83:事情聴取のその先で
部署に戻り次第、内村課長にお土産のどら焼きを渡しつつ、松平さんとの面会についての話をする。好物のどら焼きを頬張りながらの説得はてきめんだったようで、現在留置されている場所と時間まで見繕ってくれた。やはり、甘いものは人をある程度堕落させるのだな。
普段ならまだ動くには早いと言ってくるところだが、今回は記憶を奪うまでやってくれた相手のことだからもし本当に合ってた場合何らかの報復手段や松平さんへの異常がみられるから充分に注意しろよ、ぐらいのことで済んだ。
松平さんが拘留されている場所も教えてもらい、後日巡回の無い日に会いに行くことになった。松平さんは東京拘置所にいた。どうやら裁判がまだ始まっていないらしく、その間はここにずっといるようだ。
さすがに差し入れを持ってくるわけにはいかないので手ぶらだが、竜円寺竜彦の写真を片手にフィリスと二人で会いに行くことになった。フィリスを連れてきたのは保険だ。何かしらの精神汚染や記憶操作によってやり取りが不可能になっていた場合、一時的にでも話し合いができるように、というものだ。
もし竜円寺がきっちり後始末もしていくような人物の場合、警察署内に勢力が食い込んでいるようなことがあれば松平さんは陰ながら自殺や獄死という形でもうこの世の人物ではなくなっている可能性は高いが、今のところその心配はなかった。
拘置所に入り手続きをし、別件の事件で参考人として話が聞きたいという情報をあらかじめ通達してあったため、スムーズに面会が出来ることになった。
久しぶりに見た松平さんは少し痩せてる様子にも見えた。まさか拘置所内で筋トレを初めてムキムキになる……というような話も聞いたことはないので、純粋に体を動かしたりする余裕や食事のカロリー配分の都合上だとは思う。拘置所員としても逃げ回られるような事態にはならないよう細心の注意を払ってはいるはずなので、痩せていることそのものに不思議はなかった。
「お久しぶりです、松平さん」
「たしか……進藤さんでしたか。お久しぶりです」
受け答えはしっかりできる様子だった。静かな拘置所内に二人の言葉だけが響く。
「今日はね、ちょっと質問がしたくて来たんですよ。こちらで抱えている事件……まだ事件じゃないな、事件化するかもしれない案件の相談ということになるんですけどね」
「私の記憶がそれほどないことは進藤さんもご存じのはずでは? それでも尋ねたいこと、ということになりますか」
「こちら、こちらの男性に見覚えはありませんか」
フィリスが竜円寺の写真を見せる。そこそこ鮮明になるよう加工された画像は、表情と顔の形を見るに充分な姿をしていた。
「この方は……」
「別の事件現場で怪しい、と睨んでいる犯行グループの一員です。もしかしたら今後何かしらの騒ぎを起こす可能性を内包していると考えています。松平さんの記憶を消して、そしてあなたに異能力を付与したのは、もしかしたら彼ではありませんか? 」
「写真をもっとよく見せてください」
面会室の壁にへばりつくように松平さんが顔を近づける。こっちも、両者を遮るアクリルプレートの限界まで写真を近づけ、松平さんに写真を見せる。
「この人……見たことあるような……」
「本当ですか。どこで、いつ、どのような」
「ちょっと待ってくださいね……あぁ、思い出してきた。この人です、俺に異能力を授けてくれて、それから手駒を増やせと。そして歌舞伎町の裏を牛耳って見せろと命令してきたのは! 」
声を荒げる松平さん。一時的にとはいえ、記憶が戻り自分のしてきたことを思い出せたのだ、嬉しさもあり悲しさもあり、と言ったところだろう。
「ちなみにですが、今スキルを行使することはできますか? 」
「今、この場で、ですか? 」
「はい。どこまで思い出したかのテストです。もし異能力の行使まで思い出してしまっている場合、あなたの能力については再封印して使えないようにしなくてはならなくなるので」
「俺の異能力はは……あれ、俺の異能力ってなんだっけ? そもそも俺ってなんでここに……あぁぅ」
突然頭を抑え込み始めてそのまま椅子から崩れ落ちる松平さん。どうやら記憶を封印していたことと、異能力に関すること、そして竜円寺について思い出すのをトリガーにしてトラップが仕掛けられていたのかもしれない。
そのまましばらく動かなくなり、同席していた拘置所の職員がなんとか椅子に座らせて松平さんの意識を確認する。
「ダメです、意識を失っています。本官としましては、これ以上の事情聴取は不可能と判断して退席させようと思うのですが」
「その前に一つだけ。フィリス、松平さんに張り付いている記憶操作の異能力、取っ払うことができると思うか? 」
「やってみます……これ、相当な強度で暗示をかけられていますね。これ以上無理に暗示を取り去ろうとすると最悪廃人化する可能性があります。それでもやりますか? 」
どうやら、フィリスにとっても難しいらしい。それなら俺がやってもより悪化するだけだろう。ここは諦めるしかないな。後は松平さんが無事に意識を取り戻して、元通り……竜円寺について問い詰める前の状態に戻ってくれることを祈るしかないな。
「せめて、松平さんに竜円寺について問いかけたことをなしに出来る暗示を更に上書きすることで元に戻ってくれるといいんだが、そっちの方面はどうだ? 」
「それならすぐにでも。やってみますね」
フィリスの光魔法で、ここ数分の記憶と起こった出来事についての状態を消去させてみる。あまり得意ではないだろうが、俺はもっと得意ではない。これならカルミナも連れてくるべきだったか。カルミナのほうがこういう記憶操作や暗示の類は得意だったはずだからな。
静かにフィリスの光魔法が面会室を包み込み、同席していた警官も巻き込んでここ数分の出来事をなかったことにする。流石に監視カメラはごまかせないのでそのままだが、これで松平さん自身に効果があればこれ以上被害を及ぼすことはないだろうと判断できる。
しばらくしてフィリスの詠唱が終わり、松平さんは意識を取り戻した。
「あれ、何の話をしていたんでしたっけ? 」
松平さんは先ほどの取り乱し具合を完全に忘れた様子だ。術式は成功したな。
「何か困ってないかとか、差し入れで必要なものがないか、とか質問していたんですよ」
「そうですか……しいて言えばもうちょっと日の光を浴びたい、ってところですかね」
「さすがにそれは難しいですが……何かご入用なものがあれば許す限りは対応いたしますので、何かあったら私のほうに連絡をください。アフターケアは出来るだけさせてもらいますよ」
「覚えておきます。今日はわざわざ顔を見に来てくれてありがとうございました」
得られたものは確かにあった、と言えるだろう。そのまま松平さんに挨拶をして拘置所を出る。
「さて、竜円寺が裏で糸を引いていたのは間違いなさそうだな」
「そうですね。歌舞伎町の裏を牛耳って何をさせたかったのかまではわかりませんが、人員募集中であることは確かだったようです。おそらく、ダーククロウを隠れ蓑にして異能力者を集めようとしていたのは間違いないようですから」
「これはまた内村課長に報告だな。ついでに記憶を暴くと時限爆弾が爆発するだろうから松平さんから聞けることはこれ以上なさそうだ、とも伝えておかないと」
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