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難聴勇者~聴力と引き換えに手にした力で、俺は世界を救う~

作者: 榛名


「さぁ、残るはお前だけだ!」

「く・・・その力・・・まさか、本物の勇者なのか?!」


多くの手下達をものの数分で全滅させられ、頭目の男は驚愕の表情を張り付かせた。

そこらの烏合の衆とはわけが違う、各地を荒らしまわってきた歴戦の盗賊団だ。

たとえ国の正規兵が相手でも決して引けを取らない・・・そんな自信は数分で打ち砕かれた。


「真面目に働いてる人達を食い物にする悪党め!覚悟しろ!」


不思議な光を放つ剣を手に、勇者がにじり寄っていく。

この世界を守護する女神に祝福された魔を断つ聖剣・・・だが、人間が相手であっても容赦のない威力だ。

あるいは、多くの罪を重ねてきた盗賊達を『魔の側』と認識しているのかも知れない。


それに比べて頭目愛用の戦斧など、まるで木の枝のように頼りなく感じられた。

実際あの聖剣の一撃を受け止める事すら叶わないだろう事は、倒されていった手下達を見ていてよくわかっていた。


「ま、待ってくれ・・・命だけは・・・」


目前に迫る死に、頭目は命乞いの言葉を吐き出していた。

返ってくる反応などわかりきった事・・・同じように助けを請う者達を平気で殺してきた盗賊が何を言うのか、と。

だが頭目には勝算があった、勇者が欲しがるであろう重要な情報が・・・そして相手の興味を引く雰囲気たっぷりの語り口にも頭目はちょっとした自信があったのだ。


「今俺を見逃してくれるなら重要な秘密を教えてやる、俺達は、ある方に雇われt・・・」


頭目は、その続きを言う事が出来なかった。

何の躊躇もなく振るわれた聖剣の一振りが、その身体を真っ二つに切り裂いたのだ。

雰囲気を作るための間が、単に致命的な隙になっていただけなど頭目には知る由もない。


油断なく周囲を見回した後、勇者が剣を納めると・・・その後方から女性の声が響き渡った。


「もう、アサヒったら1人で突出し過ぎよ!」


若い女性と思われる高音の、よく通る大きな声。

その声に勇者・・・アサヒが振り返ると、長い杖を抱えた少女が駆け寄って来る所だった。

杖の先端には魔力の光が灯り、彼女が魔法使いである事がわかる。

左右2つの三つ編みを丸く巻いた髪型は、かつてアサヒのいた世界で人気のある小動物を思い出させた。


「だって逃げられたら面倒だろ」

「それはそうだけど、だからってあんな無茶しなくても!」

「無茶じゃないさマイズ、お前がいるからな・・・お前を信じてるから出来るんだ」

「な・・・なな・・・」


その言葉に魔法使いの少女・・・マイズ・マキシーの頬が染まる。

恥ずかしそうに顔を背けて所在なさげに杖を弄りながら呟く声は、先程までの覇気が失われていた。


「わ、私だって・・・アンタの事、いつも信じてるし・・・」

「・・・何か言ったか?」

「何でもないわよ!バカ!」

「いたっ・・・なんだよ、もう・・・」


ポカリと、杖で叩かれた頭をさすりながらアサヒは不満の声を漏らす。

小柄な少女の力で叩かれても痛くも痒くもないのだが・・・そこは気分の問題だ。


「ふっ・・・勇者アサヒも女心は扱いかねますか」

(まだまだ、お子ちゃまじゃな)


整った顔立ちをした若い男と、透き通る肌をした少女。

この二人も勇者パーティの仲間だ。


自分に向けられる生暖かい視線を感じて、アサヒは二人の方を振り返った。


「なんだよ、二人してニヤニヤしやがって・・・盗賊は討ち漏らしてないだろうな」

「問題ないよ、一番強そうなのはアサヒが倒してくれたからね」

(案ずるな、周囲を見回ってきたが主達以外に生命の気配はない)

