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2:早すぎる再会

「マツさんのゲル」「ダンジョンで潮干狩り」をのほうもよろしくお願いします。

 翌朝、月曜日の朝。五年間、規則正しいようで不規則な冒険者の生活を送っていたせいか、妙にすっきりと目が覚めた。かつては毎朝、鉛のように重い体を引きずってベッドから這い出していたのが嘘のようだ。


 さて、と……洗面台で顔を洗い、鏡を見る。やはり見慣れたようでいて見慣れない、精悍さの増した自分の顔。そして引き締まった体。昨夜のうちにクローゼットの奥から引っ張り出しておいた、少しゆったりめのスーツに袖を通す。まるでオーダーメイドの鎧のように体に馴染んでいた向こうの装備とは大違いだ。


 まあ、仕方ないか。これで怪しまれない方がおかしい。諦めて、朝食の準備に取り掛かる。うっかり魔法で火を起こしそうになるのを抑え、コンロのスイッチをひねる。食パンを焼き、インスタントコーヒーを淹れる。文明の利器は本当に素晴らしい。トーストをかじりながら今日の言い訳を考える。なんか急に老け込んでないか? と言われたらどうこたえようか。うまく眠れなかったとでも言い訳しておけばいいか。


 それぐらいで大体察してくれるだろう。疲れすぎて眠れなかったりするのはよくあることだ。休日も寝てたら気が付いたら休日が終わっていた、ぐらいの気持ちが伝われば大体察してくれるだろう。


 満員電車に揺られながら会社へ向かう。かつては日常だったこの圧迫感も、今は妙に新鮮で、そして少し息苦しい。人々の気配やざわめきが、鍛えられた感覚に過剰に流れ込んでくる。五年前は当たり前だったはずなのに、まるで異世界に迷い込んだかのような感覚だ。


 職場で席についてパソコンを立ち上げる。五年ぶりの業務ソフト。パスワードは……覚えていた。指が自然にキーボードを叩く。体は変わっても、染み付いた社畜根性はそう簡単には抜けないらしい。ただ、押し寄せる単純作業の数々に、わずかな虚しさを感じてしまうのは否めなかった。魔王と対峙していた緊張感とは比べるべくもないが、あの充実感はもう味わえないのだ。


 そして始まる上司からのパワハラと仕事の押し付け。上司はパソコンで熱心にフリーセルをやっていた。窓際に座っているからウィンドウズだな、等とみんなで笑っていたが、今この状況でそれをおもいだし笑い出しそうになるも、上司のギラリとした目線によって我に帰る。


「いいかい進藤君、これも君のためなんだ。これぐらいの仕事は昼までにできるようにならないと、私みたいに偉くはなれないからね。じゃあ頼んだよ」


 完全に仕事を押し付けられ、自分の席に戻る。午前中ギリギリまでかかって何とか資料は完成したが、その資料の確認をお願いする前に上司は早めの昼食へ出かけてしまっていた。これは帰ってきてから何で午前中で終わってないんだと嫌みのアフターサービスを追加されるところだろう。


 昼休み、気分転換に外に出る。コンビニで買ったパンをかじりながら、ぼんやりと空を見上げる。あの異世界にも空はあったが、こうしてビル群の合間から見る空は、また違った感慨がある。


 あっちはもっときれいな青空だったな。時々ワイバーンや飛龍、ドラゴンの類を目にしていたが、やはり空気のよどみ具合はこちらの方がはるかに上ということだろう。こうなっては向こうの空のほうが懐かしくすら感じるな。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 午後からも仕事は続く。延々パソコンに向かいながらリストを作ったりグラフを作ったりプレゼンの資料を作らされたり、上司から細かいところのミスや気に入らない箇所への事細やかで繊細な嫌みを受け取る。


 上司の「ここのグラフの色味が気に食わない」だの「フォントサイズが微妙に違う」だのといった指摘が、やけに心に刺さってくる。命のやり取りをしていた頃の緊張感とは違う、じっとりとした疲労感が押し寄せる。それでも、社畜として染み付いた性なのか、指示通りに資料を修正していく。今日も終電ギリギリで帰ることになった。


