70:恨みはらさでおくべきか
全員で調べて、確認して、そして被疑者の名前と住所を探して……というところまでは来た。後は現行犯で逮捕するか、それとも住所まで突き止めて現地逮捕するかという悩みこそあるものの、犯人の面は割れた。
「ようやく特定したわ。容疑者の名前は前島京子二十三歳。都内の小規模商社に勤める女性ね。犯行の動機はおそらく復讐。一カ月前に、最初の事件の半グレグループらしきメンバーに襲われて恋人が暴行され、こん睡状態で今も病院で入院している最中。彼女はその際にレイプされているわ。被害届が出てたから間違いないわね。犯行を犯したグループの加害者は身を隠してる最中だろうから表には出てこずにしばらく捕まらないだろうと推測されるわ」
「女性の敵です、許せませんね」
フィリスが怒りをあらわにする。男性から見ても敵だな。全ての男性が全てそういう目線で女性を見ている、もしくは機会さえあればそういう行為に走るという風に思われるようなら男性からも敵だ。
「全くよ。まあともかく、その心のスキを狙われて異能力者に仕立て上げられたのか、それとも異能力に目覚めたのか……」
「そういう事件を契機に異能力が覚醒するってことはよくあることなんですか? 」
自分は向こうで異能力を覚えて帰ってきたので目覚めるという感覚がよくわからない。
「自分が追い詰められたときとか、放心しているときに目覚めるって話はたまに聞くわね。何かしらのリミッターみたいなものが外れた時に覚醒しやすいという研究データもあるけど、一概にこうなれば異能力者になる、というはっきりしたものはまだ確立していないわ」
「彼女の場合はレイプされた経験と恋人がまだ目覚めない、という二つの理由から精神的に追い詰められて……というところでしょうね。ただ、まだ外部からの干渉が排除できない以上、前の事件の続きであるという可能性も否定できないわ。いずれにせよ、彼女に実際に会って話をするまでは確実なことは言えないでしょう」
しかし、男性不信になっている訳ではないのはわかる。わざわざ自分の襲われた区域まで出向いて一回目の事件を起こしたのであれば、確実に目的は復讐であると言える。二回目は何が目的だったんだろう。そして三回目に現れるのならどこだろう?
「ここで新情報だ。昨日の霧の中で半グレのグループ内部で乱闘騒ぎを起こしていた模様。狙いは半グレチームだったことに間違いはなさそうだ。死者が一名、けが人が十数名出ている。死者の名前は……」
死者の名前を告げられ、全員が口をつぐむ。死者は、まさに彼女をレイプしていた主犯らしき男の名前だった。
「復讐は果たした、ということですか」
「そうみたいですね。だとすると三回目が起きる可能性は低くなりますが、どうします。殺人教唆で引っ張ることは出来ませんが、傷害罪なら可能性はあります。現行犯で捕まるのが一番確実ではありますが、それには事件が起きるまで待つしかなくなります」
「うーん……傷害罪の線も今のままだと薄い。催眠性のあるガスをまき散らせてパニックに陥れたという意味では騒乱罪でも検挙は出来なくはないが」
内村課長と近藤さんが引っ張る……つまり逮捕する理由をあれこれ考えている。今のところでは起きた出来事に対して罪状が小さすぎる、ということなんだろう。
「私、そのこん睡状態の恋人さんのところへちょっと出向いてきます。もしかしたら回復の手助けができるかもしれません」
「目を覚まして証言が取れるなら説得材料になる、ということか。わかった、場所を伝えるので治癒魔法での施術を行う許可を出す」
「ありがとうございます。次の事件が起きるまでに治療して容疑者の犯罪をこれ以上起こさせないように対処してきたいと思います」
フィリスは別行動、と。俺は……肉体仕事だからな。次の事件が起きるまでは何も出番はなさそうだ。
被害者でもあり、加害者でもある。そんな相手に寄り添ってどう説得を試みることができるのか。無理矢理レイプされたことは忘れろなんて言うことは出来ない。犯罪は犯罪だ。何を、どうすればいいんだろう。
考えてもわからんか。説得することよりも確実に捕まえることを考えていこう。捕まえた後でも話をゆっくり聞くことはできる。
「で、お二方。結論は出ましたか? 次の事件を待つか、今すぐ探しに行くか」
内村課長と近藤さんに向けて質問を投げかける。
「念のため探しには出ることにした。ただ、昨日の一件でこっちが相手の顔を見ているのはわかっている以上、自宅には戻ってない可能性もある。両方を同時にやっていく、ということにしようと思う。もしかしたらこのまま半グレグループを潰して回る可能性もあるからな。警察の仕事を減らしてくれているという意味では総合的にはいい話だろうが、毎回同じことをされて捕まえられないでは警察の威信にかかわるからな。出来る限りのことはやっていこう、という話になった」
結局両方の作戦をとる、ということになったようだ。鈴木さんと岬さんが女性タッグで容疑者の住所まで急行して、居たら事情聴取のためにご同行願う、という手はずになっている。
◇◆◇◆◇◆◇
二人が出かけた後、しばらくして連絡が入る。やはり容疑者は自宅に帰ってない様子だ。新聞受けに郵便物が溜まっていたことから、数日間戻ってない可能性が高いという。
「これは現行犯で捕まえる可能性が高くなったな。各地の監視カメラを見て容疑者の動向を注視。発見次第確保に向かう方向で行く。次にどこで霧を発生させるか見当がつかんのが一番の理由だ。せめて恋人の近くにいてくれたら確保もしやすかったんだろうが……とにかく、これ以上の被害を拡大させないためにも足取りをつかめ」「また監視カメラかー。今回は裏方仕事が多いわね」
「裏方仕事で済む間はまだマシであるという考え方が出来るから良いんじゃないか? 俺達が全力で出張って大騒ぎになることを考えたら世の中はまだ平和でいられるってことだ」
「それもそうよねー。でも、見つけた後急行してそこで大騒ぎって可能性もあるし、まだ動く時ではないって奴ね」
カルミナと軽口を叩き合いつつ、監視カメラの映像や街の映像から人相の似た人物がピックアップされていく。オートメーション化された人物捜索システムにより、似通った人物像が次々に監視カメラのあちこちからピックアップされていく。
無事に容疑者が見つかればそのまま追いかけて確保。もし能力を発動し始めたら、その時は結界を張りつつ近寄って現行犯確保だな。
各地の監視カメラから容疑者に似た人物の情報が集まるが、特定には至っていない。ある程度絞っているとはいえ、カルミナの目と勘が頼りだ。
「見つけたわ! 池袋の135番! こいつに間違いないわよ! 」
一斉に局員がそのカメラに向かって視線を向ける。AIによる人物特定可能性98%。本人とみていいだろう。しかし、まだ昼間だ。霧の能力者が昼間に力を行使すればどのような結果になるかは未知数。はたしてそのまま向かって逮捕、という形でいいのだろうか。どちらにせよ、女性局員の力がなければ捕まえることは難しい。
「俺が現地へ行きます。男なら霧で操れる、と見せかけて俺の結界で覆い尽くしてしまえば現場で拡散する可能性も低く出来ます」
「よし、進藤とカルミナで向かえ。こちらから移動方向は指示する」
内村課長からのGOサインが出た。ようやく出番が来た、という所だろう。急いで容疑者に接触して被害がないうちに逮捕、拘束させてもらうことにしよう。
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