「そっか、じゃあ依頼は達成だな」

「新しい服が汚れちゃったわ、早く街に帰りましょ」




俺達、魔王打倒を目指す勇者パーティがその依頼を受けたのは1週間ほど前の事だ。



「お助けください!勇者様!」


国境近くの町を歩いていた時に、大きな声で呼び止められた。

よっぽど困っていたんだろう、もう少し小さな声だったら気付かなかったかも知れない。


町長さんから話を聞くところによると、近くの鉱山に続く道で盗賊の被害が出ている・・・らしい。


「皆で魔王軍と戦おうって時に、人が人を襲うなんて許せないわ!」

「勇者一行としては、見過ごすわけにはいきませんね」

「そうだな、俺達に任せてくれ」

「おお・・・ありがとうございます、勇者様、本当に・・・」


盗賊の討伐を引き受けると、町長さんは涙目になりながらしきりに「ありがとうございます」と繰り返した。

実際に言ってる言葉は聞こえてないけど・・・俺の心の耳には確かにそう聞こえた。

盲目の剣士とかがよく使う心の目ってあるだろ? それの耳版だと思ってくれ、俺は耳が悪いんだ。


「しかし・・・本当にただの盗賊なのか・・・」

「何よクレイ、難しい顔をして」

「いえ、以前妙な噂を聞いたもので・・・この国と国境を越えた先の隣国の間で諍いが起きている、と」

「隣国って・・・同盟国なのに?!」


今こうして仲間達が喋っている話の内容も、実は聞き取れていない。

マイズの声は大きいので、なんとか聞こえるけれど、クレイの方はさっぱりだ。

隣国とか同盟とか言ってたから、たぶん国家間の話なんだろうな・・・神官であるクレイは色々な国の情勢に詳しいんだろう。


「その同盟国がどうしたって?」


そうアタリをつけて会話に参加する・・・仲間を無視するような形になるのは良くないからな。

俺の発言に違和感は持たれなかったようで、クレイは真面目そうな顔で言葉を続けた。


「同盟と言っても、魔王軍に対抗する為に仕方なく手を結んだ・・・という形だったらしいよ、元は敵国同士だったとか」

「魔王軍が来る前なら、かなり前の話でしょう? 今になって昔の遺恨を思い出して争い出したって事?」

「勇者パーティの活躍もあって、人類の勝利が見えてきたからね・・・その後の事でも考え始めたんじゃないかな」

「なによそれ、私達のせいみたいじゃない!」

「うーん、俺達が・・・悪い、のか?」

「いやいや、あくまで国同士の問題だよ、いちいち僕らが気にする事じゃない・・・そうだね、気にする事じゃなかったよ」

「?」


イマイチよくわからなかったが、クレイは納得したみたいなので気にしないでおこう。

きっとは頭が良いから色々考えてしまうんだろう・・・心配性でもあるんだろうな。


まぁ盗賊共を片付ければ、クレイの悩みも少しは減るはず・・・そう思っていたんだけど・・・



「・・・やっぱりおかしい」


倒した盗賊達の死体を見ながら、クレイは険しい表情を浮かべて何かつぶやいていた。

そしてその次の瞬間、俺と目が合ってしまう・・・ま、まずい。


「アサヒ、聞いてくれ・・・この盗賊達なんだけど・・・」

「え・・・あ、ああ・・・」


何か大事な話を始めようとしてるがわかる、わかるけど・・・何言ってるのかがわからない。

せめて声の大きいマイズが会話に入ってくれれば・・・だが早く街に帰りたいマイズは先の方を歩いていて、会話が聞こえる距離ではなさそうだ。

クレイは真剣な顔をしている・・・今ここで変な事を言ってはパーティの信頼関係の危機だ。

クレイが何を伝えようとしているのか、よく読み取れ・・・俺は心の耳を澄ました。


「クレイも気付いたか・・・何か、おかしいよな・・・」

「うん、見てくれよ、彼らの装備・・・とてもただの盗賊とは思えない」


そう言いながら、クレイは死体の一つを指し示した・・・たぶん俺が最初に斬り込んでいく時に無造作に切り払った相手だ。

そいつに見覚えでもあるのか? まさか盗賊の中に知り合いがいたのか?


「・・・済まない、生け捕りにするとか、方法はあったよな・・・」

「確かに、一人くらいは生かしておくべきだったね・・・いったい彼らは何者なんだろうか?」


・・・あんまり気にしてない?

