ケジメ
「戻ってこい」
組長が短く言った。
静かな部屋に、戻れる道が急に置かれた感じだった。
久瀬は少しだけ間を置いて、ゆっくり顔を上げた。
「……俺は抜けさせてもらいます。ケジメです」
組長は何も言わずに煙草を吸うだけ。
空気が重く落ちた中で、
久瀬が平然と、当たり前のように続けた。
「阿波野も、抜けます」
「は!?」
阿波野が即、横で叫ぶ。
「なんで俺まで!?俺は戻るつもりで来てんスよ!」
久瀬は淡々。
「お前だけ戻って俺だけ抜けるの、変だろ」
「変とかじゃねぇだろ!?俺は変でもいいんだよ!!」
組長は溜息混じりで言う。
「……行き先、決めてから動け」
その一言だけ残して、背中を向けた。
廊下に出るなり、阿波野はキレ気味で肩を掴む。
「兄貴!?勝手に俺を“セット”にすんなって!!」
久瀬は無表情で言う。
「お前も染まってんだよ」
阿波野、絶句。
そして両手で顔覆って
「…ああもう最悪だ…」
二人はもう、正式に
“戻らない側”になっていた。
夜。
二人は当てもなく街を歩いてた。
コンビニ袋一つ持たず、
ただネオンと人混みの中を歩くだけ。
阿波野はずっと文句言ってる。
「兄貴…マジで俺らどうすんの?俺、寝床すら無いんだけど」
久瀬は黙って煙草吸ってる。
その時、急な突風が吹いた。
ビル風で何か紙が飛んできて…
バチーン!と久瀬の顔に貼り付いた。
「うわ、何だよ」
剥がして見る。
A3ぐらいのカラーのチラシ。
《民間宇宙飛行士募集》
大企業のロゴ。
でっけぇ宇宙服着た人間の写真。
「未経験歓迎」の文字。
久瀬、じっと数秒見て。
「……これだ」
阿波野:
「は???」
久瀬は真顔で言う。
「地上でケジメ付かねぇなら、宇宙で付ける」
阿波野は頭抱える。
「いやいやいやいや…兄貴、宇宙の何にケジメ付けんの!?意味分かんねぇよ!」
久瀬はチラシを折り、ポケットに突っ込む。
「明日、面接行く」
阿波野は顔覆ってしゃがみ込む。
「俺…ほんと何で兄貴の巻き添えで人生こんな方向曲がってんだよ…」




