78:暴走
ビルの壁にたたきつけられたダメージは大したことはない。今の俺なら後百回ぐらいぶつけられても骨が折れたぐらいの怪我で済むだろう。むしろ、ビルのほうが先に壊れてしまうような気がするが、鉄筋と勝負となるとさすがにこっちが負けるか。
現状はいてて……という程度だ。しいて言うなら小指の先っぽだけをタンスの角にぶつけたぐらいのダメージだ。全力でいってない分だけダメージは低いし、ビルの壁にぶつかる際も身体強化をかけておいたおかげで身体に違和感もない。ノーダメージと言ってもいいだろう。
犯人のほうにはまともなダメージが入っている様子はない。おそらく今まで止めに入った警官の力ずく程度では抑止させるには不十分だったのだろう。これは本来ならSATなんかが出動して最悪射殺する可能性だってあったかもしれないな。しかし、この状態の犯人に銃弾が効くとも考えづらい。
酔っ払い相手に発砲となれば警視庁に非難の声が上がるのは想像に難くない。そっちのほうを気にしてあまり強硬策に出られなかった、という面もあるのかもしれないな。
さて、仕切り直しだ。体当たりをされると吹き飛ばされることもあるぐらい身体強化が行われている体、ということは間違いない。全力で受け止め続ければ力尽きるまで暴れるのを防ぐことはできるだろうが、その前にこっちが疲れてしまう可能性もある。ほどほどのところでやり合って無理矢理止めた、という形で収拾をつけるしかないな。
「トモアキ様、不確かですがアルコールの摂取によってリミッターが外れている可能性もあります、注意してください! 」
「もっと早く聞きたかったな、その話! 」
つまり、本来はもっと弱い力であった可能性もあるってことか。どっちにせよ、暴れ出した原因はアルコールではないだろう。だとしたら今日じゃなくもっと早い時期や昔に発現していたはずだ。つまり、ここ最近で何かしらの影響を受けた、ということになるんだろう。もしかしたら今日何かをされてついでにアルコールで更にはっちゃけてしまったという事だろうか。
犯人は叫び声をあげながら俺のほうを見ている。
「おれんだうじうあじゃいえ」
「何言ってるかわかんねーよ……と! 」
きっと俺の邪魔をするなとかお前らなんて大したことないとかそんなことを言っているんだろうが、完全に錯乱しているのかその言葉は伝わることはないだろうな。
内臓にダメージの入るだろうギリギリのラインのパンチを腹筋に打ち込んでみる。相手が盛大に吹き飛び、向かいの商店へ突っ込む。やべ、被害大きくしちゃった。でもまぁ、これだけ派手にやりあってるなら多少の犠牲はやむを得ないというところか。
すぐさま立ち上がる犯人。そこまでのダメージは入っていないらしい。これはもう殺すつもりで殴りに行かないといけない感じか。フラフラと二、三歩歩いて下がると、店先の植木鉢をこちらに投げつけてくる。回避し、受け止め、そのまま中身が壊れないように気を使う。花屋の店先に並んだ、いろんな顔をした花たちが無残にも散らされていく。
次は飲み屋のノボリが槍のように高速で投げつけられてくるのをかろうじてキャッチ。ここは受け止めておかないと、その勢いで投げられたノボリが誰かに刺さって被害がさらに拡大するのを防がなくてはいけない。色々と気を使いながら戦わないといけないのは面倒だな。
肉弾戦をしたほうがこの際好都合か。あくまで警察官であって勇者トモアキでもないし、第六課からの出動ということは伏せられている現状、あまり派手に動いてまわるのは悪手だ。ここは素直に手錠をかけるふりをしつつ能力の鎮静化を図る方面で行こう。
「カルミナ、霧の密度をもっと濃く、普通に酔っ払いが暴れてるということに出来ないか? 」
「たぶんできるわ、やってみる! 」
周りへの対処はカルミナに任せて、暴れている犯人に集中する。犯人は泡を吹いて何か日本語のようなことをわめきつつ、手当たり次第に手に持ったものをこちらに放り投げてはそれを撃墜していっている。そろそろ投げるようなものはなくなってきたような気がするが……と、今度は道路標識を引き抜いて投げてきた。
これも受け止めて、流石に投げ返すのは問題があるのでその場の地面に捨てる。これ以上被害を出さないためにもここできっちり止めておくか。
普段は使わない力を使う。ここまで身体強化に頼ってきたが、それだけで沈静化させることは不可能だと判断した。犯人に対して掌底を当てると、同時に雷魔法を発生させて全身の筋肉に電気を流し、力が入らないようにさせる。セルフテーザーガンのようなものだ。これで倒れなかったら本格的にどうしよう、というところだが、力が抜けた犯人はその場に倒れ込む。
その間に特殊手錠をかけ、犯人は確保できた。さて、特殊手錠一枚でちゃんと大人しくなってくれるのかな……と。試しに離れてみるが、ゆっくりと起き上がった犯人はそんなに雷撃も効果がなかったように感じる。まるで魔法障壁まで持っているようなタフネスだな。どこのどいつだ、一般人にこんな仕掛けをしたのは。
犯人はまだ暴れ……特殊手錠がかかってるにもかかわらず俺に襲い掛かってくる。くそ、一本では効果が薄かったか。一発顎にいいものをもらった。
「トモアキ様! 」
こっちの不利に気づいたのかフィリスから援護の身体補助魔法が飛んでくる。おかげでパワーでは同等を越えてこちらに有利となった。全力で力を抑え込んで、フィリスとカルミナの分の手錠を借りる。
「器物破損と傷害と往来妨害の現行犯逮捕! 」
手錠を三つかけて犯人を抑え込む。流石に手錠三つという状況には抵抗できないらしく、犯人はもがいているが力が上手く発揮できない、という様子だった。
「フィリス、解毒の魔法の応用でこいつの酒を抜けないか? 酒が抜けても同じ状況なのかどうかを確認しておきたい」
「解りました。アンチドート……っと」
フィリスがこっそり解毒魔法をかけて犯人から酒を抜く。これでシラフに戻ったはずだ。シラフの状態ではどういう精神構造をしているのか、本当に酒のせいなのか。それとも酒は飲んでいなくて同じように暴れだすのか。そこを見極めてからでも遅くはない。
犯人から酒が徐々に抜け始める。赤かった顔が元に戻りつつあり、意識もはっきりし始めたようだ。
「俺の邪魔をするな! 俺はこれから……」
どうやら素だったらしい。酒の力でリミッターが外れていたのは確からしいが、意識はずっとはっきりしていたようだ。
「意識の混濁があるってことで……とりあえずこのまま所轄に引き渡すか」
「そうですね。カルミナ、これ何かの能力だったりしますか? 」
「うーん……いまのところはなんとも。ただ、身体強化については犯人自身の能力っぽいわね」
「封印してしまうか。カルミナ頼むわ。抑え込んでる間にパパッとやっちゃってくれ」
「最近なんかあたしの扱いが雑な気がするけど……今日は帰ったらポテチ一袋食べるわよ」
「もう遅いから明日二袋でいいなら許可を出しましょう」
犯人は手錠を三つかけられてもごもごと動いている。そのまま足を縄で縛ると、向こうで一休憩していた警官たちに身柄の引き渡しをこちらから申し出る。
最初は拒否していた警官たち。これだけ暴れるだけの人物を自分たちで連行するのは難しいと断りを入れていたが、流石に自分の管轄署までの同行を申し出ると、それなら安心して連れて行けると納得をしてくれた。これにて犯人、無事逮捕である。
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