1:始まりは戦闘後から
潮干狩りの合間に細々と縫ってある程度出来たので公開してみます。
不定期で三日に一日ぐらいかもしれませんがよろしくお願いします。
「これで最後だ、魔王カルメン! 」
俺自身が持つ最大級の威力を持つ剣技、バニッシュで、魔王カルメンに最後の一押しをする。刃から迸る光の粒子が、暗黒の玉座の間に轟音を響かせ、空間そのものを切り裂く勢いで魔王へと迫る。対する魔王カルメンは、深淵のような闇を凝縮した「カオスシールド」を展開し、嘲笑とともに立ちはだかる。
「愚かな勇者よ、貴様如きに我を滅せるとは…! 」
だが、バニッシュの光はシールドを粉々に打ち砕き、魔王の巨躯に深々と突き刺さった。雷鳴のような衝撃が玉座の間を揺らし、崩れ落ちる石柱の破片が床を叩く。トモアキは息を切らし、剣を支えに膝をつきながらも、魔王の崩れゆく姿を睨みつけた。カルメンの身体は闇の霧となって薄れ、だがその声はなおも不気味な余韻を残す。
「ここまでか……よく戦った勇者よ、褒めてやる」
「お前に褒められる覚えはない。俺はやるだけのことをやっただけだ、苦情は……死んでからナルデラ王にでも伝えておいてくれ。呪うなら派遣した責任者のそっちにしてくれ」
「フフ……面白いひと時であった。我が復活する時は貴様とは違う勇者が派遣されてくるのだろうな。その時まで楽しみに待っていることにしよう……ではな」
魔王の最後の言葉は、まるでトモアキの心に刻み込むかのように低く響き、闇の霧が一瞬、少女のシルエットを形作った気がした。だが、それは瞬く間に消え、膨大なエネルギーの奔流が玉座の間に渦巻く。トモアキは剣を収め、疲れ果てた身体で振り返る。そこには、聖女フィリスとパーティーメンバーたちが立っていた。
「さて……仕事も終わったし俺は元の世界に帰れるって約束だよな? 」
共に戦った聖女フィリスに確認を取る。フィリスは少し困り顔をしながら返答をしてくる。
「はい、たしかにこのエネルギーを使えば元の世界に戻ることは可能です……が、良いのですか? こちらで生活すれば孫の代まで英雄ですよ? 」
「確かにそれは魅力的だろうが、この五年間、故郷のことを考えない日はあんまりなかった。やっぱり死ぬなら生まれ育った土地で死にたいんだよね」
「そうですか……解りました。逆召喚術式、起動します」
聖女の合図と共に、エネルギーの塊が俺を包みながら空へと光り輝く道を作り出す。
「じゃあみんな、元気でな」
「トモアキ、達者でな」
ドワーフのジェルガ。言葉少ないながら、気持ちは伝わってきた。
「トモアキ……せめて別れの一杯ぐらい付き合ってくれてもいいってのにお前という奴はよう……」
あらゆる武器を使いこなすウェポンマスターのサダム。それぞれが俺への別れの言葉を告げていく。
「トモアキ様、これでお別れですか……せめて私も一緒に……」
聖女フィリスが最後に何か言いかけたが、全てを聞き取る前に光の道は閉ざされた。最後に誰かが駆け込むような恰好で俺を追いかけたように見えたが、きっと気のせいだろう。
そうして、俺は現実に戻った。
◇◆◇◆◇◆◇
パチッと目が覚める。目を開けるとそこは五年前住んでいた俺の部屋。借り住まいのアパートの一室、1LDKで月6万円。どうやら呼び出されたままの状態でこの部屋は保存されていたらしい。とりあえずあたりを見回し、机の上に放置されたままだったスマホで今日の日付を確認すると、呼び出された日の二日後の午後十時、ということらしい。
どうやら逆召喚術式の少しのズレで、時間までは完全に元の時間には戻らなかったらしい。しかし、呼び出された日は金曜日の夜中であり、今日が日曜日であることを考えると、土日でピクニック気分で五年の冒険をして帰ってきた、ということになるようだ。休みの日に冒険して帰ってくるなんてなんと俺は無駄な休日を過ごした……いや、それなりに楽しかったからいいか。
明かりをつけようとポッと光りの玉を出現させ……え?
