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通りすがりのイケメンに一目惚れしてお付き合いを申し込んだら、世界を救ったみたいです

作者: たまころ

いろいろと設定が緩いです。

「そんな相手、いないだろ?」


「い、いるわよ! イケメンの彼氏が!!」


 アーメットの言葉に、思わず嘘が口をついて出た。

 お互いの人間関係はほぼ把握しているような幼馴染の彼に、簡単にバレる嘘をついてしまったのには理由がある。


 このままでは、わたしとアーメットは結婚させられてしまう。その可能性があることはわかっていたものの、限りなく低いと高を括っていた。

 お互いに嫌い合っているわけではなく、むしろ良い友人だ。だからこそ、彼には他に想い人がいることに気が付いていた。


「じゃあ、会わせてくれよ。そのイケメンの彼氏に」


 呆れたようにため息をつくアーメットは、わたしとの結婚を受け入れるつもりなのだ。


 カサリと枯葉を踏む足音に振りむく。

 ここは辺境の砦。見回りの兵士以外は人気のないこの場所に、明らかに戦いとは縁のなさそうな華奢な青年が立っていた。


 顔見知りばかりのこの地で、見かけない黒髪に黒い瞳、透けるような白い肌。一瞬見ただけで、イケメンだとわかる美貌。


 ずんずんと距離を詰め、間近で見ると、シミもニキビも肌荒れ一つない綺麗な肌なのがわかる。


「恋人とか、奥様はいますか!?」


 初対面の彼は、わたしの言葉に不思議そうに首を傾げる。サラリと揺れた黒髪は太陽の光を浴びて艶めく。


「わたしの名前はヤファ。わたしの恋人になってください!!」


 頭を勢いよく下げ、両手を前に出す。


 沈黙が落ちる。なんて馬鹿なことを。自分の突然の行動に、汗がダラダラ流れた。言葉を取り消したほうがいいだろうか。もう遅いだろうか。


 差し出した手が、ぎゅっと握られた。温かなぬくもりに顔を上げる。

 黒曜石のような瞳がわたしの視線をとらえた。


「いいよ?」


「っしゃ!!」


 嬉しさに両手に力が籠る。

 振り向き、アーメットに声を掛けた。


「イケメンの彼氏! いるから!!」


「いなかっただろ! 今! 目の前で告ったの見たぞ!?」


「いいの! スピード展開なの!! 明日にはこの痣も消えてるから!!」


 見せつけるように左の拳を高く上げる。そこには盾の形の痣がある。そして、アーメットの右手には剣の痣が。


 わたし達が暮らす辺境の地の果てには魔の森がある。そこに住む魔物たちは普段は大人しく、滅多に人間を襲うこともない。しかし、周期的に魔物たちが騒ぎ出す時期がくる。それは、魔王が誕生するとき。

 魔王が生まれると、魔族たちには統率力が生まれ、組織的に人間を襲うようになってしまう。


 魔王に立ち向かう手段は一つ。生まれたばかりの魔王が力をつける前に、アーメットの一族に伝わる剣とわたしの一族に伝わる盾で、魔王を討伐すること。


 一族に伝わるそれらは、剣の痣がある男性と、盾の痣がある女性が結婚することにより、出現し、二人の英雄が魔王を倒すことができる。

 魔王を倒した後は、剣も盾も姿を消し、再び、それぞれの一族の一人にその痣が出現する。しかし、戦う必要のない平和な世では剣も盾も出現することなく、痣を持つ者が痣を持たない者と結婚すると、その痣は消え、再びその一族の未婚の若者の手の甲に痣は移る。


 勇者の証であるこの痣は、処女性を求めるのだ。つまり、童貞と処女にしかこの痣は現れず、それを喪うと痣は他者に移る。

 童貞の剣の痣の持ち主と、処女の盾の痣の持ち主同士が初めての性行為をした時のみ、剣と盾は出現し、二人は魔王を倒す勇者になることが出来るのだ。


 どこの神様が考えたのか、非常に面倒くさい仕組みだが、そこに文句を言ってもしょうがない。普段は魔の森から出て来ないはずの魔物たちが、近ごろ辺境の砦付近で見かけるようになってきた。

 それを受けて、今日は二つの一族で会議が行われることになった。


 つまり、魔王誕生の時が近い。アーメットとヤファが結婚して、サクッとやっつけちゃって?という内容だ。

 それをあっさり受け入れて了承の返事をしようとしたアーメットを連れて、会議を行っていた建物から出て来たところで、わたしにイケメンの彼氏が出来たのだ。


 わたしがイケメンと初体験を済ませれば、わたしの左手から痣は消え、おそらく妹に移るだろう。右手に剣の痣を持つアーメットの想い人は、わたしの妹。


 二人が惹かれ合っていることは、誰が見ても明白だったけれど、数世代に一度、勇者になる者たちが婚姻を結ぶ必要があり、それ以外では血が濃くなりすぎるのを防ぐため、アーメットの一族とわたしの一族は結婚をしない、というのが暗黙のルールとなっていた。


