44:お客さん、いらっしゃい
午後になり、警視庁のエレベーターが「チン」と軽い音を立てて止まり、銀色の扉がゆっくり開く。お待ちかねのお客さんが警視庁に到着した。奈良県警と京都府警のそれぞれ対応する部署から責任者が到着したらしい。
自分の席で仕事をしているふりをしていると、エレベーターから内村課長が先導しながら連れてきたお客様は、片方はスーツ姿の女性だったが、もう片方は着物姿の男性……着物というよりは袴とか狩衣といった雰囲気のする服装でここまで来たらしい。こっちが京都府警の人かな?
「どうも皆さん、初めましての方が多いようなので自己紹介を。京都府警警備部公安課第六係の久我警部です。よろしゅうに」
「同じく、奈良県警警備部公安課第六係の山本巡査部長です。本日はよろしくお願いします」
二人そろって挨拶をされたので、部署揃ってよろしくお願いしますと声をかける。ここまでみんなの息が揃っていることは珍しい。
久我警部は髪はオールバックで、額のシワがただものではないというオーラを醸し出している。山本巡査部長のほうはパリッとした黒のスーツに、髪をきっちりポニーテールにまとめた若い女性。ノートパソコンを抱え、ヒールの音がカツカツとフロアに響く。
内村課長が「ようこそお越しくださいました」と笑顔で迎えるが、久我警部の無表情と山本さんの探るような視線に、俺の胃がキリキリし始める。この二人を相手にしなくてはいけないのか……結構厳しいかもしれないな。
早速会議室として用意した一部屋に二人を案内し、内村課長とまず三人だけの話し合いが行われる……と思ったら、俺も手でクイックイッと呼び出された。どうやら俺の同席も必要らしい。
確かに現場にいたのは確かだし、フィリスとカルミナをいきなり用意することに比べたら安全だ、という判断かもしれない。まずはジャブを喰らうのは俺、ということなんだろうな。
最初から最後まで全てを見ていたわけではないが、とにかく封印が一時的に弱まって結界が崩壊しそうになったが、担当官の適切な救助申請とその後に行われた再封印によって事態は沈静化した、というのがこちらの言い分である。
会議室に入ると何を言うでもなく久我部長が上座に座り、下座に俺と内村課長が座る形になった。
「ひとまず報告書のほうは読ませていただきました。現在においては何ら問題はない、とのことですけど、本当ですやろか? 」
早速疑いのほうからかけられだした。京都府警としては警視庁のミスを責め立てる方面で顔つなぎにしている組織への報告という形にしたいのだろうか。
「えっと、進藤といいます。内事第六課で瘴気浄化の現場と事務を担当してます。将門塚の件は、俺とフィリス、カルミナの三人で対応しました。瘴気が急に濃くなって、観光客がパワースポット目当てで集まったせいで暴走したっぽくて…」
無難に始めたつもりだが、久我警部が即座に割り込む。
「進藤さん、経歴を調べさせてもらいましたけど、急に浄化の能力が目覚めたというのは本当ですの? ただのサラリーマンが、なぜそんな力を? 」
「いやあ、前の職場がブラックで、ストレスがピークだったんですよ。残業帰りに神社に寄ったら、なんか…頭ん中に光が差した感じで。気づいたら瘴気浄化の力が使えてました。ハハ、自分でもびっくりです」
久我部長は声は穏やかだが、目が笑ってねえ。内村課長の重箱の隅を楊枝でつつくって警告、そのまんまだ。山本さんがカタカタとキーボードを叩く音が、なんか裁判の速記みたいで胃にくる。
「この後現地に向かってもらうことになりますが、現状で抑え込み終わっていることは納得してもらえるかと思います」
「ところで、同行するのは彼でええんですやろか。関係者ということやろうけど、あんたさん以外にもまだ二人関係者が居りますようやけど、そっちの二人は呼ばんでええんですやろか? 」
「まあ、まずものは現地で……ということで早速見に行かれてはいかがですか」
ことは急げというわけではないらしいが、ちゃっちゃと済ませてさっさと帰ってほしいということは間違いないらしい。内村課長は早く現地確認をして戻ってくる方を率先しておきたいらしい。
「まあ、警察官がバラバラの服装で揃って出かけるいうんも変な話ですし、かえって怪しう見えるかもしれませんしな。まずは将門塚に行くとしますか」
車を出して数分、将門塚に到着。周辺の区域に対して久我警部がいろんなところを確認している。相変わらず観光客やお祈りをしたい人がそこそこ居るのは御愛嬌。ちょっといかつい四人組ぐらいがお参りに来ても不思議はない、という感覚にさせてくれる。
フィリスの完全封印と浄化魔方陣によって瘴気一つも残らないほどの清潔さを保ち続けているこの将門塚に、久我警部はかえって疑問点を持ったようだ。
「おかしいですなあ。これだけ人があふれてるなら封印し直したとしてもそれなりに瘴気が発生してても不思議はないんですけど、瘴気の欠片一つも見当たりません。一体どんな封印をかけたものですやろか? 」
「たしかにそうですね。封印して内側から漏れ出なくする分には不思議はないですが、外から持ち込まれた瘴気もないというのは不思議ですね」
山本さんもノートパソコンを片手に報告書を作るためなのか、常にカタカタと撃ち続けている。片手疲れないないんだろうか。
「そこは、封印を施したものに聞くしかないかと。部内待機を命じてあるので戻り次第お話を聞ける体制にはしてあります。現地確認はこのぐらいでよろしいでしょうか? 」
「……そうですなあ。瘴気が見当たらない所も含めて、よく話を聞かせてもらう必要がありそうですなあ」
久我警部は何かしら不思議な、日本的ではない匂いを嗅ぎ取ったようでここにいるメンバーで封印を施したわけではない、ということに気づきつつあるらしい。帰ったらフィリスに聞き取り調査、という形になるかな。
ひとまず車に戻り、車の中から連絡。戻り次第フィリスに聞き取りたいことがあるので部署にいてくれるようにお願いをしておく。向こう側からは解りましたという本人からの返事があったので入れ違いになる可能性はないだろう。
短い運転の間、久我警部は足をトントンと揺らしながら考え事をしている様子だった。将門塚に張りなおした結界が気に入らないのか、それとも珍しいものだと思っているのか。確かに異世界の封印式に加えて結界まで張り込んであるからな。
山本巡査部長もノートパソコンにひたすら何かをカタカタと打ちこんでいる。何を報告しようとしているのか非常に気になるが、聞いても教えてはくれないんだろうな。あっちの内部事情には口を挟む気も手を出す気もないが、都合が悪いことばかり書かれていると困るな。
少なくとも今後数年間は問題なく稼働し続けることになり、パワースポットとしての役目は果たせないかもしれん。が、瘴気や魔の気配を感じ取れない一般人には問題ないことだろう。パワースポットという名の瘴気巡りにろくなことはないからな。
戻って再び警視庁。第六課の先ほどの会議室へ向かうと、フィリスが既に待機していた。ブツブツと何か唱えているが、多分設定を思い返しているんだろう。さあ、ここからが正念場だぞ。
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