49:高尾山で異変
高尾山を登る間、ポケットに忍ばせていた破魔のネックレスを確認してみるが、たしかに反応がある。これだけの観光客が居ればそれだけ反応する可能性も上がるのは仕方ないが、人数に対して光り方が少し強い。これは何かあったのか。それとも何かが起きつつある場所にたまたま俺達が居合わせているのだろうか。
フィリスとカルミナは警戒しつつも自分の速度で登山しており、俺のペースに合わせることなく自分のペースで上がりつつある。舗装されている道なのでそれほど苦にもならず、安心できるペースだ。
「山登りは久しぶりですけど、平たんな道に比べればやはりきついですね。でも、道があるというだけでこれだけ楽が出来るのはいいのかもしれません」
「そうね。あんたたちが魔界に来る間もこんなきれいな道なんてなかったはずだしね。私たち飛べるから道がそれほど必要ない、というのもあるけれど」
のんびり高尾山ピクニックを楽しみたかったのだが、そういうわけにもいかないらしいな、というのが今のところの感想だ。念のため近藤さんに連絡を入れておく。しばらくのコールの後、近藤さんは電話に出た。
「どうしたんだ進藤さん、今日は休みのはずだが」
「ええ、高尾山で絶賛ピクニック中なんですがどうも様子がおかしいんですよ。瘴気に覆われ始めているというか、とにかく反応が変なのでとりあえず連絡しておこうかと」
「そうか、解決できるならそれに越したことはないが、念のため注意して行動してくれ。一応内村課長にもそういう連絡だけは入れておく」
「お願いします。まずはお寺まで上がってみて、そこで様子を確かめてから行動しようかと思います」
「それが良さそうだな。道中の安全を願ってるよ」
「はい、何かありましたら念のため連絡は入れますのでよろしくお願いします」
それだけ伝えると電話を切り、再び登山に集中する。と言っても、両側ところどころに店が建ち並び、木々の隙間からは高尾山から眺める都市の風景が目を洗い流してくれる。
そして鼻から入ってくる湿った朽木と枯れ葉のような香りが山の中にいることを伝えてくれている。新鮮な空気かどうかはともかくとして、ちゃんと登山をやっているんだという雰囲気は充分に伝わってきた。
そのまま警戒しつつ四十分ほど経ち、山を登り薬王院に到着。朱塗りの門をくぐって境内に入る。本堂の金色の仏像、線香の煙が揺れる中、天狗像の目が光る。祠の周りに古木がそびえ、霊気が肌を刺す。山頂ではないが良い時間になったのでそこで一旦休憩をとることにする。
外で食事を楽しむのも久しぶり。普段はフィリスのお弁当があるし、定時で帰ってみんなで食事を囲むのでこういった形で外食をするのは前の職場以来か。
フィリスが作ってくれたお弁当の中には唐揚げと卵焼き、それにノリで巻いた小さなおにぎりが数個と申し訳程度の野菜成分が詰まっている。あと、別容器でポテチが用意されていてそれはカルミナの分だ。
「良いんでしょうか、こんな異常事態の中でのんびり昼食なんて」
「異常事態だからこそ腹は満たしておかないとな。空腹で事に挑んではろくな目に遭わない。空腹でも戦えるように訓練はされたけど、満腹になるほど作ってきたわけじゃないし、満たせる分は満たしておこうや。この後もしかしたら天狗様に会えてその時腹の虫でもなろうものなら大笑いされるに違いないのだから」
そう言って箸を進め始める。俺が警戒はしているものの、破魔のネックレスは反応しっぱなしだ。むしろ上がってきたことでより明確に光を放ちつつある。反応はあるが具体的に何がどう反応しているのかまでは分からず、まだ動くには早い。今はまず落ち着いて、周りの様子や一般人の動きを見てどうするかを考えることにしよう。
「トモアキ様、風景が美しいです。街があんなに綺麗に大きくて……あそこから来たのですよね? 」
フィリスが都市部の方角を見ながらそう俺に問いかける。
「そうだな。流石に高尾山まで来ると街の切れ目がよく解るな。ここは世界でも有数の都市圏だ。切れ目なく街並みが続く様子は海外から見ても珍しいらしいぞ」
