57:暇つぶしの組手
新島健司による歌舞伎町の窃盗・強盗事件は無事に他部署へ引き渡され、翌日からはしばらく平穏な日々が続いていた。というのは表向きの話で、新島が自供した「ほかの異能力者が資金確保のための何らかのアクションを起こす」という件に関しては引き続き調査中で、今のところ情報集めに回っている最中だ。
公安内事第六課としては先回りしてどこでどんな異能力者がどういう風にして資金集めをするのか、という情報までは新島から聞き出せなかったため、他の部署の刑事や地道な捜査活動をすることで情報集めをしている。
さすがに待ちの姿勢が大事だとは言え、こうも聞き込みと情報収集がメインになると、俺はともかくフィリスやカルミナの出番はそう多くない。フィリスは内勤でしっかり書類整理と各部署へのまとめや、先日の新島の一般犯としての拘留手続きや各部署間のやり取りなどを覚えながら仕事をしているが、カルミナのほうは……
「……暇……」
完全に役に立たない置物と化している。どうやらドンパチか魔術に関わること以外ではそれほど役に立たないと思われているようで、部署内でも少しだけ浮いている。近藤さんや鈴木さんから仕事を割り振られては適切にこなしてはいるのだが、本人のやる気のなさが完全に駄々洩れである。
「いくら動きがないからってそんなにダラダラしてると鈍るぞ」
「じゃあ勇者、ちょっとトレーニングに付き合ってもらえる? 」
「俺は今かかってる仕事があるからな。それが終わってからなら……大丈夫だ」
「それまでは私は暇……なにかこう、もっとド派手なことを起こしてやらかしてくれないかしら」
「あー……そういう物騒なのは起きないほうが本来良いんだけどなあ」
これには内村課長も苦笑い。大人しくしてくれているだけありがたいというのが本当の所なんだろうが、実際俺も何かしら事件が起こってそれが異能力者がらみであることを望んでいるのはこの際置いておく。俺もフィリスもカルミナも、結局武闘派なのだ。書類整理やってるよりも適当な異能力者や、向こうの世界で言うモンスター相手に思う存分力を振いたいというのが本音だ。
仕方ない、この書類を早めに終わらせてカルミナのトレーニングに付き合うことにしよう。
一時間ほどで一仕事終わらせて、スーツの上着を脱ぐと早速トレーニングルームへ向かう。第六課のトレーニングルームは、地下の広大な体育館だ。カルミナはいつもの服装で身体を動かすらしい。瘴気がぐんと濃くなるのがわかる。
「解ってると思うが、部屋を壊すなよ? あくまで軽い運動程度だ、本気で向かってきたりしても困るぞ」
「あたしとしては雪辱戦でも良いんだけどここの人たちに迷惑はかけられないからね。お菓子置き場に置いてあるポテチも吹き飛んじゃう」
そういうが、真剣な目つきでこちらを睨んでいる。どのぐらいの威力でやり合ってくれるのかは解らないが、暇つぶしになるぐらいの真剣なやり取りにはなるだろう。ただのお遊びでこいつと接したことは今のところない。まずは試しに一当て……それから出力調整だな。
「部屋を壊さなきゃいいのよね? 部屋より先に壊れてくれないでよ? 一応あたしを倒した勇者なんだから」
どうやらやる気は満々らしい。向こうでの最後の戦いでは魔王城の上から四分の一を消し飛ばす威力でやり合っただけの力はある。今はどれぐらいの力が残ってて、こっちに帰ってきて色々つまみ食いもしてるだろう。どれだけの力を回復しているかを確かめるためにも、ここで確実に実力を確かめる必要があるだろう。
「よし、それじゃあ……岬さん、そこでみてるなら合図を出してもらっても良いですか? 」
いつもひっそりと陰ながら内勤専門員として内事第六課を支えてくれている岬さんが小休止で昼寝しているのを、中に入ってくるときに目にしていた。そして二人で準備運動をする間に起き上がって、これから何か始めるのかしら? と首をひねっているところも把握済みだ。
「私で良いんですか? 」
「お願いします。後、出来れば被害のないところへ移動しててくれると助かります。こいつが何処まで無茶やらかすかわかったんもんじゃないんで」
「わ、わかりました……逃げました。じゃあ、始め! 」
掛け声とともにカルミナが突進してくる。体の軽さを充分に発揮した上での頭からの突進だ。訓練だから頭を割られる心配はない、もしくは割られないだけの頭の固さを有しているという自信がなければこの手は使わない。そして、俺がうっかりカルミナを殺しでもすれば問題になることまで計算づくで来てるな……こいつ!
