太子付け業務」は、さっきの一言で正式に終了した。


(さて。これでようやく、私の残業時間グラフにも、未来が見えるといいんですけれど)


 そう心の中でぼやきながら、私は夜会用のヒールを鳴らして廊下を歩き出した。


 ──もちろん、この時の私にはまだわからなかった。


 この婚約破棄が、「不吉の魔眼を持つ悪役令嬢」を、

 隣国の未来オタク王に全力で求婚されるルートへ叩き込む始まりだなんてことは。


◇ ◇ ◇


 ノクス公爵家の応接室は、夜中だというのにやかましかった。


「……で? そいつは本当に、皆の前で言い放ったのか、エリュシア」


 豪快な声でテーブルを叩いたのは、我が父、ノクス公爵。

 逞しい体格と濃い眉、そして常時8割方怒っているように見える顔。実際はすごく甘い。


「はい。噛みながら、がんばって」


「噛んだのか」


「ええ、こんやくのにょうのあたりで」


「……バカか、あいつは」


 父の評価が、一段階下がった音がした。


 向かいでは、母が優雅にお茶を飲んでいる。

 淡い銀髪をまとめ、完璧な姿勢で椅子に座る姿は、どこから見ても理想的な公爵夫人だ。


「まあまあ、いいじゃありませんか、あなた」


 母はくすりと笑った。


「これでエリュシアも、王太子付けの地味なドレスから解放されるのよ? 今度こそ、本気で映える色を着せられるわ」


「母上、慰め方の方向性がおかしくありません?」


「女の子の人生にとって、ドレスはとても重大な問題よ?」


 いちいち正論なのが困る。


 私は溜め息をつきながら、テーブルの上の資料に目を落とした。


 そこには、今日の婚約破棄に伴って必要になる書類のリストが、びっしりと並んでいる。


「……で、これは?」


「殿下に三日以内にお願いした書類一覧です」


 私はさらりと言った。


「婚約契約破棄に伴う条文修正と、王国と我が家の経済協定の見直し、そのほかもろもろ。これを機に、ずいぶん前から問題だった条項を、大掃除しようと思いまして」


「つまりお前は──」


 父が額を押さえた。


「婚約破棄を口実に、ついでに国の契約バグも修正しようとしているのか?」


「はい。せっかく殿下が重大な決断をしてくださったので、活用しない手はありません」


 私はきっぱりとうなずいた。


 魔眼が、テーブルの上の書類にうっすらと数字を重ねる。

 この条項を修正すれば、十年後の財政破綻確率は20%低下。

 この一文を消せば、戦争ルート発生率は15%減少。


 まるで、国全体の設定ファイルをデバッグしている気分だ。


「お前の魔眼は、本当に……」


 父が、ぼそりと呟いた。


「便利だな。恐ろしくなるくらいには」


「はい、国家運営用バグ報告システムですから」


「……なんだそれは」


「殿下の行動のたびに、致命的エラー発生のおそれがありますってポップアップが出るんですよ。頭の中に」


 私はこめかみを指先で軽く叩く。


「今日も、殿下が婚約破棄を宣言した瞬間に、エラー音が三つ鳴りました。外交リスク急増財政悪化ルート加速魔物大発生イベントフラグ点灯って」


「笑いごとではない」


「だから今、こうしてバグ取りをしているんですよ、父上」


 父は沈痛な顔をしていたが、母は楽しそうに微笑んでいた。


「でも、エリュシア。あなた、ちょっとだけ顔が明るくなったわ」


「え?」


「王太子殿下の話をしている時より、書類の話をしている時の方が楽しそうよ」


「……それは」


 否定できないのが悔しい。


 私は視線を逸らし、窓の外に目を向けた。

 遠く、王城の方角で、卒業星宴の灯りがまだ揺れているのが見える。


(魔眼が見せる未来なんて、本当は、誰にも見せたくない)


 私一人の頭の中で、こっそりシミュレーションして、こっそり最悪を潰していければ、それでよかった。


 でも、それを「不吉」と呼ぶなら。

 私のしてきたことを「国を自分の思い通りにしようとしている」と言うなら。


(……せめて、私の労働時間くらいは、私の思い通りにさせていただきたいものですね)


 軽く自嘲していると、扉がノックされた。


「失礼いたします、公爵閣下、閣夫人、エリュシア様」


 控えめな声。執事かと思ったが、違った。


 扉の隙間から現れたのは、紺の制服を着た青年──先ほどの「書記官ユル」だった。


「カルナ王国使節団、書記官のユルと申します。本日、王都での一件について、ノクス公爵閣下にお目通りをとの陛下のご意向で参りました」


 父と母がちらりと目を見交わす。

 私は姿勢を正し、その顔をまじまじと見た。


(感情ゲージ、相変わらず±0%。

 なのに、興味だけじわじわと上昇中……10%……12%……)


 ──未来分岐線上に、妙に光る点が一つ、生まれた気がした。


 それが「婚約破棄の、その先」に続く道だと気づくのは、もう少し先の話になるのだけれど。


ここまでお読みいただきありがとうございました!

今回のテーマは「不吉と言われた才能で、自分の未来だけは笑いに書き換える話」です。


少しでもクスッと来た・続きや別視点も読んでみたいと思っていただけたら、

ブクマ・評価・感想をぽちっとしてもらえると、作者の魔力とやる気が爆上がりします!


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