47:高尾山
京都と奈良の視察が去ってしばらく経った。何事もなく普段通りの業務を行ってきて、流石に俺もフィリスもカルミナも揃って仕事に慣れてきた。基本的には定時出社定時退社のお仕事で、何か異変が起きた時だけ緊急招集を受けるような形だが、そうそう回数多く緊急招集が行われるわけでもない。
のんびりとしたこの仕事モードで、果たして本当に給料をもらっていいのだろうか? と不安がるところもあるが、これがこの部署の日常であるらしく、ほどほどの出動でちゃんとお給料がもらえるのは前の職場に比べればよほどホワイトだと言えるだろう。
しいていうなら緊急出動の際は文字通り命がけの仕事になるのでそれが割にあうか割にあわないかはともかく、現状のレベルの瘴気や魔物については何の問題もなく倒せているレベルではあるので、現状で命の危険というほどの話はまだ出会ってはいない。
危なさで言えば将門塚での一件が一番危なかったところだが、それでも本気を出せば何とかなる所だったところを考えると給料を若干貰いすぎている気がしないでもない。まあ、貰えるものは貰っておくことにしよう。金はあって困ることはないからな。
「トモアキ様、今高尾山というところが見どころだそうです。今度のお休みに行きませんか? 」
今日も元気なうちの聖女様はパパッと手近な仕事を終わらせて次の休みにどこへ行きたいかを選んでいるらしい。
「高尾山か、そう言えば登ったことはないな。観光地としては栄えてるけど、よく救助者も出るらしいが……まあ俺達の体力なら日帰りで行って帰ってくるのは問題ないとは思う。高尾山は都内からも気軽に行けてそんなに高くもないが、だからこそなめてかかって体力が足りなくて途中でへばる……と言ったことが毎日のように発生しているらしい」
「恐ろしいところ……なのでしょうか」
「山を舐めるなってことだろうな。まあ、体を鈍らせないためには登山も悪くはないと思うぞ。次の休みにでも行ってみるか」
「やった! 山登り楽しみです! 」
フィリスがいつもの満面の笑顔で出迎えてくれてくれる。カルミナはフィリスが持って来た高尾山ガイドブックを読み込んでいる。珍しく静かに本を読んでいるので気になる所がある。
「どうしたカルミナ、何か面白い話でも載ってたのか? 」
「この天狗って何よ? 魔王の眷属みたいなもの? 」
天狗か。そう言えば高尾山には天狗信仰があったな。
「天狗は神様みたいなもんだ。説明するのはかなり面倒くさいというか難しいんだが……これは仕事として覚えておいたほうが良い内容かもしれないなあ」
そうぼやくと、近藤さんがコーヒーを片手にこっちへやってきた。
「高尾山に登るならついでに天狗様にも挨拶して来てほしいね。第六課の代表として」
「天狗様にもって、本当に居るってことですか? 」
「そりゃ居るとも。天狗様は飯縄大権現様の依り代や眷属でもあるし、高尾山は古くから天狗信仰や天狗伝説には枚挙にいとまがないぐらいさ。除災開運災厄消除招福万来なんかについて、衆生救済のシンボルとして今も生き続けていらっしゃる。高尾山は都心からも近いし、事故は登山中の遭難がそれなりに起こるとしてもちゃんと皆を平等に愛してくださっているのさ」
コーヒーをグイっと飲み干すと、からのマグカップを洗いに行く前に、一言残して行ってくれた。
「今の天狗様は日本酒が結構お好みだ。さすがにうどんを打って持って行けとは言えないので、一本持っていくと良い。印象が良く残るはずだ。今後何かと縁が深くなっていくだろうし、顔通しついでに機嫌を取っておくのも悪くないだろうしな」
そう言い残し、近藤さんは去っていった。
「天狗さんですか……どんな方なんでしょう。仲良くできますでしょうか」
「向こうから話しかけてくるのか、こちらから話しかけに行くのか……その辺も含めてちょっと書類を漁っておくか。それだけ親交があるなら何処かに報告書や意見書の類が残ってるだろうからな。座学の続きと思って勉強しておこうか」
「はい、そうしましょう。今日は定常業務以外にやることはないですし、自分達がちゃんと部署に馴染んでいる、ということも含めて、お互いの情報をどこまで持ちあっているかを共有しておくのも大事ですね」
◇◆◇◆◇◆◇
色々調べて情報を共有した結果、アツアツのうどん一杯作って持っていくのもできるんじゃないか? ということになった。アイテムボックスに入れておくことで登山中に冷めないで持っていけるのも一つ、という理由にあげられるがどうせ人前ではお供えも出すこともできないことだし、隠れて供じさせてもらうのも悪くないという所だろう。
製麺所で打ちたての麺を……というわけにもいかないし、カップうどんというのも失礼なので、家で茹でて味付けしたこっち風のうどんお出しできればそれで充分なんじゃないかという話になった。ついでに今日の帰りに酒も都合しておいて、休みに三人で山登りとしゃれこもうという寸法だ。
「訓練でもないので気軽に行ってくるといいよ。お酒はまあ……気持ち程度の価格帯の物で良いからお供えはしといてね。あんまり高い酒を要求して困らせる、という趣味は天狗様にもないはずだから」
情報集めを手伝ってくれていた近藤さんはそう付け加えると、自分の席に戻っていった。
「じゃあ、次の休みはピクニックだな。お弁当作って持っていこう」
「あたし唐揚げ欲しい! 唐揚げの味のポテチが美味しかったから、唐揚げも美味しいはずよ! 」
「そうですね、私も作れるようになりたいのでレクチャーをお願いします」
ほぼ半分遊び気分だが、そういう遊びもいいだろう。それに、フィリスにしても家から出てある程度自由に行動しているとはいえ、普段はこの地下に詰め込んで仕事をさせてしまっている。満天の青空の下でのんびり楽しめる機会を作ってやらないといけないしな。
しかし、登山か。こっちで登山をするのは初めてだが、向こうの世界では装備を全部持ったままで切り立った崖をよじ登りながら越えたり、道なき道を切り開いていったりと散々やったので、高尾山ぐらいなら問題なく歩きとおすことはできるだろう。
いやしかし、そういう考えが遭難者の多発にもつながっているのだから、あまり気軽に考えずに念のため遭難しそうになった時のことも考えておくべきだろうな。発煙筒の一本ぐらいは持たせておいて、もし遭難したら上げられるように準備しておこう。
それ以外で準備するようなものは水分と食料ぐらいか。後はうどんを茹でて持っていくことと、酒を一本調達することだな。日本酒で良いらしいので、大吟醸とはいかずともそこそこ評判のいい酒をスーパーで買って持っていくことにしよう。本来は経費で落ちる所なんだろうが、遊びに行くついでなのでそこまでカリカリすることもないな。
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