22:弁護士事務所
マツさんのゲル
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ダンジョンで潮干狩りを
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こちらもよろしくお願いします。
一日がんばって仕事をして一日休んでもいいように仕事を調節して、満を持しての平日休み。平日が休みになるなんて何年ぶりだろう。こっちの世界でもあっちの世界でも、平日に休みを取ることなんてまずなかった。向こうの世界にはそもそも平日も休日もなかったしな。
周りのみんながせわしなく働く中、ある弁護士事務所に向かってフィリスと二人、後消えたカルミナと合計三人、電車を乗り継いで向かう。フィリスは満員電車にびっくりしているらしく、かなり強めにこちらに抱き付いてきていたので中々にいい感触ではあった。カルミナは姿を消したまま荷物棚の上でエンジョイしているらしく、「ここなら人が多くても問題ないわね! 」と楽をしていた。
満員電車をこらえきって何とか目的地で降りた頃にはフィリスはもうすっかりヘロヘロになってしまっていた。カルミナはそのまま空を飛んでパタパタと付いてきているらしく、気配がするので問題ないだろうと思っている。まあ、いざとなったら姿を現してもらえばいい。いつも通り無賃乗車なのはお察しだ。
「トモアキ様は毎日こんなつらい環境で仕事場に出かけて毎日帰ってきているのですね。そんな収入で有り難く過ごさせていただいてると考えると、申し訳なさが先に来てしまいます」
「まあ、みんな同じだからそこは気にしなくていいよ。それより、せっかく予約に応じてくれたんだからちゃんと情報を仕入れて帰らないとな。今日明日で手に入るようなものではないからな」
「はい、わかりました。今日は大人しく聞き役に回っていますね」
駅を降りてしばらく歩き、「轟法律事務所」という看板のついたビルに到着する。
「ここですか、べんごしさんのいる所は」
「ああ、国籍周りの相談があると電話をかけてみたら得意らしくてな。本当に得意なのかどうかを見定めるのにもまずは相談してみるというのが定石だ。もし、そのまま警察に通報されるような事態になったら全力で逃げるから、逃げる準備はしておけよ、カルミナも」
「任せときなさい、嫌なことから逃げるのは得意だわ」
後ろ向きな魔王も居たものだな。俺から逃げなかったのは嫌なことではなかった、と受け取ることができるのか。魔王と勇者の戦いというものは恒例イベントみたいなものだったんだろうか。
ビルに入ってカルミナの透明化を解除させて、事務所のチャイムを鳴らす。中から女性が出てきた。
「はい、どちら様でしょうか」
「本日予約を取らせていただいております進藤と申します。……少し早かったですかね」
時間を見ると予定より十五分ほど早い。
「いえ、ちょうど前のお客様が早く終わりましたので準備は完了しています。お連れ様方もおいでのようで。どうぞ中に入ってください」
中に通されると、キィンと少し耳に響くような音が一瞬した。おそらくは中の会話を聞き取りにくくするように音響みたいなものが設置されているのだろう。その音の幕を越えると、中にはそこそこ良さそうなソファーと火サスで使われそうな灰皿ののったローテーブル、そして立ち上がったままこちらを迎え入れる男性の姿があった。
「どうも初めまして。所長で弁護士の轟次郎です。進藤智明様ですね。本日はよろしくお願いします」
「初めまして、進藤智明です。本日はよろしくお願いします」
「私はフィリス=レンブラントと言います」
「カルミナよ! よろしくね! 」
若干名失礼な奴が混ざっているが、ちゃんと挨拶は出来たのでよしとしておこう。
「さて、本日は国籍と戸籍の相談、ということですが」
「実は……この二人、戸籍も国籍も持っていないのですよ」
「お二人とも……ということは、こちらのカルミナさんはお二人の子供ではない、ということでよろしいので? 」
「違うわよ! どっちかというと敵よ! 」
「余計なことは言わなくていいぞ、カルミナ。まあ色々とありまして現在この三人で暮らしているのですが、こちらのフィリスとはいずれ婚姻関係を結びたいと思っているのです。その為には……自分でいくらか調べたのですが、無戸籍・無国籍者との婚姻は非常に難しい、ということまでは解っているのですが。せめて事実婚とはいえ、彼女たちにも自由にこの国の下で歩き回れるようにしてあげたいのです」
思いのたけを素直に伝える。フィリスは隣で「トモアキ様……」という視線を一直線に向けられているが、今はあえてそれには反応せずにしておく。照れるからな。カルミナは足をぶらぶらしながら、出してもらったオレンジジュースを大人しく飲んでいる。
「なるほど、事情は分かりましたがそもそも、お二人はどうやってこの日本へやってこれたのか、もしくは育ってこられたのか、という疑問点がありますが、そこについてはどのようになっておりますか」
「実は、人身売買の被害者、という形になります。たまたま逃げてきているところを保護して現在の形に収まってしまいまして」
これは事前にカルミナとフィリスで口裏を合わせておいたものだ。召喚魔法も人身売買も似たようなものだろうということで、人身売買で売られて日本へやってきた。スキを見て逃げ出したがたまたま出会った俺が保護して現在に至る、ということになっている。
「なるほど、人身売買ですか。最近多いらしいですからねえ。何事もなく忽然と消える人や、消えたと思った人が現れたりといった事案は年に一回か二回ぐらい起きているとこちらでは把握しています。だとすると、本来居た国、という形で国籍を取得することが可能になるとは思うのですが、お二人はどちらの国から来られたのですか? 」
まずいな、事前の口裏合わせとは違う方向性から攻められはじめた。この切り口はちょっと想定外だった。
「私は生まれてこの方家の外に出たことがなくて。ただ、この国に連れて来られて数年経ったことだけはわかっております。ですから自分が何処の国の出身なのかはわかりかねます。申し訳ございません」
ナイスだフィリス、事前の口裏合わせガイドから上手い具合に回答を引きだせたぞ。
「アタシは……魔界? 」
「魔界ですか。よほど冗談がお得意と見える。このお二人はその人身売買組織から逃げてきたところで一緒になった、ということでよろしいのかな? 」
「えっと、多分そういうことになります」
「なるほど……正面から申し上げますと、現状でお二人の国籍や戸籍を得ることは非常に難しいと断言せざると得ません。無国籍無戸籍の方が戸籍なり国籍なりを習得する方法がないわけではないのですが、最低でも五年間、日本について利益のある行動をとっていた、という場合においては認定される可能性があるわけなのですが、何年間日本に滞在しているかもわからない現状ですと、法律に対して正面から立ち向かうのは難しいと考えられますね」
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