46:疑念
side:久我・山本
奈良県警と京都府警の合同視察は無事終了し、聞き取り調査も終えた久我警部と山本巡査部長は、共に自分の部署へ帰るために電車に乗っていた。
新幹線の車窓を、夕暮れの田園風景が滑るように過ぎていく。東京から京都へ向かうのぞみ号、久我警部と山本巡査部長が隣合って座る。久我警部は袴の裾を整え、扇子を手に車窓を眺める。オールバックの髪に刻まれた額のシワが、警視庁での調査が終わってもまだ消えないでいた。
山本巡査部長は膝にノートパソコンを置き、カタカタとキーボードを叩く。ヒールの靴が床に軽く触れ、静かな車内に微かな音を立てる。
「山本君、警視庁の報告書、読み直しはりましたか? 」
「はい、久我警部。将門塚の封印決壊事件、進藤さんたちの説明は表面的には整合しています。観光客の影響で瘴気暴走、フィリスさんの浄化魔方陣で完全封印。現地は瘴気ゼロでした」
彼女の声は抑揚が少なく、データを読むような無機質さがある。
「瘴気ゼロ、か。あれだけの人が集まる場所で、欠片も残らんのは不自然や。フィリス君の魔方陣、見た目の美しさとは裏腹に……この世の物ではない匂いがする」
現地確認で感じた疑念が、ここで鋭く蘇る。山本さんが画面をスクロールし、グラフを睨む。
「奈良の観測データでも、将門塚の瘴気濃度は急上昇後、異常な速さでゼロに。自然の暴走なら、残留瘴気が検出されるはず。フィリスさんの封印が、外部の魔力を隠している可能性は? 」
彼女の言葉に、久我警部の目が細まる。
「隠蔽、か。進藤君の急な能力覚醒、フィリス君の瘴気感知の鋭さ、どれも都合がええ話や。だが、フィリス君の魔方陣が一番怪しい。あの青白い光、京都の結界や奈良の言霊とはまるでちゃう。まるで…別の世界の力やったわ」
久我警部の言い様が、車内の静けさに重く沈む。
「もしかしたらやけど……自分で結界を解いてしもて、改めて上から張りなおした、なんてことはないやろうか」
山本さんがノートパソコンを一瞬閉じ、言う。
「データで気になる点があります。全国の瘴気観測点……奈良の古墳群、京都の北野天満宮、福岡の太宰府など複数個所で、将門塚と同等の急上昇が断続的に発生。連鎖のパターンが見られます。何か起きる前触れではないのでしょうか。そうなると彼女は単なる協力者以上の存在……強大な魔力の鍵かもしれません」
久我警部が眉間の皺を更に深くして考え事をしながら扇をパチリパチリと鳴らす。
「あれだけの使い手がそう易々と警視庁の中に納まっとるとはおもえへん。何かあるんやろうな……たとえば、進藤君の覚醒とフィリス君の出現が同時多発的に起きた……とか」
「逆神隠し、という線もあるかもしれませんよ。この世に居なかった人が突然現れた、と。逆異世界召喚と言ってもいいかもしれません」
「山本さんもそういうのお好きなんやねえ。でも、実際にそういう例がなかったわけでもない。実際に起きた例も世界各地で伝承が残っとるものやし、もしかしたらフィリス君、そういう理由から警視庁に囲われてる可能性も微粒子レベルでなら存在するんやろなあ」
久我自身もそれを信じている訳ではないが、そういうと素直に筋が通るというものだ。だとすれば、異世界人の力を見るために試しに封印を見せに行って、そこで何かが起こって再封印する、という流れになった。作り話にしては上出来な方だろう。
久我警部が扇子を再び開き、ゆっくり仰ぐ。
「強大な魔力、か。進藤君の覚醒も、ブラック企業で光が差したなんて話が出来すぎや。だが、フィリス君が中心や。あの魔方陣ただの祈祷やない。異質な力を隠すための巧妙な仕掛けやろ」
彼の視線が車窓の夕暮れに固定される。
「京都に戻ったら、退魔師の古老に相談や。フィリス君の力を、徹底的に洗う必要がある」
「やはり、彼女が今回の出来事の中心だと? 」
