56:ボッシュート
カルミナが静かに準備を始める。黒い魔方陣を新島を中心に展開させ、その領域に入る光は全て吸い込まれていくためカルミナと新島の姿は見えない。代わりに話し声だけは聞こえていく。
「いい?本来異能力の獲得や引きはがしは専用の異能力でなければものすごい痛みや精神的なリスクを背負うことになるの。この儀式はそれをできるだけ緩和するための措置よ。だから私にそれなりに感謝しなさいよね」
新島は何も言わない。今はただカルミナの儀式を見守って……いや、この暗さでは新島本人も見えてないのかもしれない。ただ暗闇が取調室を覆っている。
「あれ、大丈夫なのよね? 暗闇から何か出てきたりはしないわよね? あと、新島が廃人化したりすると上への報告がしづらいところなんだけど」
鈴木さんもちょっと心配になってきたらしく、その光景を眺めながらちょっと引き気味になっている。
「まあ、俺がわかる範囲で言ってもまだ大人しくやってくれているようだぞ。カルミナの制御は完璧だ。なあ? 」
「はい、そうですね。安定した魔方陣の展開が行われています。出来るだけ容疑者の負担を和らげるような形になっていると思います」
フィリスと俺の見解が一致したことで鈴木さんは納得して座り込んだ。一応責任者として最後まで見届ける義務があると言って部屋から動かないので、その間に少し仮眠することになった。
今更部署の中で隠すことでもないし、ベッドをそれぞれ一つずつ占有するのもアレなので、フィリスと添い寝の形になった。俺の腕枕の中でフィリスがつぶやく。
「カルミナには後でポテチを一つサービスしておかなければなりませんね」
「それで若者の未来が少しでも明るい方向に向くなら安いだろ」
「実際はどのぐらいの刑罰になるんでしょうか? 」
フィリスは聖女として万人に優しくする、という意思はあるようだ。容疑者となり逮捕された後の新島の改心に期待しているのだろう。
「わからん。これから起訴されて裁判を受けて、そして金を返せるかどうか。反省しているかどうか。そのあたりで決まるだろうな。もしかしたら検察が手心を加えてスリ行為の一種だとして窃盗として起訴した場合、思ったよりは早く出れるか、執行猶予がつくかもしれん。そうなれば後は彼次第ってところだろうな」
「罪刑法定主義……でしたっけ。罪そのものを軽くすることで早めに社会復帰をさせるのも悪くない、と? 」
「俺より五年……実際は十年若いんだ。まだまだやりなおすチャンスはあるってことを社会に伝えるのも彼の仕事の内になるかもしれんな。何にせよ、今後次第だろうな。しかし、新しい資金集めの方法ってどうするんだろうな。またけち臭くすれ違ったふりして金を擦り取るなんてことはしないだろうから、もっと大きなことをしでかすとは思うんだが……まあ、事件が起こってからでないと動けないのが警察だからな。精々どのぐらいのことをしでかしてくれるのか続報を待つことにして、今のところは寝て、寝起きの頭をはっきりさせようじゃないの」
「はい、ではおやすみなさい」
フィリスは目を閉じると、すぐに眠りに入った。五年間の勇者稼業のおかげで、なかなか眠れないということが少なくなり、すぐに眠れる体質になったことは数少ない勇者になってよかった案件かもしれないな。
◇◆◇◆◇◆◇
一時間ほど仮眠を取り、再び取調室のほうへ向かう。儀式はまだ継続中だが、そろそろ終わりの気配を見せ始めていた。
「あ、二人とも起きたわね。準備出来たからそろそろ儀式はじめるわよ」
カルミナが魔方陣から出てきてこちらに告げてくる。魔王の魔術をまともに見始めるのは、余裕をもって見物するのは初めてだ。鈴木さんはうつらうつらとしていたのでフィリスが肩を揺すって起こしている。
「そろそろ始めるらしいですよ」
「あら、寝てたのね。その間ずっとカルミナには支度をさせちゃって悪いことをしたわね」
「構わないわよ。異能力を吸い取る代わりにその分の魔力を充填させてもらうことにもなるし、私も霧化できるようになるんだから私にとってもこれはプラス要因ね」
なるほど、そういう目的があったか。まあ、そもそも透明化できる時点で霧状になるように変化するのはオプションみたいなものだ。目的は新島の無力化と一般人化だ。多少カルミナが力をつけたところでまたフィリスのアイアンクローが炸裂して浄化させてしまえばいいだろう。
「じゃあ、始めるわよ」
カルミナが魔方陣の端っこをつつくと、覆われていた魔法陣の闇が払われ、新島の姿が現れる。じっとしていた新島は自分の視野が晴れたのを見て、ようやく始まるのかと少しおびえる様子を見せているが、カルミナが話しかけて気分を落ち着かせている。
「大丈夫よ、私がついてるんだから心配ないわ。魔王の至高の魔術性能をとくと体に焼き付けられて真人間に戻ると良いわ! 」
カルミナが魔方陣を起動させ、新島の身体に魔術の霧がまとわりつく。しばらく闇に包まれた新島から徐々に白いもやが離れていくのがわかる。
その白いもやが完全に新島から離れ、カルミナの元へ吸い寄せられていく。白いもやと共に魔方陣も移動し、カルミナが白いもやを全身で吸収すると、魔方陣は消えて元の取調室に戻った。
「どう? まだ能力使えるかしら? 」
カルミナが手錠の鍵を外して新島を一時的に自由にさせる。その場で何か考えるようなしぐさをすると、新島が動揺し始める。
「なれない! 霧になれない! 」
「じゃあ、成功ね。後、霧化の能力ご馳走様。中々美味しかったわよ」
ぺろりと舌なめずりしながらカルミナが霧化能力を吸収したことを告げる。こころなしかカルミナが少し大人びて見えたのは内面が能力の獲得によって成長したとかそういう理由なんだろうか。少しばかり色気を感じたような気がした。
「それでは、もう新島は」
「もうただの一般人ね。特殊な手錠も要らないわ。普通の手錠をして普通の留置場に入れられて、普通の裁判手続きをしてその後は……まあ私たちの仕事じゃないところじゃないかしら」
「カルミナ、礼を言うぞ。裁判にもしがたい異能力者の法の裁きを真っ当に受けさせてやることができる」
「私はただ食事をしただけだから礼には及ばないわ。それじゃ、もう帰っていいかしら? 私たちもそろそろ家に帰らないと終電なくなっちゃう」
もうそんな時間か。今日は遅くまでよく働いたな。主に働いたのはカルミナなので、家に帰る途中でちゃんとポテチを買って帰ることにしよう。
「じゃあ後の手続きはこっちでやっておくわ。あなたたちはもう帰っていいわよ」
「一応手続き上のことなら覚えてから帰るでも良いんですが」
「まあ、手続きに関しては実際の犯人が居なくても例で教えることができるから、今日のところはみんな帰りましょう? 夜までお疲れ様だったわね」
話し合いも処分も一区切りついたところで、部署揃って帰りだす。一応公務員という立場なのだから時間はきっちり守れということらしい。仮眠を取らせてもらったとは言え普段ならもう家で休んでいる時間だ。夜の捕り物は中々に面倒くさいことだな。まあ、白昼堂々とやられて目隠しやら人払いに苦慮するよりはマシか。
「よし、帰ろっか」
「はい。カルミナもお疲れ様」
「夜食にしては悪くなかったわ! あと、帰り道に」
「解ってる、ポテチだな。電車がなくなると困るから家の近くのコンビニで好きな奴を買ってもいいぞ。高級な奴でも今日は許す」
「やったー! 」
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