26:手合わせ
マツさんのゲル
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ダンジョンで潮干狩りを
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こちらもよろしくお願いします。
「まず、三人の力量がどのくらいなのか調べたいので訓練所というかトレーニングルームがあるのでそっちへ来てください。そこならある程度の力を出しても外には漏れにくい形になっています」
身内になった途端リラックスしだした近藤さんに少し苦笑いをしつつも、訓練所へ通される。今頃、新人向けのカリキュラムの洗い出しや教官役が誰になるのか、それから機密事項や機密をばらした場合のその後その人はどうなるのか、なんかのマニュアルを用意していることだろう。
「そういえば、ポテチは? 連れてくるための口実だったの? 」
緊張を更にほぐすようにカルミナがポテチをねだる。
「今上の売店で買ってくるから、訓練しながらおやつに食べようか」
「やった! 」
近藤さんが周りの人に頼み込んでいると、しょうがないなあ……という感じで人が買いに走りに行った。申し訳ない、うちの娘……娘じゃねえなこいつは。どっちかというと俺とフィリスの平穏な日々を脅かす敵なんだった。
しかし、対外的に敵役であるカルミナを抱き込むのは組織としてマイナス要素ではないんか? とは思わなくもない。そのあたりを訓練が終わった後で聞いてみることにするか。
たどり着いた訓練所は完全な閉鎖空間ではあったが、観覧席もいくつかあり、ちょうど弁当を食べていた職員が「お、何か始まるのか? 」といった感じでこちらを見ている。
「結構広いですね」
「まあ、動き回るからね。それなりに広さを確保しないと使いづらい魔法やスキルなんかもあるし。私は浄化は使えないが、身体強化とちょっとした魔法は使える。進藤さんは? 」
「俺は……全部ですね」
「全部、というと? 」
「いわゆる身体強化から各属性魔法、火水風土氷雷光闇無……全属性ですね。浄化は光魔法の一種なのでその流れで覚えてますね」
「……」
近藤さんが唖然としている。勇者は伊達じゃないんだぞ。最初の一年間でみっちり鍛えられた後、四年間実戦で文字通り死線を潜り抜けてきた中で身に付けた文字通りの実戦スキルだ。そうそう気軽な……そう、例えば角田部長に憑りついていたような簡単な魔物なら俺でも浄化は可能だ。
喫茶店で出会った魔物はどうだっただろう。身体強化を可能にしてガラスを割ってこちらに入り込もうとしていた所から察するに低級にしておくにはもったいないだけの性能は秘めていたとは思うが、本気で戦ったら圧勝はしていただろう。ただ、周りへの被害を考えると力を抑えて戦わなければならなかったから、フィリスの浄化はちょうどいい具合の威力だったと言えるだろう。
「そういえば、内事六課で使用している人払いの結界、あれ相当高性能なものですよね。そもそも人に認知させないように仕向ける具合とか、そっちを見ないように意識的に阻害をかけるというか。そのあたりは異世界よりこちらの方が優秀だと思いましたね」
「ああ、人払いは専門業者……つまり、橋渡し先から提供された技術でね。これも覚えてもらうことになるとは思うけどかなり便利だよ。悪用すればカメラ以外には気づかれずに万引きを堂々と行えるぐらいの性能は持っている。教えるけどくれぐれも悪用しないでね」
やはり教えてもらえるらしい。これはラッキーだな。一つ、この部署に配属されて良かったことになるだろう。
「フィリス、久しぶりに体を動かさないか? 」
「良いですね、ずっとお家にいた分だけ鈍っているかもしれませんからこういう機会に体を動かしておかないと損です」
二人とも平服。だが、戦場では平服のまま戦うことも時々あった。その為、俺もフィリスも装備がなくても戦えるように武術の素養はある程度叩きこまれている。
「物騒だから武器はなしで、撃ちこみあいにしようか」
「懐かしいですね、最初のころはろくに動けなかったトモアキ様が一年できっちり仕上げられたのは流石勇者という声も上がっただけはあります」
「恥ずかしいことを思い出させるなあ。そりゃ、ただの一般人がいきなり戦えと言われたって難しかっただろうに。むしろ一年で使い物になるだけのカリキュラムを組み上げた騎士団長に頭が上がらないよ……と、やるか」
お互いに礼。そして合図を何か待っている間に、カルミナにポテチが与えられたらしい。
「ポテチ! 」
その言葉を合図に、俺とフィリスの組手が始まった。お互いに身体強化をかけつつ、まず一合拳で切り結ぶ。拳同士がぶつかった瞬間衝撃波のようなものが広がり、フワッとした感触に覆われる。フィリスの身体強化の段階はこのぐらいか。なら、俺も合わせて……このぐらいかな?