頭突きの陰から抜き手が伸びてくる。これは一回引っかかって頬をえぐり取られた経験のある攻撃だ。同じ手は二度と……喰わないっ! ギリギリで回避してその抜き手を上へ弾き飛ばすと、その勢いでカルミナ自身も上へ……いや、飛んだな。そしてそのまま空中でくるりと回転すると、優雅に着地した。
続いてカルミナが手を振ると、黒い霧が俺を包む。先日吸収した霧化能力を試すように、彼女の身体が一瞬、霧に溶ける。
「どうだ、勇者! この霧、うち払えるか? 」
「種が解ってるから仕掛けは簡単! 」
周囲に氷魔法で空気を凍らせると……居ない。ということは同時に透明化して完全に見た目を消しているな。だが、見た目は消せても冷気は消せない。気配のする方へ回し蹴りを決めると、軽く当たったような感触。
「やるわね。さっすがあたしのライバル」
「霧化に透明化を混ぜ込んだのは良い戦法だな。俺以外には通用すると思うぞ。あ、フィリスも除外だな。あいつは敵が見えなくなったら全力で範囲攻撃をするタイプだから」
「本当に勇者なのはフィリスのほうじゃないの? 」
「聖剣が使えるのが勇者の特権、だろ? 」
二人組手と蹴り合いを続けながらお互い言いたいことを話す。岬さんは最初のやり取りは本気かとも思っていたかもしれないが、おたがいの口による攻撃の応酬が始まると、本気じゃないことを見抜いて落ち着いてスポーツ観戦の様を見せる。
カルミナが魔方陣を広げ、闇の波動を放つ。トレーニングルームの床が揺れ、コンクリにひびが入る。俺は思わず跳び上がり、魔力を両腕にまとって、波動を弾く。
「相変わらず魔王様の攻撃は派手だな、でも、地味さが光る時もある! 」
「その両腕に光の波動をまとうの、相変わらずのスタイルね。でも、今度は引っかからないわよ! 」
両腕に光の波動をまとったままいくつかの攻撃をカルミナに当てようと試みるが、器用に避けていく。当たっただけでもカルミナにダメージの入るこの戦い方は実戦を重ねていくうえで身に付けた、俺のオリジナルに近いものになる。闇魔法で出来ているモンスターや魔族なら、触れるだけで最悪致命傷まで持ち込むことができる優秀なスキルだ。
今は出力が抑えられているとはいえ、カルミナもうかつに触れられない状態にある。戦いは互角。俺の衝撃波がカルミナの霧を散らし、カルミナの波動が俺に押し返してくる。訓練場に設置してある障害物を蹴り飛ばしてカルミナを牽制。
「カルミナ、逃げ足だけは一流だな!」
軽く煽るとカルミナが霧から現れ、一言残してまた霧を出し始める。
「勇者の拳、今のままじゃ届かないわよ!」
ここで、岬さんからタイマーストップの一声が飛ぶ。
「はい、時間! 引き分け! これ以上やると訓練場が崩れるわ!」
二人とも攻撃をやめ、いつもの様子に戻ると、俺は土魔法で衝撃の余波でヒビを入れた床や壁を直し、カルミナは俺が弾き飛ばした障害物を元に戻し始めた。
「引き分けか。中々いい運動になったな」
「次は勝ち誇って足の下に敷いてやるわ! 」
書類仕事の多い中でいい刺激になった。またカルミナとはスパーリングの相手をしてもらうことにするか。俺のまともな相手が出来るのは今のところカルミナとフィリスだけだからな。しかもフィリス相手だと負けが多い。カルミナを軽くひねりつぶして、序列を保っていくようにしよう。次回がいつになるかは解らないが一つ目標が出来たぞ。
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