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戦いへの準備

朝の訓練棟は鉄の匂いと発汗の匂いで満ちていた。高い天井にハーネスのレールが走り、壁にはタイム表示と心拍のモニターが並ぶ。訓練官が笛を鳴らすと、4人は各々のブースへ散った。


桐生と澤村遥は操縦席に座る。スロットル、姿勢制御、燃料管理――短時間で正確な操作を求められる。桐生はいつものように無駄がない動きでインスツルメントを叩き、遥は几帳面にチェックリストを読み上げる。シミュレータは小さな乱気流まで再現し、二人は互いの声だけで手順を補完し合う。


「左ロール、二度に分けて調整。速度は保って。」

「了解、桐生。高度維持、微修正。」


彼らの指先は正確で、言葉は短い。操縦の静けさが、他の二人の騒がしさをさらに際立たせた。


一方、久瀬と阿波野は別室で“装着訓練”だ。スタッフが分厚いウェイトを肩と背中に組み付けていく。総重量はおよそ80kg、着けた瞬間に重心が変わり、呼吸が浅くなる。上半身のみの宇宙服の制約で、脚はむき出し。脚の踏ん張りと上体の固定だけが頼りだ。


訓練官がコースを示す――「爆破地点想定までの距離を、指定ペースで歩け。酸素制限をシミュレートするため、ノズルは閉じ、時間表示は15分カウントダウンする」


笛が鳴る。二人は重さをしょって歩きだす。最初の数歩はぎこちなく、80kgが身体にひっつくようにのしかかる。ささいな段差で膝が悲鳴を上げ、背中の鎧が擦れて痛い。呼吸音がやけにでかく、時間表示が冷たくカウントを刻む。


阿波野は喘ぎながらも笑おうとする。


「くそ、何これ…歩くだけで死ぬわ…」


久瀬は言葉少なに、ただ前を向いて歩く。彼の足取りは荒々しいが、確実だ。途中で訓練官がトラブルを宣告する――「想定外の滑り、再固定せよ」。二人は手を使って再固定し、体勢を立て直す。訓練は短いインターバルで何度も繰り返され、時間の圧が増していく。


無重力での動作を想定したハンドリングや、装着部のボルトを開け閉めする速さ、爆発物の安全ピンを扱う“確実さ”も検査される。15分のタイマーはいつも視界の隅にあり、その数字は二人の動きを鋭くさせる。


疲労は刻一刻と身体に刻まれていく。阿波野は半ばよろめき、久瀬が片腕を貸す場面もある。だが、短い休憩で彼らはまた立ち上がる。訓練官のストップウォッチの前では、弱音は許されない。


夕方、訓練結果の掲示が壁に貼られる。操縦班は安定したタイムで手順をこなし、爆破班は何度か手こずりながらもノルマの距離を歩き切った。両者ともに完璧ではないが、実戦に近い“壊れかけた精度”を見せた。


廊下で4人が合流する。桐生は遥を見て小さく頷き、遥は手袋を握りしめる。久瀬は息を切らしながら、顔の腫れを気にする素振りも見せずに言った。


「悪くねぇ。だが、本番はこれの数倍だ」


阿波野は靴底を見つめ、声を震わせる。


「俺……もう、歩くだけで胸が痛ぇよ」


桐生が二人を見回し、低く言った。


「本番までにもっと正確に、無駄を削る。時間は取り戻せない」


4人の影が伸びる。訓練音が遠くで鳴り続ける中、彼らはそれぞれに覚悟を固めていた。

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