88:無茶しやがって……
丸一日かけたトレーニングを終わり、幾人かは身体強化の反動で筋肉痛になっているようだが、それでも部署は仕事が回っている。一番調子に乗っていた内村課長が腰痛でダウンしているのが一番笑える話ではあったが、あんまり笑うときつめの外勤ルートを提示されそうなのでほどほどに治療の魔法を使って筋肉痛を和らげることで点数を稼いでおくことにした。
フィリスも、筋肉痛で動けない何人かに治療を施し、自然回復を促すための魔法をかけている。自然回復に任せて痛みを和らげるだけのほうが、身体強化に適応する体にするべく加減をしている。
「フィリスさんなら完全に痛みを消すこともできるんじゃないの? 」
「そうすると、体が成長しないんですよ。痛みを和らげる程度にとどめておかないと、次に身体強化を使った時にまた同じように筋肉痛になる可能性が高くなりますので、今は軽めの治療で留めておくのが一番体に馴染むんですよ」
俺はともかくとしてフィリスにそう諭されると納得する者が多く、仕方なく痛い体をこらえつつ仕事に戻るようだ。俺が同じことを言っても納得されなかっただろう。これもフィリスの人徳という奴か。
今日も外回りで浄化をする作業だ。筋肉痛で倒れていない元々身体強化を使えるものやフィリスとカルミナ、そして俺。近藤さんは元々身体強化が使えたが、昨日しっかりこき使ったおかげでダウン組に入ってしまっている。
無茶しやがって……近藤さんだけに言えたことではないが、翌日に残す酒と筋肉痛はあまりよろしくないのだが、新しいおもちゃを与えられて喜ぶのは子供だけではないらしい。過去の俺もそうだったような気がしないでもない。
仕方がないので他の人数分も余分に外回りを元気にやり終えて戻ってきたところで、みんなも筋肉痛に慣れてきたらしく、いつも通りキビキビと働く姿が見られた。次のトレーニングはいつにしようかな。みんなも昨日の一日だけで実感できたことだろうし、今後もちょくちょく訓練室を使って自主トレに励んでくれると嬉しいところだな。
「ふぅ……やっと楽になってきた。外回りお疲れ様。すまなかったな、余分に回らせてしまって」
「まあ、その分明日以降が楽になると思えば悪い話ではないでしょう。コンディションが悪い時にどう付き合っていくかも大事ですからね。今後もちょくちょくトレーニングのほうはやっていく感じになりますか」
帰ってきて内村課長と相談。今後もトレーニングをして自己強化をしていくならスケジュールを組んで次の日動けなくても問題ないようにシフトを組んでトレーニングに集中できるように次の日程を決めていく。
「うむ、一日であれだけ効果があるなら定期的に教師役を頼むことになる。進藤の過ごしていた世界の魔法とはいえ、こっちで応用できるなら戦力アップも期待できる。また頼むぞ」
「わかりました。次回はもう一段階きつめの奴を用意しておくことにしますよ」
まだ腰を抑えつつ動きが鈍い内村課長は置いておくとして、戦力アップに務められるなら将来的に自分の負担も軽くなる。負担を軽くするために頑張っていくのなら俺としては困ることは何もない。それに、訓練室で思う存分動き回って異能力を行使することはストレスの解消にもなる。
仕事も終わったし、訓練室でちょっと体を伸ばしてくるか。スーツの上着を脱いでワイシャツ姿になると、そのままの姿で身体強化を使ってその辺に置いてあったドラム缶をゆっくり上から押し、プレス機にかけるように押し潰していく。うん、身体強化は全力でやらなくてもこのぐらいはできるな。
「ほえー……相変わらず凄い身体強化ですねえ」
岬さんがいつも通り休んでいた。どうやら書類仕事は一段落して特に事件もないため、いつも通りここで軽く休んでいたのだろう。
「昨日の今日でよく頑張りますねえ。私はまだ昨日の身体強化の筋肉痛が残ってるのに」
「向こうの世界にいた時からの癖かな。ある程度体を動かしてないとなんだか落ち着かないんだ」
「脱いだら凄そうですね……その体を維持してるのも凄いですが、進藤さんはなんでもできますねえ」
岬さんがのんびりとこっちを品定めしてくれている。
「何でもできないと生き残れない世界でしたからね。だからこのぐらいは……とな」
そのままドラム缶を押し潰して丸く塊にしていく。備品の無駄遣いになるかもしれないが、まあ身体強化のレベルのチェックとしては悪くないだろう。そのままバスケットボールの二倍ぐらいの大きさまで圧縮した後、サッカーのリフティングを始める。重さはドラム缶のままなので、身体強化を施していなければ何処かの骨を折っているだろうが、俺にとっては訓練で散々鉄球でやらされた覚えがある身体強化の鍛え方だ。
全身に身体強化を加えつつ、ドラム缶だったものが当たる瞬間に当たった部位をさらに強化して、蹴り上げたり肩で持ち上げたり頭で浮かせたり。いろんな箇所に順番に巡らせて行き、飽きてきたところでやめる。
「これ、つぶしたままにするんですか? 後で怒られません? 」
「最初から鉄球だったってことにしてもらっておこうかな。どうせ身体強化でサッカーする訓練をそのうちする予定ではあるし、備品からそれを作ったってことで」
「まあ、私は見なかったことにしましょう。その代わり、コーヒーでも奢ってもらいましょうかねえ」
「それで黙っててくれるなら安いもんかな。まあ、どうせばれるのは時間の問題だが引き延ばすことに今回は意味があるかもしれないってところで納得しておこうか」
宣言通りコーヒーを一本奢り、岬さんはまた休憩に戻った。岬さんも昨日しっかり身体強化で身体を動かした口で朝は筋肉痛で死にそうな顔をしていたが、いつも通り仕事をきっちり終えてから休憩をしっかり取ることで身体の無理はさせないようにしているらしい。
「岬さんは明日には十全に動けそうだね。他の連中はともかく、体をよく労わってるように見える」
「外回りがない仕事ですから、無理に体を動かすことはないですからねえ。おかげさまで一足先に筋肉痛から抜けられそうです。フィリスさんにも緩和治療をしてもらったことですし、後はせっかく覚えた身体強化の使い方を忘れないように時々休憩してるふりをしながらこっそり練習しておくことにしますよ」
なんだかんだでやる気はあるんだよな、岬さん。異能力にも目覚めたことだし、内勤専門から外勤もできる職員として外回りにも出かけるようになるかもしれないな。そこは考えているんだろうか。
「身体強化とそれ以外にもう一つか二つ、異能力を覚えたら外勤に回されるかもしれないけどそれは良いのかな? 」
「それは問題ない……というか、今まで何の能力もなかったけど第六課について知ってしまったからこっちに就職するということになったのが私なんですよね。だから今まで異能力が何もないのに所属していることに引け目があったというか、それが今になってちょっと気持ちが軽くなりましたね。私もようやく一人前の第六課の職員になれた気がします。だから進藤さん、ありがとうございます」
丁寧に礼を言われてしまった。なんか照れるな。頭の後ろをかきつつ、もう一本コーヒーを渡すと席に戻って今日の日報を書き始めることにした。今日も皆が筋肉痛で苦しんでいる以外は何事もなく平和な一日だった、とだけ報告しておこう。
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