「それもあるやろうけど最後に会ったカルミナって子、隠し切れてへんけど闇の魔力が膨大やった。彼女が将門塚に近づいたことで何らかのアクションが発生して……そのほうが可能性としては高そうやな。彼女を取り込んで復活しようとした怨霊をフィリス君がまとめて封じ直し切った、というところでどうやろ? 」
「お話としてはよくできていますが、現実的ではないですね。やはり観光客の集まり過ぎによる事故だったのでは? 」
「手厳しいなあ、山本さんは」
山本さんが頷き、ノートパソコンを再び開く。
「警視庁への監視を強化します。進藤さんたちの行動をデータで追跡。フィリスさんの魔方陣の魔力パターンを、奈良の退魔術データベースと照合します。もし異世界の痕跡なら……証拠みたいなものが見つかるはずです」
彼女の指がキーボードを滑る。カタカタという音が、まるで進藤たちの秘密を刻むメトロノームだ。彼女のポニーテールが軽く揺れ、夕陽がスーツの肩に反射する。
久我警部が小さく笑う。
「山本君、ええ目やな。警視庁は自分らの力を過信しとるが、わしらは本家本元や。フィリス君が何を隠しとるか、じっくり炙り出したらんといかんなあ」
扇子をパチンと閉じ、彼は目を閉じる。新幹線が静かに加速する。フィリスへの疑念が、京都と奈良の退魔組織に深く根を張る日本古来から存在する退魔組織へと静かに情報が流れていく。
◇◆◇◆◇◆◇
side:フィリス
「っくょん! 」
「フィリス、風邪か? 」
トモアキ様が私の身を案じてくれている。
「いえ、私が風邪を引くならきっと進藤さ……トモアキ様も一緒にひいているはずなので、きっと誰かの噂でしょう。もしかしたら帰りの電車の中であのお二人が私の噂話でもしているのかもしれません」
「完全に隠せたとは言い難いからなあ。表面上は納得していた様子にも見えるけど、実際のところはもっと細かいところまで探りを入れてみようかという気すら見えた。もしかしたら、もうばれてるかもな」
「あたしは結局何の関与もしなかったからセーフよね? 」
カルミナがわたしのせいじゃないよね? と確認を取っています。
「最後に頭を撫でられたときに闇の魔力を感じたり、瘴気を吸い取られたりするような感覚はなかったか? もしかしたらこっそり持ち帰って鑑定してたりするかもしれないぞ」
「それは面倒ね……いっその事、呪詛でも送ってあっちが風邪ひくように仕向けてやろうかしら」
「人は呪わば穴二つと言ってな。そういう時は自分が風邪をひくことを覚悟してやるもんだぞ。それに担当する区域が違うとはいえ同じ警察官なんだ。身内同士でやり合ってどうするんだ」
カルミナがブーブー言っているのをトモアキ様が落ち着かせている。最終的にポテチ一枚で静かになったので、なんだかんだで扱いやすい魔王なのかもしれない。このままポテチにこだわり続けて永遠の時をこの警視庁という組織で生き続けていくのか、それとももっと違う場所へ行くのかもしれませんね。
その頃には私もトモアキ様も生きてはいないでしょうし、その後のニホンがどうなるかまでは私が責任を取れることでも、カルミナがどうしたいと思っているかにかかってくるのでしょう。
それまでに私とトモアキ様の子供もできているでしょうし、出来れば子孫代々で魔王カルメンの幼生体であるカルミナの力を制御しつつ生き続ける家として伝えていければいいのですけれど。これはあくまで私の願いというか欲望そのものなのであまり大きくし過ぎるとカルミナが反応して瘴気として食べてしまうかもしれません。ほどほどにしておきましょう。
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
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