43:西からの来客
しばらく経って部署にも慣れ、毎日の仕事をこなしていったある日の朝礼。内村課長からの重要事項の連絡があった。
「本日中に西からのお客さんが来る。京都府警と奈良県警の公安の合同でな。例の将門塚の一件で話が聞きたいそうで、実際にこっちへ赴いてどのような事態が発生してどのように処置したのか、それらの聞き取り調査、という名目らしい。実際は怒られる……という形になるんだろう。なにせ、こっちの世界の話は向こうのほうが本家本元だ。こっちが警視庁とはいえ頭が上がらないのは事実。俺は聞き取り調査に同行せなばならんが……進藤、フィリス、カルミナの三名も同席してほしい。一応関係者ってことになるからな」
「わかりました。それまでは通常業務の継続、ということでよろしいですか」
「ああ。だが一応三人で口裏を合わせる準備はしておいてくれ。向こうの部署に魔王が現存しているなんて話が漏れたらそれこそ大問題になりかねんからな」
そういえばこいつは世界を征服しようとした魔王だったな。でも、征服して何がしたかったのかは未だに聞けないでいるな。今晩の食事でもしながら魔王としての任務に就いて色々聞きだしてみるとするか。
「具体的にどういうことを隠せばいいのでしょうか? トモアキ様わかりますか? 」
「そうだな……お客さん相手だから、まず、トモアキ様と人前で呼ぶのは無しだな。帰るまでの間だけ進藤さんと呼んでくれ。後カルミナも勇者呼びは無しだ。呼び捨てでもいいから」
「わかったわ、進藤! これでいいのよね」
「ああ、それでいい。それと、二人は今でもまだ日本国籍を持っていないので警察官としての身分はない。にもかかわらず籍を置いているのは変な話になる。そこで、二人は外部協力者として警視庁内にとどまってもらっている、という話で通すことになる。そこもいいか? 」
「そうですね、日本国籍をもう持っているなら私はフィリス=進藤になっているはずですからその点は大丈夫です。国籍はイギリス……ということになってましたね」
「国籍を問われたらどうこたえるか……そのあたりも考えておかないとだめかな? 」
「お三人さん、相談中のところ失礼するよ」
相談中に内村課長が現れる。口裏合わせの手伝いでもしにきてくれたのかな。
「フィリス君とカルミナはここで生まれ育ったってことにしておいて。そのほうがあっちで認定してくれた話に合わせやすいし、ないだろうけど京都府警や奈良県警が国籍の照会を行った時に不都合が出にくいはずだ」
出してもらった資料には、イギリスののどかな農村地帯の写真と場所、名前、特産物などが明記されていた。どのように育ったかに関しても、軽く説明文が付随されている。
「一応これが君らの設定資料集だ。目を通しておいてくれると後で面倒がなくて助かる」
「わかったわ、この通りに演じればいいのね? 」
「そうだ、よろしく頼むぞ」
内村課長もカルミナの扱いに慣れて来たらしく、ポテチを一枚カルミナの口元に寄せていってカルミナがあーんの状態で待ち構えている。置きお菓子にポテチが色々増えたのは多分カルミナの餌付けに使えるし、味も選べて自分たちも楽しめるから……とそういうところだろう。
「お世話かけます」
「まあ、出来るだけ穏便に済ませたいのはみんな同じでね。それに京都府警から送られてくる人物は、多分ねちっこいから重箱の隅を楊枝でほじくるような形で細かいところを詰めてくるはずだ。実際に案内して今は問題ないことをアピールするつもりではあるけど、念のため、というところもある。準備は怠らずに全力でやるに限るよ」
そう言いつつ、手を振りながら内村課長は自分のデスクへ戻っていった。
「二人はその風景と言い訳を考えておいてくれ。使うことがないと良いんだけどな」
「準備をするに越したことはありませんからね。しっかり頭に入れておきます」
カルミナがのほほんと風景を見ながら「こっちにもこんな風景があるのねー」等とのんびりしている。大丈夫かな。今は信じるしかないか。
後は俺の経歴か……俺の経歴そのものは隠しようがないし、向こうでも調べてきてるようだからある日突然目覚めた、という風にしておくのがベストだろう。まさか異世界に五年行ってて帰ってきたら二日しか経ってませんでした、等という妄言を広げるわけにはいくまい。
◇◆◇◆◇◆◇
side:フィリス
内村課長やトモアキ様……いえ、今は進藤さんでしたね。皆さんにご迷惑をかけるわけにはまいりませんのでこの設定を覚えて演じ切ればいい、ということでしょう。潜入任務は何度かしたこともありますし、演技が充分だとは思いませんが、出来る限りの振る舞いで迷惑をかけないようにしなくてはいけません。
カルミナは大丈夫でしょうか。何か余計な一言を言いだしてせっかく隠している経歴をばらすようなことにはならないでしょうか。……と、他人の事を考えるよりも今は自分のことに集中しましょう。
資料によればイギリスではそもそも悪魔祓いという職業があるようですから、そっちの方面の仕事に親が就いていた……そういう方向性でいくようです。
こちらにもそういうシステムは各地に存在していて、それぞれ独自の技術体系をもっている、ということでいいのでしょう。私はそれを学びに来ている……そういう流れで行けば問題ないかもしれません。
会議室の準備中、トモアキさ……進藤さんが私にコーヒーを渡しながら真剣に読み込んでいる様子を心配そうに見つめてくる。
「フィリス、めっちゃ真剣に資料読んでるな。カルミナは…まあ、ポテチ食ってるけど」
気が付かないうちにカルミナがリラックスタイムに入っていました。本当に大丈夫なんでしょうか。
「大丈夫だろ。フィリスは聖女なんだから、どんな設定でも完璧にこなせる。カルミナも、意外とピンチに強いタイプだし。俺も残業よりマシな気分でやってくから、気楽にいこうぜ」
そう言って肩を叩いて軽くもんでくれる。良い感じに肩の力が抜けていくのを感じる。覚えるべきは全部覚えて、実際に使うかどうかわからない技能は使わされるまでなかったことにしてしまいましょう。下手にこちらから手札を見せて大丈夫ですよ、とわざわざアピールすることは裏があると勘繰られる可能性があります。
「頑張ってみます。私、お役に立ってみせますね」
「フィリスはいつでも役に立ってくれているよ。でもできるだけ今日は目立たないようにしてくれると助かるかな。カルミナもそうだけど」
「あたしのほうは準備はできてるから大丈夫よ。いつも通りにフィリスお姉ちゃんの陰に隠れているから問題ないわ」
どうやら私を盾にしてやり過ごすつもりでいるらしいです。今食べているので今夜のポテチはなしですね。
さて、他の地域からのお客さんはどんな方が参られるのでしょうか。そして、具体的にどんな確認作業を行っていくのでしょうか。心臓がドキドキしていますが、時間ギリギリまで設定を練り込んで頑張ることにしましょう。
悪魔祓いは神の力や聖水や祈りの力で悪魔を払う……この辺はこちらに似ているところもありますね。異世界での所作とはいえ、やはり世界に限らずどこか似通った仕草やマーク、それらが同じなのは同じ人間という種族であることだからかもしれません。
ということは、今日来る予定の方々もいい雰囲気で話し合いをする、という可能性は低いですね。精々揚げ足を取られないように努力しなければいけませんね。
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後毎度の誤字修正、感謝しております。