そこまで仲の良い人物でもなかったのだろうか。

クレイはそのままじっとこちらを見ている・・・返事待ち? 俺が何か言った方が良いやつなのか?


「え、えーと・・・」


ダメだ、わからん。

大丈夫そうに見えて、実はショックを受けているのかも知れないな。

こういう時に半端な励ましの言葉とか、逆効果になったりするし・・・いっそ無言が正解かも知れない、いやいや・・・


返答に困りながら、所在なさげにズボンを弄っていた手がポケットに触れる・・・大きく膨らんだポケットには道中で見つけたリンゴの実が入っていた。

後で食べようと思って1個もいできたのだ、思ったより早く盗賊達と遭遇したのですっかり忘れていた。

疲れた時は甘い物に限るって言うし・・・ちょうど良いかも知れないな。


「・・・リンゴ食うか?」

「隣国・・・アサヒもその結論に達したか、気を付けた方が良さそうだね」


クレイは深く頷くと、俺の差し出したリンゴを・・・スルーした。


「え、あれ・・・」

「? アサヒ、お腹が空いたのかい? 僕の分は気にしなくて良いよ」

「あ、ああ・・・ええと・・・」


どうやらリンゴは要らなかったようだ。

仕方ないのでそのまま自分でリンゴを齧っていると、背後にうっすらと気配が。


(くく・・・男2人で何やら面白い事をしておるのぅ、男同士の友情かえ?)


頭の中に直接響く幼女の声・・・こいつの場合は幼女と言うよりか妖女か。

透き通る霊体が、俺に憑りつくかのように背後に浮かんでいた。


「・・・からかうなよバーさん」

(誰が婆さんじゃ! どこからどう見てもいたいけな美少女じゃろに)


幽霊は幼い少女のような顔で頬を膨らませた。

彼女の名はバーミリア・・・略してバーさんでも間違ってはいない。

生きながら霊体となって3000年の時を生きているという古代の魔女だ・・・それ生きていると言って良いのか?という疑問は残るが。


「はいはい、バーミリア様は超かわいい美少女ですねー」

(うむ、わかれば良い)


俺の棒読みを真に受けて、小さな霊体が得意げにふんぞり返った。

こうしていると見た目通りの幼女にしか思えない・・・だが正真正銘本物の魔女だ。

強力な魔力を持った彼女の力には、これまで何度も助けられている・・・霊体だから昼間は何も出来ないのが玉に瑕だが。


「バーミリア様は隣国について何かご存じありませんか?」

(隣国とな?)

「はい、魔王軍が来る前は敵対していたという話ですが・・・」

(ふむ、それはおかしいのぅ・・・妾の知る限りは敵対なんぞしとらんはずじゃ)

「え・・・」

「?・・・どういう事だ?」

(どうもこうも・・・今からだとだいたい200年前か・・・魔王軍が来る前のここらはカリストラ連合国と言ってな、カリストラ女王を中心に10もの国が連合を組んで・・・今では魔王軍にその半分以上が滅ぼされてしまっておるが、対魔王同盟は当時のそれを元にしたものなのじゃ)

「??」


なんか歴史の授業が始まった。

こと昔の話になると、バーさんは活き活きと語ってくれるんだよなぁ、瞳もキラキラと輝いている。

放っておいたらこのまま何時間でも語ってくれそうだ。


(で、そのカリストラ女王の直轄領が今のカリストラ―ナ王国・・・それが隣国じゃな、今妾達のおるミニスターナ王国は女王の妹が嫁いだくらいには友好的な関係で・・・)

「なるほど・・・だとすると何故あんな・・・」

(元を辿ると10の国家も同じ1つの王家から派生したものだったりするのじゃよ、これが800年ほど前で・・・)