衝撃波が訓練所の鉄壁に響き、観覧席のコーヒーカップがガタつく。ギャラリーも何が始まったんだ? というばかりにこちらを見始めた。
フィリスのかけられる最大限の身体強化ではないのは体に伝わる感触で解る。次々にフィリスから繰り出される拳を避けたり弾いたり薙いだりして応酬を繰り返す。こちらもフィリスの手が空いているところに拳を突きだすが、フィリスはふわりと受け止めてそれをまるで触れなかったかのような柔らかさで受け止め、払いのける。少しつんのめった形でフィリスの受け止めを躱された俺がつまづくと共に、フィリスの横からの掌底が俺の身体を襲う。
一発良いのをもらって、目が覚める。そういえば俺、フィリスに格闘で勝てたことってあんまりないんだったな。でもこれはこれで、フィリスの戦闘能力の高さを察せさせるのにちょうどいいかもな。壁際に吹き飛ばされながらも壁に足で着地して、そのまま壁を蹴りフィリスのほうへ向かう。
直前で停止した格好になった俺がフィリスにゆっくり近づき、そして腹に一発くらわせる。が、フィリスの両腕がそれを阻止、俺の拳の威力を相殺するように空中に飛び上がってカバーリングに入る。
くるりと空中で一回転すると、地面に着地しようとするフィリスを迎撃する形で着地点に俺が入り込み、フィリスの足場を無くさせる。が、フィリスはその身軽さをみせつけるように俺の肩の上に乗ると、そのまま顔を蹴り上げてきた。ちょっと痛いが見えた。
「まだやりますか? 」
「丁度温まってきたところかな」
「こっちもです」
にやりとすると、身体強化はそのままにして体のスピードを上げ始める。身体強化でカバーするのではなく自分の意識とフィリスの動きを読み切るだけの動体視力と思考スピードに全力を注ぐ。力では勝てているが技術で負けている、というのが素直な感想だろうな。
しばらくそのまま打ちこみ合いを続け、二人とも少しだけ息が上がってきた。そろそろ終わりかな、というところで、カルミナの「ご馳走様! 美味しかった! 」のセリフが聞こえてきた。
フィリスもそれで気が抜けたのか、身体強化を解除する。俺も身体強化を解除して近寄る。
「まだまだ勝てないな」
「身体強化のレベルを上げておけばトモアキ様のほうが最終的には勝てたと思いますよ? 」
「それは身体強化で勝つだけであって、打ち合いの勝負では勝ったことにはならないからな。ふぅ、久しぶりにいい汗かいた」
フィリスのほうも肩から軽く湯気が上っている。きっといい香りするんだろうな。嗅ぎた……いや、人前だ。それはやめておこう。カルミナも居ないような二人だけの時にそれは取っておこう。
ふと気が付くと、観覧席はギャラリーで埋まっていた。どうやら撃ちこみ合いが始まったのを見て野次馬が集まってきていたらしい。野次馬達は組手が終わったのを見てこちらに拍手をくれている。
フィリスは全方向にお辞儀をすると、カルミナのほうへ歩いていった。俺も同じく全方向にお辞儀をして近藤さんのほうへ戻る。
「うん、身体能力のほうは問題なさそうだね」
近藤さんはかなり引いていた。どうやらさっきのレベルでもやり過ぎだったらしい。
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