第六章 あの音
中学校の放課後の夕暮れ時、俺とミハイルはカフェで食事をしていた。
「ねぇ、アッシュ(Ash)……俺、今回のテスト、ダメだったよ。」とミハイル(Mikhail)が言った。今回の中間試験で、彼は平均80点ほどを取り、クラスで2位だった。
「それで悪い成績って言うなら、俺の成績はどうなるんだよ……」と俺は虚ろな目で答えた。俺は今回の中間試験で平均60点ほど、クラスではかなり下の順位だった。この世界に来てから、俺は約5年間まともな教育を受けていなかったため、この国の中学生レベルの知識に追いつくだけでも必死だった。
この国の言語も、まだ完全には慣れていない。以前、レムス王国で使われていたラテン語についても、俺は会話程度の能力しかなく、読める語彙は限られていた。過去に外国で生活した経験も、今回の外国語のテストにはあまり役に立たなかった。
「ネクラ大学(Nekra University)に入りたいなら、今の努力じゃまだ足りないし、それに……君のラテン語は70点だったけど、俺は65点しか取れなかった。」とミハイルは言った。
「ただ昔、ラテン語圏で暮らしていただけだよ。」と俺は答えた。
「君、前に海外に住んでたって言ってたよね。だからちょっとアクセントがあるのか。そういえば、もう結構長く一緒にいるのに、君ってあまり自分の過去のこと話さないよね。」とミハイルが言った。
「君も同じだろ? 君だって自分の過去の話なんてしてないじゃないか。」と俺は反論した。
ミハイルは一瞬固まり、少ししてから言った。「あ、ほんとだ! 俺も何も話してなかった、ごめんね。」
俺はため息をついた。正直、自分の過去を話すのは好きじゃない。俺は昔、ライスさんに自分の過去は秘密にすると誓ったんだ。だから、今は話題を逸らすしかない……。
「俺は子供の頃からずっとノースフォレスト市(North Forest City)のゼルコバ区(Zelkova District)に住んでたよ。父は軍人で、任地勤務が多いから普段は会えない。母はライスグループのノースフォレスト支部でオフィス管理職をしてる。君もライスグループ知ってるよね? あれは多国籍企業だよ。」
「もちろん知ってるよ、ライスグループなんて国でも指折りの大企業じゃないか。君のお母さんすごいね。」と俺は話題を逸らすチャンスを得た。実はライスグループはライス氏の資産の一部だが、国会議員としての活動に専念するため、経営は専門のマネージャーに任せている。
「ライスグループは、国内のハイテク産業と軍需産業を支配してる、偉大な企業だよ。」と俺は言った。
「でもそれって、彼らが世界を超える通路を掌握してるからだよね。あっちの世界、地球っていうんだっけ? ウクライナやロシア、昔はソ連って呼ばれてた国から、いろんな技術をパクってきたんだよ。」とミハイルは言った。
「君、もしかして地球の歴史まで詳しいのか? あれって課外知識だよな?」と俺はさらに話題を逸らそうとした。
「少しだけだけど、関連書籍を読んだことがあるよ。だって、この世界の人類の祖先って、あの世界のヨーロッパとアジアから来たって言われてるし、今の技術や文化の多くは彼らから移植されたものなんだ。」とミハイルは答えた。
「ウルフキン(Wolfkin)だけが、この世界の先住種族だったけど、文化はほとんど人間から学んだものばかりだよね。しかも、人間とウルフキンは子供を作れるんだ。生まれた子供はウルフキンになるけど。今のレムス王国やイイル王国の王室もウルフキンだけど、人間の血も混じってるらしいよ……」とミハイルは知識を次々と話し始めた。どうやら話題転換には成功したようだった。