さすがに何時間も付き合ってられないので、こっそりと離脱。

先を行っていたマイズと合流した。


「あれアサヒ? クレイと何か話してたのはもう良いの?」

「ああ、俺にはちょっと難しい話過ぎてな・・・逃げてきた」

「ふふっ、なにそれ」

「ま、頭良いやつは頭良いやつ同士で話してば良いってことさ」

「それだと私まで頭悪いみたいに聞こえるんだけど?」

「うげ・・・」


これは失言だったか。

お前と一緒にするなとばかりにマイズがジト目で睨んでくる。

そういえばこいつも魔法学院で天才と言われた魔法使い・・・それこそ頭の良いやつの側だろう。

そう考えると、このパーティは頭良いやつばかり・・・俺の立場がないな。


「いや、お前を馬鹿だとか言うつもりはないんだ・・・ただなんと言うか、お前はだな・・・」

「・・・私が何よ?」


まだ不機嫌そうに睨みつけてくるマイズの機嫌を損ねないように、俺は必死に言葉を探した。

大事な仲間? 頼りになる?・・・ってのはあいつらも同じか。

最初のパーティメンバーだから気心が知れてる?・・・と言える程仲が良いわけでもないからなぁ。


こんな感じでマイズとはよく些細な事で衝突すると言うか、マイズを怒らせる事は多い。

あんまり良好な関係とは言えないんじゃないだろうか・・・でもそれでいて悪い気はしないと言うか、気が楽と言うか・・・なんだろうな。


「うーん・・・」

「別に無理して褒めなくても良いんだけど・・・って言うか、そんなに必死に考えて何も出てこないの?!」

「・・・すまん、本当に何も出てこなかった」

「嘘でしょ?!」


正直にそう言って謝ると、マイズはその表情を絶望に歪めた。

いや、この世の終わりみたいな顔しなくたって・・・お前そんなに褒めて欲しかったのか。

褒める所と言ってもなぁ・・・


「あぁ、マイズの声は好きだぞ、声優さんみたいで・・・って言ってもわからないだろうけど」

「えっ?」


予想通り、マイズからは疑問符が帰ってきた。

こっちの世界には存在しない、異世界の職業だもんなぁ。

俺もそんなに詳しくないから説明に困るんだけど・・・なんて言えば良いのか。


「いや、よく通る綺麗な声だなって・・・やっぱり呪文の練習してるからか?」

「ちょ・・・なんで練習の事まで知ってるのよ?!」

「それはお前の声がでk・・・綺麗だから、よく聞こえるよ、毎日欠かさずがんばってるなーって」

「_____!!」


マイズは顔を真っ赤にしながら何か声ならぬ高周波を発した。

この様子だとこっそり隠れて練習してた・・・つもりらしい。

アレたぶん相当な大音量だと思うぞ・・・ずっと対魔王軍の最前線だったからいいけど、平和な街で毎日やってたら苦情が来るんじゃないだろうか。


「・・・そ、そんなに私の声が、好き・・・なの?」


プロの声優さんでも発声練習が家族に聞こえないように気にしてる、みたいな話を聞いた事がある。

よっぽど恥ずかしかったんだろう、マイズはまだ恥ずかしそうにもじもじとしながら、こちらの様子を伺っていた。

だが、その練習の成果に助けられてもいるので俺は特にとやかく言うつもりもない。

むしろ今後もがんばってほしいくらいだ。


「別に気にする程じゃないさ」

「・・・は?」

「もっと練習がんばろうぜ、俺も応援して・・・いたっ」

「なによバカ! もう知らない!」


マイズはいきなり俺を杖で殴るなり、一人でずんずん先に行ってしまった。

あんまり親身になって応援されるのも恥ずかしいってやつか・・・練習の事はもう触れない方が良さそうだ。


これをきっかけに毎日やっていた練習をやめてしまうかとも思ったが、翌朝には気を取り直したのか元気に練習している声が聞こえてきた。



・・・それから数日が経って。


街に帰ってきた俺達はさっそく町長さんの元へ討伐の報告をしに行った。


「さすがは勇者様、よくぞご無事で」


御多分に漏れず、町長さんは笑顔を浮かべて俺達を出迎えてくれた。

ここまでお約束通りだと何を言ってるかも簡単に察することが出来る。


「魔王軍に比べれば盗賊なんてたいした事なかったですよ」