 本来は結ばれなかったであろう彼らが、魔王の出現により、可能性が生まれた。

 領地フルマラソンを完走するくらい体力はあるわたしだが、落ちてくる鳥の糞にはことごとく当たるほど、運も瞬発力も悪い。特技は水切り八連チャン、趣味はスパイごっこ、という妹のほうが、勇者として活躍できるだろう。

 あとはわたしが処女でなくなればよい。


 正直、わたしは友人としてのアーメットは好きだが、異性として興味はない。


 辺境の地であるここの男たちは、たいてい逞しく、日に焼け、精悍だ。

 アーメットも、背は高く、鍛え上げられた肉体をしている。男らしくカッコいいと女たちに黄色い声を上げられていた。


 しかし、わたしの好みは真逆なのだ。汗臭い男たちばかり見てきたせいか、少女向け小説に出てくる金髪に青い目の白馬に乗った貴公子に胸がときめく。そんな男は辺境にはいないので、さきほど告白したイケメンを見た時、初めて胸がときめいた。


 アーメットと妹の幸せを願う勢いだけの行動ではあったが、これは恋だ。金髪碧眼ではないが、透明感のある肌に華奢な体躯、美しく整ったシンメトリーの美貌。好みだ。好きだ。彼を幸せにしてあげたい。


「ねー、恋人ってなに?」


 無邪気に問いかけた美青年に、アーメットとわたしは凍りつく。

 しかし、わたしの頭の回転は速かった。わからないのであれば、教えてやればよいだけだ。


「この本を読めばだいたいわかるわ。ほら、わたしが昨日焼いたクッキーもあげるから、ちょっとそこで読んでて」


 ちょうどよい切り株が目についたので、そこに彼を座らせ、斜めにかけていた鞄からお気に入り過ぎて持ち歩いている大人の女性向け乙女小説三冊と、お手製クッキーを取り出して彼に渡す。


「色々ツッコミたいが、待て。それは誰も飲み込むことができない激マズの伝説のクッキーじゃねぇか!?」


「体にいい薬草を厳選して混ぜ込んだわたしのオリジナル超健康クッキーに変な伝説つけないでくれる?」


 言い争うわたしとアーメットをよそに、美青年はクッキーをモグモグと咀嚼し、ゴクン、と飲み込む音が聞こえた。


「おいしい」


 ほわりと微笑む彼は悶絶するほど可愛かった。


「また作ってあげる」


 鼻血が出そうになるのを抑えるわたしに、彼は無邪気に喜ぶ。


「いっぱい作ってね」


 百枚でも千枚でも、我が家の窯が壊れるまでクッキーを焼き続ける決意をする。


「二人とも、なにやってるの?」


 声に振り向くと、従姉妹のフレイヤお姉ちゃんが立っていた。彼女も会議に参加していた一人で、突然出て行ったわたしたちの戻りが遅いので、心配して探しに来てくれたようだ。


「ヤファ、ちょっと聞きたいんだが、フレイヤ姉ちゃんて……」


 アーメットがわたしの耳元に顔を寄せて、ヒソヒソ声で喋る。


「結婚、してないわ」


 5歳年上の彼女は、休みも返上するほど仕事が好きで、結婚はおろか、恋人がいた、という話も聞いたことがない。髪はひっつめて一本に結び、化粧気のない顔に分厚いメガネをかけている。父の弟の娘である彼女は、わたしが痣を喪った時の候補者に入るであろう。


