御身の名はシャーロット
「誰だ!?」
薄闇の中に響き渡った、姿なき声の主に『ぼく』は問いかけた。
「あんたは何者だ!
ここは……何処なんだ!?」
《ひとまずは、成功、というところですな》
響き渡る声の主は、老人のものだった。
だがそれが、『老爺』なのか『老婆』なのか、そこまではわからない。
薄闇の空間の中、けたたましく響く残響が、声の主の声音を聞き取りづらくさせていた。
「成功?
何に成功したと言うんだ!
『ぼく』は、一体――
《何もお分かりになりませぬか。
――よろしい。
それこそがまぎれもなく、『成功』の証にございます》
声の主の意図がわからない。
それどころか、今のこの状況も、自分自身のことさえわからない。
にも関わらず満足げなその言葉に、『ぼく』は弄ばれているような気分になった。
「姿を現せ!
そして説明しろ!
一体、何が――」
その言葉が終わるより前に、突如として光が生まれた。
空間を覆う薄闇が駆逐されていく。
不思議な青白い光に照らされたその場所は、旧い時代に築かれたと思しき、広大な石造りの空間だった。
そしてすぐ背後には、何らかの儀式に用いられたと思われる巨大な祭壇と、先ほどまで『ぼく』が横たわっていた、石造りの寝台のような台座がある。
その祭壇を覆うようにかけられた赤い布を掴んで、剥き出しの身体を外套のように覆うと、周囲を見回した。
声の主と思しき存在の姿はない。
だが確かに、声は部屋の中に響いた。
《お目覚めを、お慶び申し上げます。皇女殿下》
「皇女?
この『ぼく』が?」
《さよう。
あなたさまは、不幸な出来事によって一度死に――
そして、『新たな生』を受け、再び蘇ったのです》
死んで――
蘇った、だと!?
いや、バカな、そもそも、『ぼく』は――
頭の中を支配する、不可解な疑念。
違う。
この声の語る話は、事実ではない。
少なくとも、『ぼく』にとっては。
しかし、その根拠となる、目覚める以前の記憶を、
『ぼく』は全く、持っていなかった。
思い出したい。
大切なことが確かに、あったはずなのに。
それを思い出そうとしても――
何も、思い出すことができない。
目の前がくらくらして、頭の奥に疼くような痛みと、吐き気が襲ってくる。
『ぼく』は思わずその場に膝をついた。
《あなた様の名は、シャーロット――
かつてこの大陸を蹂躙した、
ダセス帝国の最後の皇位継承者。
シャーロット皇女殿下にございます》
「違う!」
『ぼく』はそれを拒否するように叫んだ。
シャーロット、という名の少女に相応しい声で。
その言葉を受け入れてはいけない、そんな気がした。
その言葉を認めたら、信じたら――
『ぼく』は『ぼく』ではない存在に――
『シャーロット』にされてしまう。
そんな恐ろしい予感がした。
《どうやら、混乱されておられるようですな。
それも詮無きこと。
なにせ、殿下のお体には――》
その言葉が不意に途切れて。
《ひとまず、詳しいお話は改めていたしましょう。
まずは、御身の『神化』が無事なされたるか否か、
確かめさせていただきますぞ》
何の感情も感じ取れぬその声が、
まるで死を宣告するがごとくにそう言い放つと。
突如として、眼前に巨大な姿が現れた。
こちらを見下ろしそびえ立つその姿は――
艶やかな紅蓮の鱗で全身を覆った、ドラゴンの姿だった。
《御身のお力を存分にお示し下さいませ。
シャーロット皇女殿下》
その声を合図とするかのように、
紅い竜のすさまじい咆哮が、空間を震わせた。