「そうでしょうとも・・・しかし妙な噂もありまして」

「隣国の事ですね、僕達も耳にしています」

「おお、それは話が早い」

「?」


急に町長さんとクレイが神妙な顔で話し始めた。

何を話しているのかは・・・もちろん聞こえない。

クレイはわざわざ武勇伝を語るタイプでもないし、世間話をしてるようには見えない、結構重要な話のようだ。


「して、盗賊達におかしな所はありませんでしたかな?」

「ええ、ただの盗賊にしては装備が整っていました、何者かの援助があったのではないかと」

「ほほう・・・」

「何よそれ、どういう事?!」


マイズも会話に入って行ったが、どうやら何も知らなかったらしく・・・その声から会話の内容を察する事は難しい。

もっと町長さん達の方に集中するしかない、俺は心の耳を澄ました。


「それで他には?」

「いえ、残念ながら隣国との繋がりを示すような物は何も・・・」

「いやいや、よく思い出してくだされ、盗賊達が何か言っていたりはしませんか?・・・例えば、誰かに雇われたとか?」

「いえ僕は何も・・・たしか盗賊の頭目はアサヒが・・・」


その言葉に町長さんの視線がこちらを向いて・・・俺と目が合った。

その瞬間、言葉が聞こえてきた・・・俺の心の耳に、はっきりと。


「では勇者様が・・・何か、耳にしてはおりませんか?」

「・・・そうだな、はっきりと聞いたよ」



俺は耳が悪い・・・だがそれは生まれつきじゃない。


俺をこの世界に召喚した女神は魔王討伐の使命と、その為の特別な力を授けてくれると言ってきた。

欲しい能力を選べと、ご丁寧にリストアップまでしてくれた。


だが女神の力にも限りがある。

俺が必要だと思った能力をひと通り得るには微妙に足りなかった。

そこで俺は足りない分の代償を捧げたのだ・・・聴力を。


『・・・あの盗賊共、もう少し使えるかと思ったが・・・所詮は盗賊か』


おかげで今の俺の聴力は老人並みだ、大きな声でないとまともに会話も聞こえない。

だがそれは通常の音声に限られる。


『雇い主として隣国の要人の名前を出せと言っておいたのに・・・』


魔王軍の手の者が人間に化けて紛れ込む・・・俺のいた世界ではよくある物語だ。

嘘をついて人を騙してくる、なんていうのもよくある話。


だから俺は聴力と引き換えに習得した、奴らの心の声を聞きとる心の耳を。


「・・・なぁ、本物の町長さんはどうした?」

「アサヒ?!」

「ゆ、勇者様?! いきなり剣を抜いてどうなされたのです?」


『まさか気付かれた?! 姿はもちろん記憶まで完全に得ているというのに』


「もう一度聞くぞ・・・本物の町長さんはどうしたよ?」

「な、何を仰っているのですか?! 私めが何か粗相を・・・」


『我が食ったこの男と勇者は知り合いか? いや、そんな記憶はなかった』


そうか・・・本物の町長さんはもう・・・


「マイズ、クレイ、戦闘準備・・・こいつ、魔王の手下だ」

「!?」

「なるほど、さすがは勇者様、か・・・なぜわかった?」

「さぁ・・・自分の胸にでも聞くんだな」


俺達の目の前で町長さんの姿をした何かが溶けるように崩れていき、その形を変えていく。

さすがに町長を演じるのを諦めたか、それとも本来の姿でないと実力を出せないのか。

いや・・・どうやら変身した相手の力を使えるタイプらしい。


一度液体状になった奴は、物理法則を無視するかのように大きく広がり、巨大な魔物の姿となった。

おそらくはこれまで奴が食った中での最強の個体なんだろう。

大きな翼を持つ爬虫類・・・この世界ではワイバーンと呼ばれている魔物だ。


「我らが魔王様、御照覧あれ・・・憎き勇者を討ち果たして見せましょうぞ!」


翼をはためかせながら、その巨体に見合う大きな声を響かせてくる。

さすがに変身体、本来のワイバーンと違って言葉を喋れるようだ。

という事は・・・


「あいつ魔法を使ってくるぞ、クレイ!」

「ああ、任せてくれ」


クレイによって半球状の防御結界が展開され、俺達の周囲が薄い光に包まれる。