ついうっかりいつもの癖でライトの魔法を使ってしまったが、どうやら向こうの世界で使っていた魔法の類がそのまま俺にくっついてきてしまっているようだ。時間のずれはそのせいで発生したものなのかもしれない。心を落ち着けてライトの魔法を消すと、改めて部屋の照明をつける。
さて……今が日曜の深夜ということは、明日は月曜日か。五年ぶりに出社することになるな。あ、念のため鏡を見ておこう。
洗面台に行き鏡を見ると、勇者として活躍していた間の五年間の疲れの様がまだ浮かんで見える。試しに服を脱いで確認すると、バッキバキに仕上がった俺の腹筋が見て取れた。どうやら肉体的にもあっちに引きずられて転移してきてしまったらしい。
これはちょっと困ったことになるな。土日の二日間で体を仕上げて出社するなんて、土日でどれだけ眠れない夜を過ごしたのかと問われると難しい話になってしまう。
まあ、日々の仕事がブラックだったおかげで他の社員と裸を見せ合うような暇もなかったし、言わなきゃ五年分老けたのは仕事が忙しいせいだ、と言い張ることも可能だろう。
そもそも金曜日の夜中、もしかしたらほぼ土曜日になっていたかもしれない時間ギリギリに帰ってきて、ベッドでぐったりとしながら休日をどう過ごすか、寝て過ごすかリフレッシュのために何かするかを考えている最中の異世界召喚だったからな。
その結果が五年分の冒険の名残と割れた腹筋だとすれば、まあまあ悪い結果ではないどころかかなりリフレッシュしたのは間違いないな。肉体的にも、精神的にも。後は魔法がくっついてきたのはちょっと余分だな。これはいずれ脳みそから消し去っていくことにしよう。
さて……今から何するかと言いたいところだが、服装も転移する前のままということで、まずは着替えなければいけないな。結局体のサイズが変わったおかげでスーツ一着が着られなくなった。後は……こっそりアイテムボックスの魔法の中を覗いてみるが、やはり危険物の類がたくさん詰め込まれていた。
武器防具に限らず、いろいろなものがしまい込まれている。まずはそのチェックから始めるか。うっかり持ち出したものがないかどうか調べなければならない。
◇◆◇◆◇◆◇
調べた結果、向こうで取り扱っていた装備品やアイテムの類は全てこっちの世界に持ち出してきてしまったようだ。これは、時空が多少歪んでも不思議ではないのかもしれないな。もしかしたら負荷がかかりすぎて同じ時空の地球には帰ってこられなかったかもしれない。帰ってこれたのはおそらく運がよかったのだろうな。
こっちの世界ではありえない、傷口をふさいで振りかけるだけで傷を治すポーションや万病に効くエリクサー、それから呪い除けのアクセサリーやガチで浄化の効果がある十字架、エトセトラエトセトラ……これらはすべてアイテムボックスに仕舞ってそのまま忘れることにしよう。もう俺の冒険は終わったし、あの世界は魔王を倒してそれほど長くもないだろうが一時の平和を享受できるはずだ。
もうあっちの世界でやり残したことはあんまりない。いつも通り社畜として働いて、残りの人生を過ごしていくとするか。向こうの世界では存在しなかった自動風呂沸かしのスイッチを入れると、とりあえず腹が減ったので向こうの世界の食べ物もこれで食い納め、ということで美味しくはない携帯食糧を胃に納め、蛇口をひねって水を出して飲む。この便利さが向こうの世界にもあったら、残る選択肢もあったかもしれないな。
そして腹にゴロッと来たのでトイレに籠る。トイレはちゃんと水洗洗浄便器が設置されている。……うむ、やはりこっちの都合が一番問題だった。その辺でひりだして海綿でこそぎ取り、毎回海綿に清潔魔法をかけて洗浄、なんてことをやる必要はない。キレが良ければそのまま拭かなくても良いぐらいの気持ちいい排便をした後、大量のお湯につかって五年分の疲労と汚れを洗い流し、ゆっくり湯船に揺蕩う。
はぁ……帰ってきたんだなあ。たっぷりの熱めの湯に浸かりながら、日々を思い出す。もう出会わないであろう仲間たちや戦い続けてきたモンスター、そして聖女。
俺が居なくなったことでフリーになった彼女のことだ、色んな貴族や王族、宗教関係者からの婚姻の話が持ち上がることだろう。さっさと帰って来なければ俺がその相手になっていた可能性は非常に高い。だがしかし、それを捨ててでも、風呂とトイレの快適さには勝てないのだ。すまんフィリス、俺はお前より快適さや清潔さを選択したんだ……だって、ケツは綺麗に拭きたいし毎日温かい風呂にも入りたいんだもん。
五年間辛さを我慢しての風呂とトイレは極上の気持ちよさだった。明日からもこれが味わえる、それがきっと、俺にとっての幸せというものなのかもしれない。
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後毎度の誤字修正、感謝しております。