84:ほうれんそうとにちじょうぎょうむ
「で、松平健三郎の健康状態に異常は見当たらないんだな? 」
「現状ですとそうなります。ただ、この後本人が思い出そうとして同じような状態に陥るおそれは否定できません」
内村課長は机でトントンと指を鳴らしながら俺の報告を聞く。やがて指が止まると、課長なりの結論を出してきた。
「そうか……まあ、竜円寺竜彦とダーククロウの間に接点が出来た、というのは成果だ。よくやったな」
「思った以上にアフターケアが万全というか、向こうのほうが一枚上手でした、という感想しか浮かびませんね。今後も似たような事件で似たようなケースが発生した場合、同様の記憶操作が行われている可能性は非常に高いと見るべきだと思われます」
「ふむ……となると、記憶があいまいだったりする場合は竜円寺がらみの事件である可能性が高い、とアタリをつけることもできるってことだな」
「そうなるでしょうね。ただ、彼自身もこっちが色々と調べていることには勘付いているような節もありますし、松平健三郎にあらかじめかけておいた、という点を考えても自分には直接繋がらないようにいくつか防衛線を張っている可能性が高いです。記憶操作が確実に彼がらみ、と一方的に決めつけるのもまた危ないかと。以前あった出来事ですが、記憶があやふやなものと記憶がハッキリしている者をまぜこぜにして、記憶がハッキリしているふりをさせておいて実は偽の記憶を植え付けていた、というケースもありますので」
カルミナのほうを見ながらいう。
「あたしそんなことしたっけ? 」
「お前の部下がな。あの時は証拠をそろえるのが面倒だったよ。最終的に高位貴族が魔族とつながりを持っていた、という確かな証拠を突き付けるまでに一ヶ月かかった。その分慣れない実況見分やら証拠固めに苦労させられたもんだ」
「うーん……覚えてないわね! 」
こいつは。自分の部下にある程度任せていたとはいえ、詳細までは受け取ってなかったということか。ん、つまりあの魔族の独断専行だった可能性もあるのか。今になって背後関係がわかっても仕方がないことではあるが、一つ得心がいった気がするぞ。
「とりあえず松平健三郎との接触に関しては裏から手を回しておいた。該当の監視カメラからも記録は消させてもらったし、あの日は面会はなかったということにしてある。ともかくこれで一旦この件は終了だな。これ以上情報が得られそうにない以上、むやみに松平健三郎との面会を繰り返して毎回彼を廃人化させないためにも深掘りする意味はないと考える。以上だ」
「では、日常業務に戻ります」
報告、連絡、相談終わり。やれるだけのことはやった。後は向こうの出方を待つことしかできないな。ああ、もどかしい。出来ることならあっちの世界みたいに派手に事件を起こしてくれて派手に解決……という事が出来ればいいんだが、こっちではそうもいかない。こっちも向こうも裏組織の人間だ。
表立って活動するにはまだ時期尚早ということにもなるだろうし、警視庁だけ裏組織を公式化して対抗組織としてちゃんと存在することをアピールする必要性も出てくるのか……そうなるとなんで警視庁にだけそんな裏組織があるのか、と言われるだろうから、他の都道府県にも実は存在してました、という風になるだろう。
世の中は混乱するだろうな。そんなお話の世界やオカルトの中にだけ存在するような霊や瘴気、特殊能力者なんてものが存在するという話をいきなり信じろというのは無理な話ではあるだろう。
さて……出方を待つ間に普段の仕事をきっちりやり切るか。早速外勤のところにマーカーを動かすと、今日も元気に外回りだ。
フィリスは今日は別件でついてこないらしいので一人で都内をうろつく。最近行ってない新大久保のほうへ出かけてみるか。あっちには稲荷神社があったはずだ、幸運祈願の稲荷神社らしいので、きっと欲望溢れる人たちが今日もごった返しているだろう。徐々に浄化をかけながら現地に向かって、現地で盛大に浄化をこっそりかけることにしよう。
現地に到着すると、欲望にまみれた参拝客がぽつりぽつりと訪れては願掛けをし、そのたびにちょろっとした瘴気が漏れ出る。それを回収して浄化するのが今のお仕事だ。
しばらく休憩している体を取りながら浄化を試みていると、頭の中に声が聞こえてきた。
(聞こえるか……聞こえるだろう……遥かな……)
(こいつ、頭の中に直接!?)
誰かが俺に語り掛けてきている。おそらくこの稲荷神社の人間ではなく、超常の者である可能性は高い。
(誰だ、俺の頭の中に語り掛けているのは)
(わしはこの神社の担当をしている者だ、と言えばわかりやすいだろうか)
(ご神体様そのものではないような気がするが、お使い様ってところかな? )
わざわざご神体様がお出ましになるというのはそれなりに大事になった時だろうし、使いの者を代わりに出した、というところだろう。
(うむ、その通りだ。お前のおかげでここも綺麗になりつつある。元々欲望が渦巻く願いを叶えようとするところは瘴気が溜まりやすいものなのだ。それを浄化してくれているおかげでこちらも願いを成就させるべく気合も入ろうというものだ)
(そうか、役に立っているか。なら仕事をしているだけいい気分になれるな。座って浄化をし続けるだけで仕事になるんだからこれほど楽な仕事はないぞ)
(お前も中々言う奴だの。ちょっとお礼に商売繁盛と賭け事に強くなれるようにしておいてやろう。帰りにくじでも買って結果を楽しみにしておるとよい)
なんかお礼までもらってしまったようだ。ナンバーズでも買って帰ってみるとするか。本人から直接効果があると言われたのだから本当にそれなりに効果はあるという気分になってくる。
(じゃあ、そろそろ時間なので俺は行くよ。ご利益のほどは帰り道にでも試してみることにするさ)
(最後に一つ良いか? お前の周りの空気が少しずつだが澱みつつあるようだ。近いうちに何か大きな事件に巻き込まれるやもしれん。充分に注意してかかるべきだと伝えておく)
(心当たりがありすぎてどれのことだかわからないが、ご忠告に感謝しておくよ。じゃあな)
帰り道、五百円スクラッチくじを二枚めくったら一万円になって戻ってきた。ご利益に与れたのは確からしい。今度同じ場所へ行くときはお賽銭を奮発しておこうと思う。
懐が温まったところで部署へ帰り、稲荷神社の使いの者からそろそろでかいヤマが来そうだ、という忠告をもらったという一文を報告としてあげておく。神様からのご助言だ、オカルトを専門にしている当部署としては、本人から直接聞いたという話も含めて信じるべきは信じるものと仮定しておくべきだろう。
後は……ちょっと神様から幸運のおすそ分けをもらったので皆にもおすそ分けします、と課長の机の上にお土産を並べておいた。部署の仕事でもらった幸運だ、そのまま部署のものとしてみんなに還元するべきだろうな。
後は、事がいつ起こるか、だな。しばらくは平和でいつつ、いつ何事かが起きてもいいように対処と訓練と警戒を欠かさないようにしておくべき、というところだろう。そういう意味ではみんなを鍛え直すのも悪くないかもな。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
後毎度の誤字修正、感謝しております。