「お前、ちょっと考えなおせよ。万が一フレイヤ姉ちゃんが選ばれたらどうするんだ?」


 焦るように話すアーメットに同情してしまう。

 フレイヤお姉ちゃんは爬虫類館の飼育の仕事をしている。無類の爬虫類好きで、家にもたくさんの爬虫類がいるらしい。

 蛇が苦手なアーメットの結婚相手としての相性は良くないだろう。


「そこらへんは、神様がうまくやってくれるんじゃない?」


「そんなこと言うなよ! 爬虫類と暮らすくらいなら、俺はヤファのほうが……」


 わたしに縋りついてくるアーメットの声が急に遠くなる。

 アーメットは数メートル先で、尻もちをついた状態でこちらをポカンと見上げていた。


「僕の恋人に近づきすぎ」


 冷たい目でアーメットを見る美青年が彼を放り投げたのだろうか?細い腕に細い腰の美しい彼が、筋肉マッチョなアーメットを?いや、それはないだろう。


「あと、そこのお姉さんは、恋人いるよね?」


 フレイヤお姉ちゃんに向かって美青年は声を掛ける。


「恋人っていうか、お小遣いあげたら家の事してくれる大人の関係の人ならいますよ」


 衝撃発言に驚くアーメットとわたしのことは気にせず、フレイヤお姉ちゃんはあっけらかんと続けた。


「わたしが仕事に行っている間にお掃除や洗濯してくれて、帰るとホカホカの美味しいご飯にお風呂の準備をしてくれるから、とっても助かってるわ。体の相性もいいし」


「オスの臭いがするから、わかるよ。ヤファはヤファの匂いしかしない。いい匂い」


 美青年がわたしの首元に顔を近づけ、スンスンと匂いを嗅ぐ。

 なにこれ、恥ずかしいんですけど。


「恋人ってなにか、わかったよ。ヤファが望んでいることも」


 とんでもない速さで乙女小説を読み終えたらしい美青年は、わたしの顔を覗き込んでくる。


「極上の初めてにしてあげる。二人っきりになれるとこ、案内して?」


 彼の色香に頭がボウっとなり、言われるがまま、砦の視察などで客人が宿泊できるように用意されている部屋へと案内する。

 鍵を掛け、それから数時間、というか一晩中、美青年と恋人同士の甘い時間を過ごした。


 翌朝、日が高く昇る頃、腰をさすりながら空腹のため部屋から出てきたわたしを待っていたのは、家族と親戚、それにアーメットの一族の方々。

 そうだ、昨日は会議を途中で抜け出し、恋人を作ったんだっけ、と睡眠の足りてない頭で考える。


 周囲より頭一つ分背が高いアーメットが視界に入る。その隣には心配そうな妹。

 諸事情によりがに股気味で妹に駆け寄り、左手を掴む。


 そこには、痣がなかった。


 隣にいるアーメットの右手を見ると、そこにも痣はなくなっていた。


「待ちきれなくて先にやっちゃったの!?」


 燃え上がる二人がわたしたちより先に結ばれてしまい、痣が消えてしまったと考えたわたしは、責めるように声を上げる。


「やってねぇわ!!」


 アーメットからパシーンと頭を叩かれる。


「じゃあ、どうして……?」


 わたしの左手からも、もちろん痣は消えていた。では、この痣はどこへ行ったというの?


「魔王を倒す必要がなくなったから、じゃないかな」


 シャツのボタンを留めながら部屋から出てきた美青年は、眠そうにあくびを嚙み殺している。


 首を傾げるわたしの頭に、美青年はチュっと口づけをくれた。


「魔王は人間の恋人になったから、もう人間に害を加えたりしないからね」


 愛おしそうにわたしを見る美青年は、人と思えぬほど美しい容貌をしている。


「初対面の魔王に求愛する勇気も、舌が痺れるほど美味しいクッキーを作ってくれるところも、一晩中僕の愛を受け止められる体力も、すべて愛しているよ」


 吸い込まれそうな底のない真っ黒な瞳を見つめ返す。


「あなた、魔王なの?」


「そうだよ。まだ生まれたばかりだけどね。魔王である僕はヤファに完全攻略されているから、魔族は人間に危害を加えることはない。もう人間は剣も盾も持つ必要がないってこと」


 見守っていた一族たちが、状況を飲み込んだようで、次第に喜びの声が上がり始めた。


「もう戦う必要はない、のか?」


「や、やったぁ?」


「お、おおー!!」


「今夜は魔王様とヤファの結婚祝いだ!!」


 どうやら、通りすがりのイケメンに交際を申し込んだら、世界は救われたらしい。





 それから、魔族たちが出稼ぎに出てきたり、人間が魔の森に旅行に行くようになったり、魔王からの予想外の溺愛に困惑したりするのは、もう少し、先の話。



数ある作品の中から見つけてくださり、読んでくださり、ありがとうございます。

ブックマーク、評価、いいね、どれもとても嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
舌が痺れるほど美味しいクッキーに草w 薬草クッキーなだけに。
なるほど。勇者の剣を受け入れられる盾の聖女?(女勇者?)は、魔王の剣も受け入れ(耐えられ?)るんだな!(ど下ネタじゃねーか!ww)
楽しかった。 使命を帯びた婚約を蹴とばす姿がいい。 何はともあれ世界が平和になって何より。
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