始まりは月の歌
見上げると、そこには月があった。
恐ろしいほどに、それは巨大な月だった。
恐ろしいほどに、それは紅い月だった。
月は歌っていた。
それは祝福の歌のようにも、
あるいは、呪いの歌のようにも聴こえた。
~ いざ導かん。
迷える英霊たちの魂を。 ~
~ いざ招来せん。
数多ある異界の果ての果てより。 ~
~ いざ浄化せしめん。
彼の者たちの、かつての生の名残りたる全てを。 ~
~ いざ宿らせん。
命失いし冷たき体に、今一度の息吹を。 ~
~ いざ捧げん。
九の英霊たちの魂を、その命の力に変えて。 ~
~ いざ目覚めさせん。
汝が名はシャーロット。
汝らが名は、シャーロット―― ~
巨大な月に飲み込まれるような感覚とともに、
その歌が遠ざかって。
『ぼく』は目を覚ました。
まるで現実のようで、夢のようで――
そのあまりにも奇妙な感覚に、『ぼく』は戸惑いながら。
まだ朦朧とする意識と視界の中、目を開ける。
そこは薄闇に覆われた世界だった。
目覚める前に見ていた、巨大な月の壮大な不気味さに比べれば、
その薄闇はむしろ心地よくさえあった。
問題は――
眠りにつく前のことを、何も思い出せない、ということだった。
冷たく、固い感触を背中に感じた。
どうやら、石の台座のようなところに寝ていたらしい。
僕は鉛のように重いその身体をゆっくりと、確かめるように動かして――
その上半身を、台座から起こした。
ここは、どこだ。
『ぼく』は、なぜ、ここに――?
まだ何も見えぬ薄闇の中、感触を確かめようと、
『ぼく』は右腕を動かして、指先で自分の身体に触れた。
――!?
予想外の柔らかく滑らかな感触に驚いて。
『ぼく』は思わず手を引っこめた。
なんだこれ。
素っ裸じゃないか!
触れたのはまさしく、裸の胸のふくらみ――
いや、しかし。
そもそも『ぼく』に、『こんなもの』は、なかったはず――
呆然としつつ、おそるおそる、他の部位も触ってみる。
柔らかな頬。
感触からだけでもわかる、整った形のいい鼻と唇。
そして艶やかで癖のない、長い髪。
その身体は間違いなく、若い女性のものだ。
いったい、なんだこれは。
何が、どうなってる――?
何もわからないこの状況に戸惑う『ぼく』。
あまりの困惑に、『この身体』の心の臓が高鳴り、
早鐘のごとく鼓動を打つ。
「ぐっ……うう……!」
初めて『自分』の口から、声が出た。
それはまるで天使の苦鳴のような声。
それは薄闇の中、美しく澄んだ鈴の音のように響いた。
そして、それに応えるように。
《お目覚め、なされたか》
薄闇のどこからか、重々しい声が響いた。




