71:追跡
対象は池袋に居る。今はそれだけ解れば充分だ。残りの追跡は部署で内村課長が指揮してくれる。こちらは移動して現地へ到着し、容疑者である前島京子を確保するだけでいい。問題は、確保の際に異能力を使われるかどうか、という所だろう。夜でも昼でも人の多い場所でもあるし、夜になる前に昼間に霧を使われたらどうなるかまだ未知数。
もしもここで異能力が発動した場合、相当な人数の昏倒や意識操作などが行われて障害になることは考えられる。自己防衛が出来る俺はまだしも、それが出来ない人たちにとってはただの巻き込まれ事案にしかならなくなる。できればそうしたくない。
言葉だけで説得に応じてくれるならそれが一番良いんだが……そのためにはフィリスが上手くやってくれることを願うしかないな。
池袋に到着し、内村課長に対応を任せる。内村課長が無線機越しに今どちらへ向かっているかを指示してくれるので、それに従って行動を共にする。
「しかし、車で移動できないとしても電車は混んでて嫌よね」
「それは都会で生活する以上仕方ないところだ。それに、容疑者が車で移動してないおかげでこっちも追いかけられている面もある。公共交通機関で移動する以上行動範囲を絞り込むのが容易だ。その点は楽だと言えるだろうさ」
「内村だ、容疑者は池袋西口から出て要町駅方面へ徒歩で移動中。間には確か半グレグループの拠点と目されるビルがあったはずだ。そこに向かっている可能性が高い。追い抜かないようにして慎重に追いかけてくれ」
「進藤了解、引き続き容疑者を追います。もし途中で追い抜いてしまった場合には連絡をください。こちらは見慣れてないので容疑者を見失いかねません」
正直これだけの人と道だ、もし途中で容疑者と目が合ってそこから追いかけっこが始まる可能性だってある。物事は慎重に進めなければならない。
「こちらカルミナ、今のところ異能力の発現はない模様。痕跡を追いかけているけど、準備だけはしているみたいよ」
「狙いは半グレグループへの無差別攻撃だと思われる。半グレとはいえ市民に変わりはない。問題を起こすまでは守るべき対象だ。出来れば到着前に止めたい。ゆっくり急いでくれ」
中々難しいことを言ってくれる。しかし、容疑者の後ろ姿はまだみえない。完全に走ると何事かと周りにも勘付かれるだろうからできるだけ早足で急ぐ。
「容疑者はまるでこれから踊りに行くかのような足取りで依然進路固定。あと十分ほどで該当のビルにたどり着くと思われる。それまでに止められなければ一騒ぎ起きるだろう。念のためそちらに人員を向かわせているが、間に合うかどうかは不明だ。最悪暴動騒ぎに発展する可能性まで視野に入れている。ガスマスクは配備させているが、前回の様子を見るに、容疑者の近くにいればいるほど効果が薄くなることもわかっているからできるだけ女性を向かわせた。何事も起きないことに越したことはないがバックアップはしてある。できるだけ被害を最小限にしてくれ」
「進藤了解……そろそろかな? 」
「見えたわ、あいつよ」
カルミナが指さす先に見えるのは、数日自宅に帰っていないブラック社員のような恰好をして、よれたスーツに袖を通した女性だった。彼女が前島京子らしい。
後ろからピッタリとマークし、追跡を続ける。
「前方の八階建てのビル、そこの六階の一室が半グレの集合場所になっているらしい。そこにたどり着く前に確保しろ」
「進藤了解、声かけます」
後ろから足を早め、容疑者の前に出る。何事かと足を止めた彼女に、まずは優しくアプローチだ。
「前島京子さん、で間違えありませんか」
「もう私にたどり着いたのね。日本の警察って優秀だわ」
余裕をもってこちらに話しかけてくる。最初の事件以来まともに自宅にも帰っていない通り、彼女はそれなりの恰好はしているものの、女性特有の身なりのきちんとした香りもせず、見方を変えれば浮浪者のようにも感じ取られるのだろう。周りの人たちは何が起きているのか、と遠巻きにこちらの光景を見つめている。
「あなたに傷害罪、騒乱罪の疑いがかけられています。ご同行できませんか」
まずはお願いからだ。ここで素直に応じてくれるなら物事はスムーズに進むんだが、彼女には彼女なりの信念と恨みがあっての行動だろうからそういうわけにもいかないだろうな。
「まるで私が今から何をしようとしてるかわかった風な口を利くじゃない。私が今から何をしようとしてるか当ててみてよ」
前島が挑戦的になり始めた。素直に吐いてヒートアップさせるのを防ぐ方がいいのだろうな。
「そこのビルには池袋の半グレグループ、デイブレイクの拠点がある。そこに殴り込みをかけて霧の能力で同士討ちを仕掛けさせる……であってるかな? 」
「せいかーい。流石ね。この能力のことも知ってるなんて、あなた普通の刑事さんではないわね」
「ちょっと特殊な刑事さんだ。ちなみにこの子も一員だ」
「わたしもよ! よろしくね! 」
カルミナがカーテシーを気取ってスカートのすそを少し持ち上げる。
「あら、かわいい刑事さんだこと。でも、私の能力が解ってるなら何故あなたが来たの? 女性の刑事さんを連れてくるべきだったとは思わなかったわけ? 人手不足なのかしら」
「人手不足なのは否定できないな。だが、俺にその霧は通用しないんだ。こっちにも色々あってな。そういう体質になることができる」
「へえ……」
そう言い返すと、挑戦するかのように霧を出し始めた。白い霧が彼女を包みだし、俺の周りにまとわりつく。結界を体の内部から張り巡らせて霧に包まれないようにする。
しばらくして、俺に変貌する様子が見られないことを確認すると、彼女は霧を解除した。
「どうやら本当らしいわね。でも、流石に今捕まるわけにはいかないわ。私の……私の身体と恋人を無茶苦茶にしてくれた奴らに少しでも報いてもらわないと私の気が済まないし、まだ目覚めてない彼への手向けには足りないわ」
「少し話そうか。あなたは何処でその能力を身に着けたんだ? そのぐらい教えてくれてもいいだろう」
ここはまだ追い詰める場面じゃない。話して気分を落ち着かせよう。向こうもこっちに霧の異能力が効かないことがわかって少し焦っているはずだ。
「話は署で聞く、じゃないんだ」
「ここから署までは距離がある。その間でもいいし、立ち話でも良い。喉が渇いてるなら何か飲もう。そっちもしばらく家に帰ってないようだし色々と不都合が多いんじゃないか? 」
「自宅まで特定されてるなら逃げ場はなさそうね。いいわ、少しだけ付き合ってあげる」
歩道と車道を分ける車止めに座り込むと、彼女はビルには入らずにその辺でくつろぎ始めた。時間稼ぎをしてる間に味方が来てくれることを祈ってここは持久戦と行くか。
「調べてるからわかるだろうと思うけど、私と彼が……健太さんと歩いているときにね、突然物陰で襲われたのよ。彼はボコボコにされて財布も取られて、そのボコボコになってる横で私は無理矢理服を破られてレイプされたわ。思い出すのもおぞましいぐらい嫌なことをされて」
「思い出さなくてもいいよ。忘れるのが一番の心の癒しになるだろうからね」
「優しいのね。解放されたのは一時間も経ってからだったわ。彼ら、私を好き放題にした後に自分で救急車を呼んでね、まるで自分が第一発見者みたいな顔をしてたわ。それがなおさら腹立たしかったわね」
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
後毎度の誤字修正、感謝しております。