「そういえば、ウルフキンの国ってラテン語を使ってるところ多いし、入学式のときも、君がウルフキンの存在に全然驚いてなかったよね。もしかして、君って昔ウルフキンの国で暮らしてた?」
……話題が戻ってきた。そこで俺は嘘をついた。「うん、父が出張でウルフキンの国に行ってたから、その関係で住んでたことがあるよ。」
「どこの国?」とミハイルが聞いた。
「新ローマ共和国。」俺はとっさに思いついた国名を言った。
「あぁ、あのノイエ大陸(Noyean Continent)の南にあるウルフキン国家か。なるほどね。」とミハイルは答えた。
そのとき、一人のイイル共和国の軍人がカフェに入ってきた。彼は軍服とバイコーン(二角帽)を身につけ、俺たちのテーブルに近づいてきた。そして、ミハイルの肩を軽く叩いた。
「Mik、来たぞ。」と彼は言った。
ミハイルが振り返って言った。「パパ! 来たんだ。アッシュ、こっちが俺の父さん、カール・ウリヤノフ(Karl Ulyanov)。パパ、こっちはAsh Rice、俺の友達だよ。」
軍服の男は俺を一瞥し、微笑んだ。「やあ、Ash。うちのバカ息子と友達になってくれてありがとう。」
「パパ、変なこと言わないでよ!」とミハイルは父を軽く叩いた。
その男の冷静な目つきから、彼が戦場を経験してきた人物だと俺にはわかった。……そして、どこかで彼を見た覚えがあるような気がした。
「Mik、そろそろ行くぞ。」とミハイルの父が言った。
「うん。」ミハイルは立ち上がり、財布からお金を取り出して俺に渡した。
「アッシュ、会計頼むね。今日は家族の集まりがあるから、先に行くよ。」
「バイバイ、ミハイル。」と俺は言った。
ミハイルは手を振って、父親と一緒にカフェを出て、グレーのセダンに乗り込んだ。車はすぐに走り去った。
俺は席に残り、食事を続けながら考えていた──俺はあの男を、どこで見たのか。
……思い出した。
ポルストロ(Polustro)で見たのだ。
降伏した後、捕虜として拘束された俺を、鉄鎖で繋いでトラックへ連行したあの海兵隊員──それがミハイルの父だった。
その事実に気づいた瞬間、吐き気を覚えた。
だが、幸いにもミハイルは、俺たちの「魂」の因縁に気づいていないようだった。
会計を済ませて店を出ると、ちょうど夕方の帰宅ラッシュだった。人通りは多く、これから満員の地下鉄に乗ると思うと、少し憂鬱だった。
でも──この騒がしく平和な環境は、数年前まで俺がいた地獄より、遥かに心地よいものだった。
俺はノースフォレスト中央公園へと向かい、緑に囲まれた歩道を歩いた。公園内には人々が行き交い、ストリートパフォーマーもいた。
あまりにも普通で、あまりにも日常的な風景。
俺は地下鉄の駅へ向かった。
そのとき、ある音が鳴り響いた。
高音のノイズが次第に低い唸り声に変わっていき、公園全体に反響する。
──俺はそれを知っている。
聞いたことがある。
その音が鳴ったあと、炎が降り注ぎ、街を破壊し、破片が俺の倒れた体の上を飛び交った。
──だめだ。
それは過去のことだ。
あれは戦場だった。
ここは公園だ。
思い出すな。
だがなぜ、その音が今、ここに……。
穏やかな公園と駅のそばに、あの音が反響している。
俺はしゃがみ込み、耳を塞いだ。
警察が人々を駅の方向へ誘導しているのが見えた。
人波が俺の方へ押し寄せてきて、みんな不安そうな目をしていた。
俺は自分を無理やり立ち上がらせ、群衆とともに駅へと向かった。
──違う。
俺は走っていた。
なぜなら、あの音が何かを、俺は知っていたから。
──あれは、空襲警報の音だった。
前の章と同様に、本章も繁体字中国語で執筆され、その後ChatGPTによって日本語に翻訳されました。読者の皆さまに楽しんでいただければ幸いです。アッシュ(Ash)の物語は、まだ始まったばかりです……。