 電車に揺られ、LEDの光に照らされる。体は鉛のように重く、頭は鈍い痛みを訴えていた。五年の冒険で鍛えられたはずの肉体も、精神的な疲労の前にはなすすべがない。いや、むしろ問題は精神の方か。やはりメンタルにくるものはくる。


 損壊したご遺体やモンスターの死骸にまみれて戦い続けていたこの屈強のはずの精神も、上司の嫌み攻撃に打ち勝つほどの防御力はないらしい。どういう昇進の仕方をすればあんな人物が上司になれるのだろう。人生プランとは一体。うごごご。


 自宅にたどり着くと、俺の部屋の前で座り込む女性の姿が見える。どうやら自室までたどり着く前に力尽きてしまったようだ。どことなく見覚えのある装いをしているが、きっと勘違いだろう。勘違いであってほしい。


「あの、大丈夫ですか」


 声をかけると女性はこちらへ振り向いた。その姿は……


「ちょ、フィリス! なんでここに? というかどうやって! 」

「トモアキ様を追いかけて、あの光の中に飛び込んだのです! 気づいたら、この見たこともない場所に……でも、あなた様の気配を追って……良かった、またお会いできて……」


 涙ぐむフィリス。その姿は、五年間共に戦った聖女そのものだった。最後の瞬間に見えた人影は、気のせいではなかったのだ。しかし、なぜおれの住処が分かったのだろう。犬並みの嗅覚を持っていたのか、それとも俺の魔力の気配を辿ってきたのか?


 いやそれよりも、こんなところを人に見られていると非常にまずい。誰かが来る前に隠す……この際部屋に招き入れるしかないだろう。


「と、とにかく、ここはまずい! 説明は後だ! ちょっとこっちに来てくれ! 」


 俺はフィリスの手を引き、慌てて部屋の中へ引き入れる。


「ここがトモアキ様のお部屋ですか。随分狭いのですね、荷物で一杯ですしベッドも王宮の物のほうがよほど心地よくお眠りになれると思うのですが」

「良いんだよ、住み慣れてるしこっちの方が便利なことがたくさんあるんだ。とりあえず……飲むか」


 帰り道にコンビニによって買っておいた二缶のノンアルコールビールの片方を渡すと、プシッと開けて飲む。俺の真似をしてフィリスも飲み始めた。


「美味しい……こんな美味しいお酒は初めて飲みます。異世界のお酒とはこんなに違うものなのですね」

「それ、酒精が入ってないから厳密には酒じゃないんだけどな。まあ、味は近づけているのは確かだ」

「そうなのですか……でも、落ち着く味です。逆召喚呪文を使った分の疲れが取れるような気がします」


 そういえば、異世界転移を成功させてから時間のずれがあるが、彼女はどのくらいの時間こっちの世界で俺を探し回っていたんだろうか。


「とりあえず、よく来た。そして、なぜ来た」

「トモアキ様のおそばに居たかったからです」


 缶を置くとフィリスはぽつぽつと語りだした。


「私があのままこちらに来なければ、聖女としてそのまま崇め奉られていくか、何処かの王族か上級貴族、後は宗教関係者の元へ嫁ぐことになってしまうことになったでしょう。ただ、どの殿方も歳がかなり上ですし、予想される未来はそう外れないこととなっていたでしょう」

「まあ、そうだな。俺も同じ考えだし、自分が王であったとしたら、やはりそのように取り計らうようにするだろうな」


 国としてはせっかくの勇者パーティーの残滓なんだ。自分の名声を高めるため、そしてより強い輝きを放たせるために有効的なカードとして手札に加えていたことだろう。


「そうやって若さを散らす生涯を送るぐらいなら、ワンチャントモアキ様と同じ世界で暮らしていく……というほうに賭けてみようと思ったのです。今のところ結果的にうまくいったと言えるでしょう」

