6:聖女とショッピング 1
今日明日は仕事も休み。平日の仕事を頑張り、上司の次に指示されそうなことをあらかじめやり終えていたため残り仕事もなく、久しぶりの晴れやかな休日を楽しむことが出来た。
思えばこっちの世界に戻ってくるまでの五年間で休日、と呼べるような時間は一体どのくらいあっただろうか。そういう意味でもあっちの世界のほうがブラック度は高いような気がしてきた。
休日は労働者の権利であり義務だ。勇者ではなく労働者になり下がった俺には休む必要がある。が、しかし今日はまああっちの世界の残業みたいなものだろうな。
さて、本日の主役であるフィリスはいつもの部屋着のスウェット上下に帽子をかぶり、出来るだけ見た目的に目立たない格好にさせてもらった。もうちょっとだけ不便を感じさせるが、その間だけは我慢してもらおう。後は思いっきり……予算の範囲内で好きな服装をしてもらおうと思う。
「トモアキ様、お出かけ楽しみですね! 」
よく見ると目元が少し暗いので楽しみで眠りが浅かったのかもしれない。しかし、現実デビューにはちょうどいい具合の晴れ模様。お昼は目的地のその辺の店に入って食事をとることにしよう。
あらかじめパソコンで調べ、どういう風な服装が好みか聞いてみたものの、ガンとして「トモアキ様はどれが似合うと思いますか? 」の連続攻撃により、俺のファッションセンスをひたすらこん棒で殴り続ける話になったので服屋が色々取り揃えてあるショッピングモールへ出かけることになった。すまんな、俺のセンスで決めるには素材が良すぎて惜しいと思ったんだ。
「おっでっかけー、おっでっかけー、トモアキ様とおっでっかけー」
暢気な歌が聞こえてくる。あれは素でやってるのか、それとも俺に聞こえるようにやってくれているのか。どっちにしても楽しみにしていてくれるなら問題はないな。精々着飾ってもらうことにしよう。
◇◆◇◆◇◆◇
ショッピングモールに移動してくる間もフィリスのアレ何視線が俺の脳へ直接響いてくるような感じだったので、一つ一つ説明をしながらここまで来ることになった。正直もうすでに疲れているが、ここからが本題なのだから今疲れ切っているようではこの後のマネキンショーを盛大に楽しむことはできないだろう。
俺の視線から見ても美少女なのだ、他人からしても美少女だろうという俺のセンスは間違ってはいないようで、気づいてこちらを凝視する人やフィリスに目線を取られて他の女に移り気するなと怒られているカップル、そして怪しい勧誘を乗り越えて服売り場まで来た。
「さて、ここからがフィリスの出番だが……まずは下着からだな」
「下着はさすがにトモアキ様に任せるわけにはまいりませんから……店員の人にお願いしようかと思いますがそれでいいですか? 」
いや、それ以外に選択肢はないだろう。俺に直接見て目で選べというのは難題が過ぎる。そこまで出来るならもう手を出してるわ。
「店員呼んで相談してくるからちょいまち」
「はい、お待ちしております」
適当に手の空いているフロアの女性店員にお願いをして、彼女のサイズとそれに合う下着を何着か選んであげてほしいと相談すると、二つ返事で承諾してくれた。何着か、というのが刺さったらしく、売り上げに貢献しそうだという狙いもあるのだろうがそこは抜かりないので安心してほしい。
店員はフィリスの姿を見て固まり、俺を見て、フィリスを指さして、俺が頷くと、覚悟を持って下着選びに奔走し始めた。どうやら俺の顔からしたらもったいない以上のレベルで差があると考えたのだろう。ちょっとムカッと来たがそれだけフィリスのおつくりがよろしいということなのでそこはちょっと喜ぶところかもしれない。
俺はこんな美人とデートで、しかも下着選びまでさせるぐらいの人間なんだぜ、と言わせているような感覚が少しだけ気持ちいいが、一歩間違えれば警察沙汰になりかねないことも考えておかなければならないな。