この範囲内では敵の魔法の威力が減衰する・・・広範囲型なのは町への被害を考えての事だろう。

盗賊騒ぎのせいもあって町に人が少なかったのは助かった。

街中にあんな大きな魔物だ、もしここが人で賑わっていたらパニックになっていたに違いない。


「ほら、かかって来いよ、その鋭そうな鉤爪は飾りか?」

「安い挑発など効かん!」


さすがに空中にいる優位は手放さないか・・・あのまま飛ばれていると面倒だな。

予想通りワイバーンは呪文を唱えると、周囲に火球が多数生み出されていく。

それらで狙ってくるのは、もちろん・・・


『勇者と言えども所詮は地を這うだけの人間よ・・・警戒すべきは・・・』


心の耳で聞くまでもない。

奴が詠唱を終えるよりも早く、俺は駆け出していた。

マイズの前に立ち、飛来してくる火球へと剣を構える。


「アサヒ?!」

「攻撃は俺が引き受ける、派手なのをかましてやれ!」

「うん、任せて!」


ひとつ、ふたつ・・・飛んでくる火球を叩き落とすように剣を振るう。

野球のように打ち返すならともかく、当てるだけならそんなに難しくない。


「?!」


ワイバーンが爬虫類の顔で驚愕の表情を浮かべるのが見えた。

たぶん触れたら爆発するタイプの攻撃魔法だったんだろうが、相手が悪かったな。

女神の力が注ぎ込まれたこの聖剣には、刀身に触れた魔力をかき消す効果が備わっている。


15、16、17・・・ぜんぶで18発か。

割と狙いは正確だったようで、外れ球はなかった・・・変化球を警戒はしてたんだけどな。


「よし、今度はこっちの番だ、!」


多数の火球が飛んでくる背後で、怯むことなく詠唱を続けていたマイズに声を掛ける。

さすが毎日練習していただけあって、詠唱に乱れはなかった。

流れるような詠唱を終え、マイズはその杖をワイバーンに向けて振った。


「いっけぇ!」


杖の先端が黄色に光る・・・土の属性色だ。

基本的に空を飛ぶ魔物は風属性の加護を受けているので、反属性の魔法を選んだのだろう。

その光の中から、物理法則など存在しないとばかりに巨大な岩が生み出され・・・爆散した。


「うわ・・・」


鋭く尖った無数の石が、まるで散弾銃のようにワイバーンを襲ったのである。

その巨体は一瞬のうちに針山のように穿たれ、大きな翼はズタズタになって浮力が失われた。

悲鳴すらあげる暇も無く、その巨体が重力に引かれて落ちてくる。

だが奴はまだ死んでいない、落ちながらもその身体を流体に変えて、何か別の姿に変身しようとしていた。


「させるか!」


その流体状の身体目掛けて、俺は聖剣で斬りかかった。

そして聖剣の刀身がそれに触れた瞬間・・・


『ぎゃあああああああああ!』


俺の心の耳に、ものすごい悲鳴が響き渡った・・・奴の変身能力もまた魔力によるものだったのだ。

流体状だった身体が、その形状のまま強制的に戻され・・・うへぇ・・・これじゃ原形もわからないな。

残された肉片からかろうじてわかるのは、元はそんなに大きな姿ではないという事くらいか。


「・・・やった・・・の?」

「ああ、俺達の勝ちだ」


油断するなく身構えている仲間達に振り返り、俺は勝利を告げる。

俺の心の耳は確かに奴の断末魔を聞いた・・・そこに嘘はない。


結局、隣国と不仲だと言う噂も奴が変身能力を使って広めたらしく、それ以降は耳にする事もなくなった。

まぁ・・・どの道俺の耳には聞こえないんだが。

ともあれ俺達は、魔王軍によって密かに仕組まれていた離間策を打ち砕いたのだ。


(ふむ・・・そいつはシェイプチェンジャーじゃな・・・かなりの希少種じゃ、妾も見てみたかったのぅ)


バーさんの話では、奴のような能力を持った相手はそう何体もいないらしい・・・人類にとっては朗報だ。

そして俺達は件の隣国・・・カリストラ―ナ王国へと足を進める事にした。


歳若い女王が治めるこの国もまた、魔王軍との戦いの最中にあるのだが・・・それはまた別の機会に。

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