82:日常業務
とりあえず、敵組織についての情報はまだ何も得られていない、というのが事実上のところだ。ただ、トップかどうかわからない人物の中に竜円寺竜彦という個人が所属している、ということだけはわかっている。
彼がトップだったら非常にわかりやすいのだろうが……でもまとっている雰囲気は私がトップです、と言わんばかりのものだったし、末端の異能力者であれだけの能力を持たれているのだとしたらもはや第六課だけで終わらせることのできる問題ではないだろう。真剣に機動隊の出動やSAT、最悪自衛隊の介入があってもおかしくはないレベルだ。
「今日も色々悩ましげにしていますね。お昼、美味しくなかったですか? それとも体の調子がどこか悪かったりしますか? 」
外回りをしながらフィリスが聞いてくる。今日はフィリスとペアで回ることになった。いつもならカルミナとペアか、お互いに一人ずつ回ることになっているが輪番の都合上今日はフィリスとペアで回ることになった。カルミナは今ごろ一人で何処かをほっつき歩きながら瘴気の食べ歩きをしているところだろう。
「いや、お昼はいつも通り美味しかったぞ。ただ、俺に面と向かって誘って来た理由とか、組織の情報とかそういうものをどこで入手するかが問題だな、と考えていただけだ」
「アジトがわからないとしても、他のメンバーについて知る必要は出てくるでしょうね。もしかしたら松平さんでしたっけ? ダーククロウの主犯。あの人に竜円寺竜彦の動画を見せて、それのショックで何か思い出したりはしないでしょうか」
「うーん、まだダーククロウと彼とをつなぐ線がハッキリとあるわけじゃないからな。取り調べをするにも理由作りが必要になるな。まだ竜円寺自身が何か問題を起こしたわけじゃないからあくまで参考として聞いてみる、という話になるのかもしれないが……試してみるか。戻ったら内村課長に相談してみよう」
松平さんとは前の事件以来会っていない。今は何処に留置されているかもわからないので調べる必要があるが、彼の記憶をいじった上で能力の収奪を行えるスキルを付与したのが竜円寺自身だった場合、そこにダーククロウとのつながりが生まれることになる。
うん、手探りでやっていくことに比べれば数倍マシな話だな。帰ったら内村課長に相談してみることにしよう。それはそれとて今日も二人でパワースポット巡りである。
一般的な話で言う場合、これは常にデートスポットがパワースポットであるということなので、今日の日常業務とは俺とフィリスのデートであることに違いはないのだろう。ただ、やってることは澱みがあった場合の浄化と周りに漂っているわずかな瘴気のうち祓いであり、真面目にやっていなければできないことではある。
ただ、おかげで都内のパワースポットと呼べるものは大体周ることが出来たし、お腹が空いたらちょっと露店でお買い物、なんてこともやってる上に部署にお土産を持って帰ることもあるので、何とものんびりした日常業務ではある。まあ、このぐらいメリハリがついている方がこっちとしては気が楽ではある。
俺とフィリスとカルミナが来て以来、部署全体の効率が上がったのは間違いないらしく、俺とフィリスとカルミナが回って払ってきた瘴気のおかげで瘴気由来の事件や出来事というのは鳴りを潜めたように発生しておらず、以前高尾山の天狗が言っていたように異国の瘴気にも対応できているのでこの人の多い東京にしては一般的な事件の発生件数も徐々に下がっているらしい。
つまり、一般的な交通事故や傷害事件、強盗事件なんかも瘴気がらみであった可能性がいくつかあり、それらを未然に防いでいる、ということは確からしい。
ちゃんと役に立ってて給料をもらっているのだから、こうやって腕を組みながら一般人に紛れ込みつつ仕事を行えるのはお得な感じがしてより良い。
時々ネット上で巻き起こる食べ物の名前戦争や芋煮戦争などはみんな本気でやってるわけじゃないんだな、というのが間接的に理解できるのもいいことである。今のところこの手の話題で死傷者が出た、という話は聞いたことがない。
さて、今日のところはここで最後か。浅草寺まで来たところでいつも通り瘴気の流れを視覚化させ、流れてくる瘴気の元をこっそり除去して立ち去る。毎回寺や神社に来るたびにお賽銭は入れているので、あまり収入に響かないように小銭は常に多めに持っている。おかげでポケットが毎日重い。
金額がありがたさの基準ではないとはわかっているし、あまり小銭だらけだと銀行に預ける際に手数料を取られて逆に損をする……なんて話も聞くが、俺の懐事情にも関係してくるのでお互いほどほどのところで手打ちをしておこう、というのが俺と個人的な神社仏閣との線引きである。
浅草寺を回っていると、もはや顔なじみになってしまった待乳山本龍院の住職とたまたまお会いしてしまったので軽く雑談もする。
「これはこれは六課の方々。本日もご苦労様です」
「住職様もお元気そうで何よりです。最近はどうですか、変わったことなどはないですか? 」
「おかげさまで。毎日何事もなく暮らせています。そちらのほうは調子はどうですか」
浅草寺とは第六課とも親交が深いため、こちらがどういう理由で各地を回ったりどんな仕事をしているかなどもある程度口伝されている。
「こっちは……ちょっと厄介なヤマを抱えた感じですかね。そちらの進捗によってはしばらくこうして出回ることもないかもしれませんし、世の中をにぎわせることにもなりかねないってところでしょうかね」
「それはそれは。では、こちらのほうで勝手にお祓いをさせていただきましょう。どうぞ、第六課の皆様には無事健康でありますようお祈り申し上げておきます」
住職さんが無償でお祓いを引き受けてくれるらしい。普段からあれこれとやっているおかげかもしれないな。これだけ有名な寺院の調伏祈祷が得られるとすればさぞ心強いことになるだろう。
「ありがとうございます。いざとなった時は皆さまの力をお借りするつもりで邁進させていただきます」
「こちらも日々お世話になっている身です。それで恩返しができるなら祈祷の十回や二十回はやらせていただきましょう。では、また」
ご住職は忙しそうに去っていった。本当は祈祷なんてする暇はほとんどないだろうに、わざわざ口約束でもやってくれると言ってくれたのはリップサービスとしてもかなり有効だし、それが俺のメンタルに活力を与えてくれるというならそれもまたあり、という話だ。
「良かったですね、お祈りまでしてくれるそうですよ」
フィリスが嬉しそうに笑顔で腕に抱き付いてくる。もうその笑顔だけでもお祈り以上の効果はあるな。
「ああ、ちゃんとやってるところを見てくれている人が一人でもいる、ということがわかってるだけでも気持ちは楽になるもんだな。さて、帰って内村課長に報告をしよう。今日も何事もなかったという話と、ダーククロウの面々についての話をちょっとしてみて、もしかしたら許可が下りるかもしれない。松平さんとはしばらく会ってないし、彼も落ち着いて話が出来る状態なら竜円寺の写真を見せてみて何か反応があるかもしれないからな。それによっては一気に話が進むかもしれない」
「まずは帰ってからですね。内村課長用にどら焼きでもお土産にして買って帰りましょう。上司を説得するには甘いもので懐柔するのが一番だと思います」
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