しばらく悩んでいると、一時間ぐらいして選び終わったらしくフィリスが現れた。片手に今回購入するのであろう下着類を持ち、こちらへ向かって手を振っている。
「すいませんトモアキ様、お待たせいたしました」
「気のすむまで選べたか? 」
「……はい」
今の間は何だろう? まあいいや、支払いを済ませよう。支払金額はそこそこ予想範囲内だったが、レシートの合計金額以外は見ないことにした。金額以外を見るときっと、フィリスがその下着をつけているのを想像してしまう。いまここでそれを行うのは社会的にやばいことになる。
下着を買ったら次は服だ。今のところ上下のスウェットで誤魔化してはいるが、その下には控えめだが確かな胸とすらりとしたラインの完璧なスレンダーという体型が備わっていることを俺は知っている。聖女服は結構ピチピチに作られていたし、魔王に挑むにあたっての勝負服は魔法的防御力を施すために極限まで衣服の類が削減されていたので服の上からでも透けて見えてしまいそうなぐらいだったそのフォルムは俺の目に焼き付いている。
それをまた俺の目の前に登場させようとしているのだから、色々とたまらんものがある。こっちではできるだけ大人しい服装でいてほしいのが俺の望みだが……さてどこの店から攻めるべきかな?
「自分の判断で良いから、この服着てみたい、というものがあったら店員に聞いてサイズがあるかどうか確認、それから試着だな」
「そうですね……こっちの服は自分の体に合わせて縫い直したりの調整はしないのですか? 」
「高級服ならあるかもしれないが、ここに並ぶような服だとあらかじめサイズが決められていて、一番近いサイズを選ぶようになってる。なにせ大量に作っているからな。サイズも服の種類も選びやすそうでなかなか難しいんだが……そういえば俺もあっちに行く前後で体型変わったんだし、何着か見繕ってもいいかもしれないな」
「でしたらお互い選び合いましょう! そのほうが楽しそうです」
「うん……うん? 」
フィリスの笑顔に思わずうん、と言ってしまった。が、フィリスのセンスで俺に合う服か。向こうの世界の基準で考えるととんでもない服装を選んでこないかどうかだけが気になるな。
とりあえずフィリスに似合いそうなコーデを選んでいく。しばらく色んな服装を用意してはフィリスを着飾っていく。店員も横に配置しつつ万全の体制で迎えたこの勝負、おそらく俺に勝ちはない。ならせめて一番似合う服装を選んでさしあげるのが男というもの。決して俺の趣味だけで選んではいけない。
隣にいつの間にか陣取った俺の味方である店員とも相談し、二着ほど選ばせてもらった。どっちも上から下までそろえることになったが、まだ俺の財布には若干の余裕もある。
会計の際に予想よりも安かったので値段の計算がおかしいのではないか? と店員に聞いた。
「とてもいいものを見させていただいたのでサービスさせていただきます」
「いいんですか、勝手にそんなことして」
「私が店長です」
一緒に服を選んでいた店員は店長だったらしい。好意は好意として受け取っておくことにするか。
「その様子ですとまだほかにもいくつか回られるのでしたら、先ほど買っていただいた服装で各店舗を回っていただけるのであれば更にサービスいたしますが」
「そう言われてるが、どうする? この場で装備していくかい? 」
「そうですね……そのほうがトモアキ様が喜ぶならそうさせてもらおうと思います」
会計が終わって再び更衣室へ行き、着替えて出てきた。フィリスの美しさの本性が姿を現した。この格好でこんな美少女が歩けば店の宣伝にもなるだろうし同じコーデを選ぼうとする客もいるだろう。手に持った袋で店は特定できるだろうし、なるほどよく考えた策だな。ここは値引きに負けて店長の狡猾な罠に陥ってしまうことにしよう。
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