「もし異世界のひずみにでも引き込まれてたらその時はどうしてたんだ? そうなったら住み慣れた世界からも、そして俺からも離れるような出来事になっていたはずだぞ」

「そうならないよう、あらかじめ召喚術式に追尾の機能をつけておきました。もし次の逆召喚のチャンスがあったとしてもトモアキ様を追いかけられるようにするためです」


 そんな仕掛けまでしてたのか。これは最初から付いてくる気満々だったな? わざわざ問いかけることをせずに、そのまま静かにビールに口をつけた。


 フィリスがノンアルコールビールを飲み干すと、彼女は少しだけ頬を赤らめてソファにもたれた。どうやら異世界の聖女様にとって、炭酸の刺激はちょっとした冒険だったらしい。俺は空になった缶を洗ってゴミ箱に放り込み、頭を掻きながら彼女を見つめる。


「で、フィリス。追いかけてきたのはいいけど、これからどうするつもりだ? こっちの世界じゃ、聖女の肩書きも魔法も、履歴書に書いたって『趣味:コスプレ』くらいにしか思われないぞ」


 フィリスは少し考えるように目を細め、ふっと笑みを浮かべた。


「トモアキ様と一緒にいられれば、それで充分です。それに、この世界には不思議なものがたくさんありますよね。この頭の上の光も魔道具なのでしょう? こちらは魔道具がかなり発展しているのですね。この四角い箱はどんな魔道具なのですか? 」


 彼女が指差したのは、机の上に鎮座している俺のパソコンだ。いや、確かに現代人から見てもあれは魔法の箱みたいなもんだけど。


「それはパソコン。魔法じゃなくて、電気で動く計算機……みたいなもんだ。まあ、詳しく説明するのは面倒だから、そのうち自分で触ってみな」

「ふむ、興味深いですわ。トモアキ様、この世界のことをもっと教えてください! 」


 そのキラキラした目を見ると、まるで子犬に懇願されている気分だ。だが、現実問題として、フィリスをこの狭いアパートに置いておくのはいろいろとまずい。まず、住民票も戸籍もない彼女をどうやって生活させるか。まさか「異世界からの転移者です」なんて役所で通るわけがない。それに、近所の佐藤さんに見られたら、「進藤さん、急に若い女連れ込んでどうしたの? 」と噂が立つに決まってる。


「とりあえず、フィリス。お前がここにいることは、しばらく誰にも言わないでくれ。で、明日の朝、俺は仕事だから、お前は……うーん、ここで大人しくしてるか? 」

「仕事? トモアキ様もこの世界で魔王を倒す任務を? 」

「いや、魔王どころか、上司の嫌みに耐えるのが関の山だ。まあ、詳しい話は後でな。とりあえず、寝るところを用意するから今日のところはそこで寝てくれ」


 クローゼットを漁り、予備の毛布と枕を引っ張り出す。ソファをベッド代わりにすれば、フィリスも一晩くらいはなんとかなるだろう。彼女は毛布を受け取りながら、ちょっと寂しそうな顔をした。


「トモアキ様、昔みたいに一緒に野営することはもうないのですね……」

「野営って、お前、あの虫だらけの森で寝るのが好きだったのか? こっちはちゃんと風呂もトイレもあるんだぞ。贅沢言うな」

「ふふ、確かにこのお風呂とせんじょうきのうつきトイレ? は素晴らしいですわ。特に自動で綺麗にしてくれるトイレは何事にも代えがたい清潔さを担保してくれています。でも、トモアキ様と皆で焚き火を囲んだ夜が、少し恋しいだけです」


 その言葉に、胸の奥がチクリと痛んだ。ジェルガやサダム、仲間たちとの冒険の日々。あの頃は、死と隣り合わせだったけど、確かに何か満たされるものがあった。俺は誤魔化すように笑って、電気を消した。


「まあ、思い出は美化されるもんだ。ほら、寝ろ。明日から忙しくなるぞ」


作者からのお願い


皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。

続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。

後毎度の誤字修正、感謝しております。

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― 新着の感想 ―
魔法が使えるんだし、プロデュース次第で何とでもなるな聖女ちゃん
自分の欲望しか眼中にない押しかけ聖女はキモいなあ ストーカーじゃん
追いかけてこれくらいの時間差かあ 結構時間の経過あるなあ
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