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4:最初のやらかし

 今日は夜の8時に仕事から上がることが出来た。ちょっとだけ残業コースだったが、それでも普段終電ギリギリまで作業をしていることに比べたらかなりの短時間で終わらせることが出来たと言えるだろう。


 打ち合わせから帰ってきた上司は予想通り「進藤! さっきの打ち合わせの通りになったから資料あつめとけ! 」という発言に対して「これで足りますか! それとも多すぎますか! 」とすぐにお出しすることが出来たため、普段なら資料集めに一時間ほどかけてやっていることを三十分であらかじめ先に終わらせておくことが出来たためだ。


 そう考えると、あっちの世界に行くまでの俺はどれだけの指示待ち人間だったんだろう? と思い返す。今は自主的に率先して動くことができるようになっている。あっちの世界では俺も指示する側でもあったし、短い時間で高度な判断を要求されるケースもあった。あっちの世界での戦訓はこちらでも充分に活かされていると言っていいだろう。


 そういう意味ではあっちの世界に行って無駄なことはそれほどなかったのだ。ものは考えようだな。それにこっちの世界では二日間だが俺は五年間余分に歳をとって帰ってきている分、成熟した考えが出来るようになっているはず。自分を信じて明日からも社畜を続けよう。


 帰り道にコンビニで明日のフィリスのご飯と今夜の晩酌用ノンアルコールビールを買うと、恐る恐る家に帰ってくる。フィリスはちゃんと大人しくしていてくれただろうか。



 自宅に帰ると、床一面がうすぼんやりと光っていた。この光には見覚えがある。ポーションだ。ポーションの光だ。


「トモアキ様、申し訳ございません。やってしまいました……」


 俺が帰ってくるなり申し訳なさそうに床に座り込んで謝っているフィリスの姿。まずは話を聞こう、それからだな。


「俺の目が確かなら、この床の光はポーションだよな? こぼしたのか? 」

「はい、申し訳ございません。アイテムボックスの中身を整理していた時にうっかりてれび? の音にびっくりして落として割ってしまいました。急いでお掃除して、床もふき取ったのですが、なんだか薄くなっただけで上手く拭きとれずに……で、こうなってしまいました」


 過ぎたことはしょうがないとして、これ、いつまで光るんだろう。電気を消すとちょっと幻想的な雰囲気を醸し出してくれる明かり代わりとなっているが、乾ききったら光は消えてくれるんだろうか。それとも、ポーションの効能が切れるまで俺の部屋を照明代わりに素敵にライトアップし続けてくれるんだろうか。


「とりあえずご飯にするか。今日もコンビニ弁当で済まないな。料理は向こうでさんざんやったが、こっちには料理をするための設備がないんだ一応コンロはあるんだが使えるものがケトルと鍋ぐらいしかない」


 IHを指さしあれが料理器具である、ということを教える。


「何の火も出てるような雰囲気ではありませんが、あれでお料理が出来るのですか」

「今なら湯を沸かすことぐらいなら出来るな。コーヒーも淹れたいし、試しにやってみるか? 」


 IHの電源を入れて水を入れたケトルを上に乗せ、火力を強にする。


「これで後は自然に熱い湯になってくれる。食材とレシピがあれば料理も作れる。ここに綺麗に乗る金属製の料理道具なら大体なんでも使えるとは思う……が、アイテムボックスにもそれに該当するものは無さそうだな。フィリスの言い様ではないが、俺もそのうちアイテムボックスの中身の調査をしないといけないな」


 俺もうっかりびっくりしてアイテムボックスの中身をこぼすような可能性はないとは言い切れない。使わないように中身を空にしておくのが今後一般人として生活していくには必要だろう。


「これでお湯が沸くのですか……あ、でも確かにけとるが熱くなっています」

「火傷するなよ? ちゃんと熱くなってるかを確かめるだけにしておきなさい」

「はい、でも、お鍋があるということはお料理できない訳ではありませんよね? 」


 どうやらフィリスは料理をしてみたいらしい。明日の帰りにでも食材を買ってきて、簡単な鍋でも作るようにするか。いつまでもコンビニ弁当では申し訳ないからな。


「とりあえず今日のところはこれを食べよう。食事については……そうだな、二人分の生活費をねん出するためにも、ちょっとずつ自炊はしていかなきゃいけないな。食材もないし、鍋とフライパンだけではちょっと料理する幅も狭い」

「重ね重ね申し訳ありません。私がついてきたばかりにトモアキ様にはご迷惑をかけっぱなしで」

「それはもういいよ。それより今後どうするかを考えていこう。フィリスには悪いが、もうしばらく……そうだな、今度の休みの日に出かける準備が必要だろうな。いつまでもその恰好で居させるわけにもいかないし、着替えも必要だろうし。とりあえず俺の服で出かけつつ、フィリスの気に入った服を何着か買って、そのついでにこっちの世界の案内もしなきゃいけないしな」


