7:聖女とショッピング 2
一通り店を巡って聖女様ことフィリスの買い物に付き合った。元の顔が良くて細身なだけにいくらでも着せてみたいデザインというものは店からでも出てくるらしく、完全にマネキンと化したフィリスからヘルプが来るまでひたすらファッションショーを見せつけられることになった。
三時間ほどかかってようやく一回り終わったところだ。店の中には「着てくれるだけでもお店の宣伝になるから! 」と服を押し付けられた豪快な店まであり、しばらくは着替えについては困らないようになった。もちろんそれなりの出費は覚悟してたが……まあ、普段のブラック企業生活のおかげで給料だけはいいわが社、蓄えがあるに嘘偽りはない。
フィリスも新しい服を試すたびに「どうですか! トモアキ様!! 」と満面の笑顔と似合った姿を披露してくれるため、どれを目にしても似合ってるとしか返事が出来なかったのが惜しいところだったかもしれない。もうちょっと語彙力を増やせるようにしたほうがよかったな。
そんなわけで、スウェットから店で買ったワンピースに着替えたフィリスが俺の前で涼し気にモカフラペチーノを頼んで飲んでいる。
「これはまた複雑な飲み物ですね。でも頭は冴えてきました。同じような飲み物は向こうにもありましたけどこちらの方がより洗練されているというか、嗜好品にもこだわりがあるというか……すごいですね! 」
今日はテンション上がりっぱなしのフィリスだ。飲み慣れてなくてカフェイン酔いしている訳ではなかろうな。外国人の中にはカフェインに弱い人も少なくないと聞くし、フィリスも外国人扱いするならばカフェインに弱いかもしれないが……見た所シラフのようだし問題は無さそうかな。
「この後はどうするんですか? 」
「後は調理器具をそろえて、食材を買う。まずはそこからだな。そうしないといつまでたってもコンビニ弁当暮らしになるし、早めに脱却しておけば使えるお金にも余裕が出てきてフィリスを外へ連れ出すこともできるようになるはずだ」
「それは楽しみですね。今のところトモアキ様が居ないととてもじゃありませんが買い物一つ満足にできない身ですから……私、もっと頑張りますね」
「無理はするなよ。ただでさえ異世界に来てまだ間がないんだ。一つずつルールを覚えていけばいい。とりあえずは……散歩できるぐらいにはなったかな。でも車が来ると危ないか……明日は道を歩く際のルールとか法律について勉強しながらなにかするか」
赤信号ブッチして車に轢かれて異世界生活早速終わり、みたいなことになってほしくないし、ご遺体を荼毘に付すにも無国籍無戸籍では現状この国では難しい話になる。まずは……目立たないようにすることからか。ご近所の佐藤さんあたりに嗅ぎつけられると一気に話が広まってしまうから、その前に一通りの準備は済ませたい。
「さて、それを飲んだらもう一押し買い物に行こう。さすがにまな板と鍋とフライパンだけでは出来る料理も限られてくるし、食材がなければそもそも料理にならない。せめてアイテムボックスの中に入った携帯食糧よりも美味しい料理が作れるようにならないとな。そう言えばアイテムボックスの中身の確認もしないといけないな。こっちの世界では絶対に出してはいけないものとか、確認はしていかないといけないし」
「私もトモアキ様もいろんなものが入っていますからね。整理は必要だと思ってました。明日一日で終わるかわかりませんが頑張ります」
両手を目の前でグッと構えてやる気を示しているフィリスを横目に、今のうちに色々算段しておくか、と自分のアイテムボックスの中身を思い出してはこれとこれはダメ、なんかを想像し始めつつも本日のコーヒーを飲み終える。
フィリスも遅れまじとズゾゾゾゾ……と中々の勢いで飲み始めたがむせている。落ち着いて飲んでていいんだぞと諭すと、自分のペースで飲み始めた。どうやらお気に入りになった様子だ。またここに来ることがあったら同じものを注文するかもしれないので詠唱呪文を教えておこう。あっちでは大魔法一つ撃つには長い詠唱があったので、長い言葉には慣れているだろう。
飲み終えると、そのままスーパーマーケットエリアへ案内した。大量の食材とそれからちょっとしたコンロ周りの商品ならここにあるので一通りそろえることができる。
「うわあ……」
食材の種類や量、様々な物品に気おされ、フィリスがあっけに取られていた。向こうでは金物一つも使いまわし継ぎ足し回し、食料こそそれなりに選ぶことはあったものの、よほどの貴族や商家でないと冷却魔法は使えなかったので食材の保存は中々に難しいところだった。
「ここ、すごいですねトモアキ様! 」
「この国だけじゃなく、この世界の色んな所から集められた食材がここにある。勿論全部じゃないが、生活していくうえで必要な食材はここで大体手に入る。普段食べてるような食事も……ほら、こっちのコーナーにある。ここのほうが安いが帰る時間を考えるとここまでくるよりもコンビニで買った方が早いから普段はコンビニ飯だが……まあ、ここのと食べ比べてみるのもいいんじゃないか? 」
「なるほど……こんびに、というのもここと似たような物なのですか? 」
「似ているとは言うが、こっちに比べたら品数も広さも美味しさも違うからな。またおいおい学んでいこうな」「はい! それで、今日は何を買うんですか? 」
フィリスに一つ一つ教えるように、食材について説明を加えていく。熱心に聞き入っては食材の使い道についてしきりに質問してくる。俺が転移した時は逆にフィリスに世の中について教えてもらっていたので、立場が逆転した形になったな。
一通りの食材と食器を買いそろえる。今までは一人暮らしだったので食器も一人分しかなかったが、これからは二人暮らしとなるので食器以外に歯ブラシなんかもついでに新しくすることになった。家の中に歯ブラシが二本か……あっちの世界に行くまでは夢にすらみた同棲生活だが、五年間の勇者稼業で同棲どころか同衾して眠ることすらあったので今更感は少しある。
しかし、こっちに戻ってきて一つ屋根の下で女の子と暮らす、ということに意識が行きはじめるとなんだか急に緊張してきた気がする。この先いくらかの間、もしくはずっとフィリスと二人暮らし……もしかしたら三人四人と増える可能性だってあるのだ。覚悟はしておかないといけないな。
「この食器が可愛いです……どうしたんですか? 」
無邪気に自分用の食器を選んで喜んでいるフィリスの顔をまじまじと見れなくなってしまって、つい視線を逸らす。フィリスは頭にハテナマークを浮かべながらもコップや皿などを順番に選んでいった。
既に同棲している間柄ではあるが、今更恥ずかしがってどうするんだよ俺。しっかりしろ。
買い物を済ませて重い荷物を持ちながら帰り道を二人で歩く。フィリスも線は細いが共に死線を潜り抜けてきた仲であり、その体からは見えない腕力で荷物をお互い持ち合って帰る。帰り道に通りかかったカラスが「ヘタレ! 」と鳴いている気がしてきた。
悪かったなヘタレで。俺がそんなに陽キャだったらフィリスが転移してきた初日にもう既成事実作っとるわ。
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