89:あなたの風邪はどこから?
冬に差し掛かり、風邪が流行る季節になってきた。俺やフィリスは病気に対する加護をもらっているため、こちらの風邪もあちらの風邪もかかることはなかった。向こうの世界に行っていて数少ない良かったことの一つではある。その代わりにこちらで色々と事件や厄介ごとに巻き込まれているのとを取引にされていると考えると、やっぱり割に合わないような気がしてきた。
そして、カルミナだが。
「三十八度五分。これは完全に熱があるわね」
フィリスがカルミナの体温を計って確認する。どうやら魔王も平熱は人間と同じ三十六度前後らしい。もう半年以上一緒に暮らしている中で初めて知った事実である。
「頭痛い……体寒い……」
「今日はゆっくりしていることですね。ポテチは一袋にして、それ以外の栄養も取らなきゃいけませんよ。ご飯は作って置いていくので、時間かお腹が空いたら食べるようにしてください。それから……」
フィリスが母親のようにカルミナに言い聞かせている。カルミナは半分寝ぼけたような形でコクリコクリと首を縦に振りながら聞いているが、何処か気分を開け放っているように聞いていないようにも見える。
「魔王も風邪を引くんだな」
「あたしを何だと……ああ、ダメだわ、言い返す気力が……」
これは重症だな。カルミナのいつもの元気がない。俺にはうつさないでくれよ? いや、俺とフィリスは問題ないか。聖教会の加護が続く限り病気の類にかかることはないと思われる。異世界に来てまで加護が続くのか、その内切れるんじゃないかとも思うが、今のところカルミナから風邪をうつされてない辺りまだ大丈夫だということだろうな。
「じゃあ、内村課長には風邪で休みだと伝えておくからしっかり養生するんだぞ。ポテチをこっそり二袋食べたりしないようにな」
カルミナをしっかり寝かしつけた後、リラックスの魔法をかけてカルミナを落ち着かせる。これで多少眠りやすくなり、体力の回復も早くなることだろう。
気分的には病気の子供を一人置いて仕事に出かけるような気分になってしまってあまりいい心持ちではないが、カルミナもあんななりであんな性格だが一応オトナ扱いでいいんだろうし、過保護になる必要もないだろうな。
「にしても、魔王が風邪に負けるなんて珍しいこともあるものですね」
「どうせ腹出して寝てたとかそんな……そんなんで魔王が風邪ひくものなのか? 」
「さあ、どうでしょう。ともかく今日明日ぐらいは大人しくしてくれるんじゃないですかね。久しぶりに静かな日々になりそうです」
確かに、俺とフィリスが細々と生活していたほんの一週間か二週間のことを思い出す。カルミナが来てからは家の中から「ポテチ」と鳴く声が絶えなくなった我が家にも静かな日々が来ることを考えると、カルミナには悪いがしばらくは穏やかな生活を過ごせそうだな。
◇◆◇◆◇◆◇
出勤すると、不思議なことにみんなマスク。誰もがマスク。普段ぴんぴんしている鈴木さんすらマスク。どうやら第六課でも風邪が流行っているらしい。
「みんな風邪ですか。珍しいこともあるもんですね。カルミナも今日は風邪と発熱で休みなんですよ」
「カルミナも? 魔王が風邪ひいて休むぐらいなんだから課長が休んでいても不思議はないわね」
「え、課長休み? 風邪で? 」
「そうなのよ。普段ピンピンしてるくせに今年に限って風邪で休みなんだって」
鈴木さんは今のところ無事なんだろう。よく見ると、他の職員も咳き込んでいたり、確実に風邪が流行っているようだ。
「ここ地下だし、それだけ空気が澱んでるってことでもあるのかな。何にせよ換気と手洗いうがいには気を付けないとな」
「そうかもしれないわね。お互い注意していきましょう。で、代理で今日の予定を伝えるわね。まず進藤君は……」
内村課長がいないからと言ってサボらず、仕事の割り振りを決めていつもよりもスムーズに仕事の相談が進む。上司がいないってこんなに伸び伸びできるんだなあ。前の職場でも……いや、思い出すのはやめよう。勇者時代に散々押し付けられてきた仕事の数々のほうが浮かび上がってくる。今の俺はそこそこ自由なんだ。
「じゃ、そう言うわけでみんなよろしく。ちょっといつもより人数が少ないけど、風邪が流行ってるかもしれないから外から持ち込まないように注意してね。じゃあ解散」
さあ、仕事するぞ。やはり上司の目がないところでやる仕事は一味違う。今日も元気に外回り。公共交通機関に乗っての移動しながら、そのへんにいる人達への浄化のプレゼントだ。
とりあえず山手線を一周しながら俺の周辺に乗り込んできた乗客の浄化を行っていく。お、お兄さんため込んでるね。今楽にしてあげるからねえ。一仕事終えて次の仕事へ行くにも辛そうな、俺と同じぐらいの年の人に溜まった瘴気を浄化していく。辛そうだった顔が徐々に明るくなっていき、瘴気が払われた後はなんだか急に元気になってきた様子だった。
ふむ、市中では……普段通りマスクこそつけているものの、咳き込んだりくしゃみしたりというようなことが目立つ様子はないな。これだけ人が居れば一人か二人ぐらいはそう言う人とすれ違ったりするものなんだろうが……
あれかな、課の誰かが厄介な風邪じゃない何かのウィルスを持ち込んで、それが課内で広がった感じかな。だとすると課内に広まるのも時間の問題か。にしては、もっと広い範囲であるこの電車内でももっと咳き込んでいる人が居てもおかしくないはずだが……さて、何だろうね?
今日も新大久保に立ち寄り、ついでに稲荷神社にお参りをしておく。ここは欲望にまみれた人が良く来るから瘴気が溜まりやすいんだ。しっかり浄化作業をしていると、前と同じく俺に語り掛ける声が聞こえ始めた。
(久しぶりだのう。今日もよう来てくれた)
頭の中にしっかりと声が聞こえる。前回と同じ人が俺の脳内に語り掛けてきている。
(ご無沙汰です。また来ましたよ、お土産はないですが)
(仕事をしてくれているであろう。それだけでも充分じゃよ)
観光客にも何人かマスクはしているが、咳き込んでいるような人はそう見当たらない。やっぱり課内で流行ってるだけなのかな。
(聞いておるか? どうやら異能力者にだけかかる風邪のようなものが流行っているらしいからお主も充分注意せねばならんと思うぞ)
異能力者だけかかる風邪だと? そんな珍しくピンポイントな風邪なんて流行るものなのだろうか……と考えて、カルミナと内村課長他数人の患者のことが頭にすんなり入ってくる。
(異能力者だけってのは間違いないのか? )
(うむ、うちの神社の参拝客にも異能力者はお主ら以外もおるんじゃが、そ奴も風邪をひいておった)
(今うちの課内でも風邪が流行っているんですよ。内村課長も休みだし、我が家のカルミナも熱出して寝込んでいるし……何か誰かの仕業なんでしょうか? )
これが生物兵器による異能力者の攻撃だという話だとしたら、被害が広まる前に犯人を見つけないといけないだろうし、このまま広がり続けて課内が混乱するのは避けなければいけない。
(まあ、お主は耐性があるというか、加護みたいなものがあるようじゃから問題はなさそうだが、他の者は心配だのう。わしからも心配していたと伝えておいておくれ)
(……わかった、課に帰ったらこのことを周知徹底してみることにするよ、情報ありがとう)
(なに、普段の礼としては安いもんじゃ)
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
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