41:結界の内部構造 1
ある日、たまたま三人とも暇というか内勤というタイミングが重なった日。内村課長に許可を取って、人払いの結界の解析を行うことにした。
「……というわけで、人払いの結界の内部解析をしたいんですが」
「あれは一応購入品でそう安いものでもないからできるだけ無駄遣いはしたくないんだが……もしかしたら自前で似たような物が作れるということで良いのか? 」
内村課長はあまり乗り気ではないらしい。やはり備品を無駄に分解・解析して壊すというのは部署としても予算の都合上よろしくはないようだ。
「こちらにも自前の人払いの結界はありますが、どう違っているのかを知りたいんですよ。結界装置自体が魔術なのか、物体そのものに刻み込まれているのか、それとも高度な術式が組み込まれているのか。技術的興味、ということで一つ許可をいただけはしませんか」
内村課長は頭をポリポリと掻くと、少し下を向いた後まあいいか……という顔で正面を向きなおすと、俺のほうに向きなおしてきた。
「何らかの形でレポートは提出すること。それと、表向きは瘴気浄化のために使用したことにしておくので備品から一つ抜いておくこと。出来ればだが、それと同じ品物を作れるならその為に必要な物品や費用をリストアップしてレポートにまとめておくこと。俺から言えるのは以上だ」
「ありがとうございます、許可を出していただいて」
「いつもこれは京都府警からの協力品ということで向こうに金を払って購入している物なんだがな、お前たちが外回りでこまめに浄化してくれているおかげで少しずつだが、浄化の依頼が減ってきている。京都府警からの定期購入は毎月決まった個数を納入してくれているので、余ってくるのは確かだ。今回はそのうち一つを特別に研究用途としてリバースエンジニアリングすることを許可する。 以上だ」
そういうと内村課長は後ろを向いて頭を掻きだし「まあ一つなら良いか……京都府警には黙っておこう」ととぼけ顔。その間に備品倉庫から人払いの結界を一つ持ち出し、日付と持っていった個数、持っていった俺の名前を記入しておく。
フィリスとカルミナを呼んで、空いている部屋で早速実験だ。
「私も気にはなっていたんですよね。どうしてこんな小さな機械……というか壺みたいなもので人払いが可能になっているのか」
「確かにそうね。あっちの世界の人間が使ってた者や術式に比べればかなりコンパクトだわ。かなりの術者が作り上げていると考えられるけど、たくさんあるってことは手軽に量産する準備か、それだけのインフラが整っているとも考えられるわね」
「そのあたりを調べるために一つ拝借してきたんだが……まずは見た目からじっくり見て、形状や装置の形そのものから効果が現れるのかを調べよう。使ってみてダメでした、ではせっかく許可を出してくれた内村課長を怒らせるだけだからな」
念入りに装置の外側を見ていく。装置の外観は……円筒形の小さな携帯灰皿のような形をしており、蓋をあけると中身が漏れ出して人払いの結界が作用するようになる、と説明では聞いているし、実際に使った感触でもそのようになっていた。
ふむふむ……外見的には特に見当たるようなところはないな。しいて言えば、人払いの結界を張る結界そのものがこの容器の中に封印されているような……そんなイメージだ。
「外観からは解らないが、蓋を開けなければ効果が発揮しないという以上、この入れ物自体にも封印結界みたいなものが張られていて、人払いの結界の効果そのものを外に出さないようにしているようなイメージだな」
「私も同じ感想ですね。よくできていると思います。持ち歩くことで人払いをするのではなく、蓋を開けた時点から効果が発揮し始めるという以上、容器にも蓋にも同じだけの効果の封印が行われているんだと思います」
「あたしは専門外だからよくわかんないけど、蓋を開けることで空気中に散布されるってことでしょ? なら、結界を張って結界内で蓋を開ければ多分結界内に残留したまま中身が残り続けるんじゃないかしら? 」
なるほど、その間にゆっくり調べればいいというわけか。
「その意見はナイスだな、ポテチ一枚分ぐらいの価値はある」
「当然でしょ! 私は散々使われてた側なんだから」
言われてみればそうである。俺も魔道具についてもっと学んでおきたかったな。むしろ魔道具について詳しくなってからこちらに帰ってくるでも良かった。そうすればもうちょっと暮らしようが上向きだったかもしれない。露店で怪しいアイテムを販売するおじさんとして人気が出たかもしれないな。
さて、フィリスに頼んで一番強力な結界を展開してもらって、いざ開封の儀に入る。開いた蓋の裏にはびっしりと文言が書かれており、結界の正体が文字による魔道具制御だったことがわかる。ただ、流暢な文体の日本語で流し書きのように書かれている分だけ解読に時間はかかる。その間フィリスには結界を張り続けてもらって、効果が外に漏れないようにしてもらう。書いてある文字を何とか書き出して、蓋の部分についてはおおよその言葉を知ることが出来た。
ざっくりで言えば、なるはやで周辺住民がこっちに気づかないようにしてくれないかな? 後能力者は効果ないぐらいの威力で良いよ、という勅が書かれていた。おそらく日本の古語で、言葉自体に意味を持たせる言霊という奴だろう。日本古来の人払いシステム、という奴なのかもしれん。
次は蓋を外して胴体の文字を読む。蓋で結構目を慣らされたおかげで他の部分に関しても読み取りやすくはなってきた。この調子で解読を進めていこう。
「にしてもすごい技術ですね。今までいくつか人払いの結界装置を見てきましたけど、どれも寸分たがわぬ大きさや性能で作られているのは。コンビニのおにぎりもそうですが、同じものを同じ形で作り上げる技術っていうのはそんなに一般化されているのですか? 」
そうか、フィリスに言われて気が付いた。この人払いの結界、大量生産品なんだな。
入れ物の内側にもびっしりと文字は書かれているが、全てが手書きではなくプリンタやインクジェット方式のインクによる付着物であることも解った。どうやら大量生産するために生産ラインのようなものを取り入れて、そういう部分は現代らしくしてしまっても問題はないらしい。工場で作られる神秘的一品というギャップが中々に面白い。
よく考えれば入れ物の形状も画一的に出来ているのだから、それらが工場で作られていても何ら不思議に感じる所はないわけだ。現代人だから慣れ過ぎていて逆に違和感に気づかなかった、という奴だろう。
蓋の封印はよく解った。箱のほうは、蓋があくまで中身を出さないでね、お願いしますよお姉さんみたいな文章で書かれていることも解った。文体が流し書きなのはいまだに謎だ。
これなら工場とまではいかなくても同じだけのものを再現できそうなものだが、きっとそうしない辺りに京都府警の公安か、そのバックにいるこれを作っている組織の力がよほど強力で類似品を作らせないだけの威力を持ち込んでいるんだろう。
次は肝心の中身だな。中身は何で構成されているのか。そしてどのようにして蓋と入れ物の中で封印され続けているのか。
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