「そうなのですね。私からしても珍しいです。あっちの世界では街! 平野! 町! 山岳地帯! みたいなところが多かったものですから、こういった景色はとても興味深いです! 」
「言われてみれば魔界でもこういう風景はなかったわね。こっちに来てまた一つ得をした気分になれたわね」
破魔のネックレスが反応していることを除けばのんびりとしたピクニック。出来れば周りの人たちにも被害が及ばないようにしておきたい。どうやってやればいいかな……一応非常用として人払いの結界は一つ借りてはきているが、使わないようにうまくやる方法はないものかな。
ご飯を食べ終えて腹を落ち着かせているところへ、寺院の管理人さんみたいな人がやってきた。
「失礼ですが……第六課の方々では? 」
いきなり第六課と言われて何のことかわかるのはこちらの手札をばらすことになる。ここはまず最初にとぼけてその後の向こうの出方を見よう。
「何のことでしょう? 」
「腹の探り合いは結構。漏れ出ている神通力を見ればわかります。警視庁公安内事第六課の方々、ということでよろしいですね? 」
どうやらお見通しのようだ。素直に白状してしまおう。
「ご明察です。念のために言っておきますが、何かしに来たわけではなく純粋に家族旅行でピクニックに来た、というところでしょうか」
「なるほど。では、少々お手間を取らせますがこちらへ来ていただけますでしょうか。天狗様がお待ちです」
早速お目通りが叶うとは思わなかったが、この異常現象、天狗様も関わっているのか、それとも天狗様も困っているのか。どちらにせよいずれは対処して仕事として取り掛からなければいけない事象ではあるらしい。休日出勤手当出るかな。
薬王院の一部屋に案内され、そこに用意された三枚の座布団に座る。どうやら三人で来ている、というところまで把握されているようだ。
座り込んでしばらくしていると、先ほどの人が中に入ってきた。
「お待たせしました。天狗様より直々の言葉を頂戴いたしますのでどうぞ失礼のないようにお願いいたします」
座布団に座りなおし、きちっとした格好でしばらく待っていると、破魔のネックレスが急激に光り出した。すると、目の前にもやのようなものがかかりだし、やがてそのもやが形を作り始める。
しばらくすると、かなり大柄な男性のようなものに変化をし出した。服装は修験装束という、修行者がよく着ていそうなイメージの服をし、赤ら顔で鼻は高く、片手に楓の葉の形をした扇を持って、あぐらをかいたような格好で固定された。どうやら、俺のイメージする天狗というのはこういうものらしい、というイメージに沿って作られたという形らしい。
「待たせたな。儂が天狗だ。見ればわかると思うが……どうじゃろうか? お主の頭の中身に合わせて見た目を替えてみたがちゃんとできとるかのう? 」
「そうですね、一般的に天狗だ! とわかる格好ではあります。とりあえず……まずお納めください」
アイテムボックスからゆでたて作り立てのうどんと日本酒を取り出し、天狗の前に差し出す。勿論箸も割りばしだがお付けした。
「わしの好物をよくわかっとるようだのう。それに出来立てとは……やはりお主ら、異質な力を持っておるな? それもこの世の体系から外れた、独自の力を持っておると見た」
うどんをずるずると啜りながら、笑顔で食べ始める天狗様。ちゃんと茹でたて作りたてを持ってきただけの価値はあったらしい。
「うむ、やはりうどんは茹でたてが一番じゃ。こんな所では茹でたてのうどんをうっかり食べに行くのも一苦労でのう。こういった落ち着いた場所で食べられる機会はそうないんじゃよ」
「まあ、観光客でごった返してますしね。そんな中で落ち着いては食べておられんでしょうねえ」
「そうなのよ……それでなんじゃがな、おんしらに一つ相談があってのう」
うどんを食べ終え、汁まで綺麗に飲み終えた天狗様がぽつぽつと語りだした。どうやらここに俺達を呼んだ理由を説明してくれるらしい。
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