80:リテイク
「再提出」
「はい」
今朝がた出した報告書はリテイクを喰らった。どうやらあやふやな部分が多すぎてもうちょっと解りやすく書面を提出しろ、ということらしい。
そのため、朝から一人昨日の事件現場であった新橋駅西口にきている。流石に道路上に散乱する店のガラス破片やら花屋の壊されたプランターは片付けられているが、路上にひとまとめにされている道路標識や抜かれたノボリ、俺が弾き飛ばされて激突した壁の跡などはそのままになっている。
現場の写真を撮りつつ、壊された情景を加味することで情報量の少なさを補っていこう。ネット地図で見れる最新の現場の様子と見比べながら、何がどれだけ破壊されているのか、というのが見比べられるだろう。
何カ所か写真を撮りながら熱心に仕事をしていると、お仲間から声をかけられた。
「すいません、何をしてらっしゃいますか? 取材ですか? それともフリーのライターさんだったりしますか? 」
警察手帳を見せながらこちらに話しかけてくる。地元の警察らしく、昨日の騒ぎには参加してなかったんだろう。
「あ、これはご苦労様です。こっちも昨日の事件で報告書仕上げなきゃいけなくて、事件前と事件後の差を見比べるために撮影してたんですよ」
こちらも公安の表向きの身分証を見せる。向こうはこちらが公安であることに驚き、そっと近づくと小声で話しかけ始めた。
「もしかして、何らかの組織犯罪だったりするんでしょうか? 容疑者は一人だと聞いていますが」
「まだなんとも。調べてみないことには何も言えません。今その為の調査ってところです。とりあえず被害の算定から始めなければいけませんからね」
「そうですか、どうぞごゆっくり。昨日の事件では仲間も大勢怪我したそうですが、不思議と今日になって元気に出勤してきましたので仲間内でも騒ぎになってます。あの美女は誰だったのかって」
やはり、フィリスに治療させたのは間違いだったかな。以後はあまり使わないようにしておくほうが隠密性の高い部署としては正解なのかもしれない。フィリスは雰囲気からして浮いてるからな。
そして新橋駅全体を写真に収めて、引きの絵で写真を撮り終えると、折れた標識の本数を数えて……あ、これ一本は俺が投げつけられてつい握りしめて曲げたやつだな。手の跡が付いている。ばれないようにしないといけないな、これも犯人の仕業ってことにしとくか。
他には……周りの人を見ると、誰もかれもが何があったのか、という風な表情をして通り過ぎていく。そう、昨日まではこんなんじゃなかったぞ、という感じで通り過ぎていく人がほとんどだ。重機が暴れ出した、と伝えたほうが案外信じるかもしれないな。
そんな人ごみの中に、一人だけ笑顔をまき散らしながら歩いているスーツ姿の人物を発見した。まるで、起こった事件が自分の望んだように発生して手柄を手に入れたぞ、と言わんばかりの空気を発している。
こっそり破魔のネックレスを取り出し、そいつのほうに向けてみる。反応は……あった。あいつも異能力者か。後をつけるのは……この場合見失うよりは正解だろうな。スマホのカメラを向けつつ追いかける。さっきから現場の様子を撮影している俺が多少目立っているのだから、今更スマホを向けながら撮影していても不思議はないだろう。
ビルの合間に入っていき、そこでスマホを向けると、追いかけていた人物は消えていた。上を見、横を見、下を見る。そして背後を振り返ると、追いかけていた人物が俺の真後ろに居た。こいつ、いつの間に……
「私をお探しですか? 何か御用でしょうか」
丁寧な物腰であいさつをされる。ここは手持ちを出さずに表向きの顔で行こう。
「私もこういうものでして。何か事件について知ってる人がいれば情報提供をお願いしたいところなんですけどね。何か知ってますか、昨夜の事件について」
「そうですねえ。とんでもない馬鹿力の一般人が酔った勢いで暴れた、ぐらいのことは解ります。後は……もう彼は同じように暴れられないこともわかります」
異能力を消したことまで筒抜けか。とすると、異能力者で間違いないんだろうな。ポケットの破魔のネックレスが強く光る。
「あなたもいわゆる異能力者でしょう? どうして警察の真似事なんかしてるんです。それよりももっと楽しいことをしませんか? 世の中を震撼させるような、もっと楽しい、異能力者の世界を作り上げるんです」
「それは残念ながらできないな。俺にも理由があって今警察に所属している。そして、今なにもしていないお前を捕まえることもできない。お前は何者だ、何の謂れがあって異能力者をやっている? というか、お前の背後にある組織はなんだ」
戦闘形態に頭を切り替える。人払いの結界を発動し、周辺に被害が及ばないようにそうっと人を遠ざけておく。
「人払いの結界ですか。判断としては正しいでしょう。ただ、私はあなたに危害を加えるつもりは今のところありません。まだまだ仲間を募集してる途中でしてね。ああ、そういえばまだ名乗ってませんでしたね。私は竜円寺竜彦といいます。今後何かとお世話になることもあるでしょうからね。もっとも、本名ではありませんが」
「せめてもうちょっとわかりやすく目的を教えてほしいもんだな。そのほうが気軽にお前と刃を交えられる」
「そうですねえ……異能力者による新しい世界の実現、というところでしょうか。私の組織に所属すれば、大体の異能力は手に入る、そう考えてくれても構わないですよ。ただし、それなりに働いてもらうことが条件になりますがねえ」
その瞬間全力で身体強化をかけて竜円寺に走り寄る。逮捕の理由は何でもいい、公安ならどうとでも誤魔化せる。こいつはここで捕らえておくべきだと俺の本能がそう認識した。
肩を掴もうとするが、するっと抜けられる。俺の全力戦闘速度を軽々と回避し、そのまま空中に立つ竜円寺。どうやら空中を歩く能力、という物もあるらしい。ちょっと便利かもしれないな。
「おおっと危ない。先ほども言いましたが、あなたとやり合う気は今のところありません。今日のところはスカウトのご連絡だけさしあげに来ました。気が変わったらいつでも私を呼び出してください。できるだけ早く駆け付けることにいたしましょう。それでは」
フッと気を抜いた瞬間に竜円寺は消えた。高速移動したのか、それとも転移したのか。どちらかは解らないが俺の反応から一気に抜け出したのは間違いないらしい。見失ってしまったな。これも報告するべき事項として挙げておく必要があるな。しかし、スカウトなら組織名ぐらいは言い残しておいてくれてもよかったのに。
部署に戻り、見比べ用の写真と地図を用意し、雑感でこれだけの被害が出てますよ、という話をし、ついでに竜円寺竜彦という怪しい人物と遭遇したことを同時に記しておく。
もしも一連の異能力騒ぎの裏にこの人物がいるなら、きっとどこかでまた会うはずだ。それまでにこちらも考えうるだけの対策をしておく必要があるだろう。一体どれだけの組織の人数と能力、そして行動力があるのか。まだそれすらもわからない。
ただ、まだしばらく異能力者による事件騒ぎは続くのだろうな、という感想だけが強く俺の心に残った。
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
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