 フィリスの持ち物は普段身につけている聖女服と眠るときの簡素な服装しかない。女の子にいつまでもそんな恰好だけをさせておくのは問題だろうし、いざ他の服が必要になった時に問題になるだろう。


 何より、下着や……下着か……それは店員さんに任せることにするか。俺が女性向けの下着を買いに行くわけにもいかないしな。やることが、やることが多い。


 フィリスのほうを見ると、俺が買ってきたカレーライスの美味しさに集中している。香辛料をたっぷり使った食べ物というのはそうそう食べられるものではなかったからな。カレーは完全な贅沢品だと言える。これも、俺がこっちへ帰って来たかった理由の一つではある。トイレの清潔さとカレーの味わい、そして米の食感と美味しい食事。


 どこまでも日本人なのだな、と自分を再認識する。やはり、こっちの世界のほうが色々と便利で捗る。しばらくはこのままで持たせることにしよう。


「トモアキ様は次の休みはいつになるんですか? 」

「今日が火曜日だから……後三日は連続で仕事だな。その後はよっぽどのことがない限りは休みは取れる。その時に一緒に出掛けよう。フィリスの私服や身の回りの品物や、食材を買いに出かけて自炊を出来るように整えないとな」

「はい、私、お料理頑張ります! トモアキ様の口に合うような料理が出来るようにします! 」


 気合充分なフィリス。家と職場とはいえ二馬力になるんだ、今後は少しずつ料理もやってもらうことにしよう。


 飯を終わって料理本を引っ張り出しての文字が読めるかどうかの判定をしてみるが、どうやら転移時の特典として、言葉と文字にはボーナスがつき、日本語の会話と文字読み、それでも難読文字や地名なんかは難しいらしいが、コミュニケーションをとる範囲程度の言語理解能力は付与されているらしく、料理本を熱心に読み解くことはできるらしい。


「こちらでは新鮮な卵も小麦もお米? もいつでもどこでも潤沢に手に入れることができるのですね」

「それだけじゃないぞ、香辛料や砂糖や塩もお手頃価格で手に入れることができる。食事についてはここにいるほうが遥かにグレードの高い食事ができることは間違いない」

「なるほど……それでどの料理にも塩胡椒がふんだんに使われている訳なのですね。そういえばトモアキ様も、あちらに居た時はミソやショーユが恋しいと散々言われていたことを思い出します」

「そんなことも言ってたかな。こっちには……えーと……あ、残ってた残ってた」


 インスタントの味噌汁のパックがまだ残っていた。五年前の、いや実質三日前のインスタント味噌汁なので賞味期限は切れていることもない。


 お湯を沸かしてインスタント味噌汁を作って見せてフィリスの前に置く。


「これが味噌汁だ。俺がこの五年間飲みたくて仕方がなかった食べ物だ」

「これがミソシルですか……いい香りですね。いただきます」


 フィリスが味噌汁を飲む。熱いからフーフーしながらだが、ゆっくりと口にしてごくりとフィリスの喉元を通り過ぎていく。


「これは……なんとも滋味あふれる味ですね。これがトモアキ様のおふくろの味という奴ですか」

「まあ、実際のおふくろはもっと違う味だったが、懐かしい故郷の味だったことは確かだな」

「では、このミソシルを作れるように頑張ろうと思います、ふふっ」


 にこやかに笑うフィリス。どうやら気に入ったようで、全て飲み干してしまった。自分でも飲みたかったので自分の分も作り、味わう。


 ふぅ、日本に帰ってきたって気がするな。やはり食文化の違いは人間にとって大事らしい。


「フィリスも、あっちでは好きな食べ物とかもあっただろ? それを名残惜しいと思ったら再現してくれてもいいんだからな」

「そうですね、タラパが恋しくなるかもしれませんが、こっちの世界の食糧事情ならタラパも作れそうな気がしますわ」

「タラパかぁ。あれは割とお気に入りだったな。タラパをこっちの食材で作りなおしてみるのを目標にするのもいいかもな」

「はい! やることがあってうれしいです!! 」


 ぱぁっとした笑顔でほほ笑むフィリス。これからこの顔が毎日……いや、以前も毎日見ていたが笑顔でいてくれているなら何よりだ。さあ、フィリスの笑顔に充分やる気をもらった。明日からの続きの地獄の仕事も乗り切っていけそうだ。社畜生活頑張るぞ。

作者からのお願い


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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。

後毎度の誤字修正、感謝しております。

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― 新着の感想 ―
トイレを食べながらカレーの話…じゃなかったw カレーを食べながらトイレの話をするなんて!
あ、社畜レベルがあがったw
一応好意的には見てるのか、聖女ちゃんのこと
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