義妹が増える。義兄も増えた。
「喜べ。我が娘たちよ。我が家にも遂に、息子がやって来た」
セントレイナード公爵家の大広間で一同に会していた私と義妹7人。
そして父と、今日新たに私たちの家族になる1人の男がそこにはいた。
「はじめまして。これから皆さんの家族になるユリアンです。よろしく」
太陽のような笑顔。金色に輝く長いウェーブのかかった髪はゆらめき、瞳はルビーのように紅く美しい。筋の通った鼻筋。不敵な薄い唇。
紛れもない、美男子だ。
「……素敵だわ」
「ユリアン様……」
「わたくし、おかしくなってしまいそうですわ」
「ダメですわ。これから、義兄様になられる御方なのに……」
色めき立つ義妹たち。相変わらず、色男に弱い淫乱女たちだ。
「彼は王家の四男なのだが、王から直々に養子として引き取ってほしいと言われてな」
豪快に笑う父はサラっと家族にとって重大な報告をしていた。
またそのパターン?
一体何人の子供を引き取ってくれば気が済むのか。
数年前に母が亡くなってから、父はおかしくなった。
伯爵家、公爵家、王家。
理由はわからないが、これらの家々から頼まれた子供たちを次々と養子にしていくという愚行を繰り返していたのだ。
「たくさんの家族に囲まれたかった」と父は言うが、おかげでこっちはいい迷惑。
私はそれ以来ずっと、肩身の狭い思いをしている。家計もどんどん苦しくなっていく。
「ねぇ、聞いた?王子ですって、彼」
「でもウチの養子になっちゃったんでしょ?なんだってこんな貧乏公爵家なんかに……」
「きっと政治的な理由よ。いずれ王家に戻ることだってありますわよ、きっと」
「それをなしにしても、あのお顔は本当に素敵……」
下世話なヒソヒソ話が耳に入ってくる。
義妹たちは思い思いに、今後の人生計画でも思案しているのだろう。
仲のいい義妹はいない。だが、彼女たちは結束している。
私をいいように利用し、あまりお金のない我が家で優雅な暮らしを楽しんでいた。
「今日の夜会は取りやめにしましょう」
「そうね。ユリアン様の歓迎パーティをしなきゃね」
「それは良い案ね。さっそくサリナに準備させましょう」
「抜け駆けはなしですわよ、義姉様方」
いくら直系の公爵令嬢の私でも、7人の義妹が共同戦線を張ってくるとどうにもならない。
家の雑用はすべて私。父は仲良くやるように言うだけで、まったく味方にはなってくれなかった。
「……ほんと、泣きたい」
亡き母がいた頃の記憶が思い出され、涙が出てくる。あの頃は幸せだったなぁ。
「お義父様。ご長女であらせますサリナ公爵令嬢は、あの方でよろしいですね?」
「あ、ああ。そうだが。なんだ、知り会いか?」
ユリアンが私を指さし、なにやら不思議なことを言っている。
いや、知らない。初めて会うはずだ。
そもそも私みたいな地味で目立たない、おさげの根暗女なんかに王子と出会うチャンスなんてあるはずない。
義妹たちのだれかと勘違いしてないか?彼女たちなら、数えきれないほど夜会に参加しているので、会う機会はどこかであったはず。
「……」
無言になったかと思いきや、突然、ユリアンは私に向かって速足で近づき始めた。
「なっ!?」
「なんで、サリナなんかに!」
「え?ほんとに知り合いなの?貴女なにかご存じ??」
「知らないわよ!きぃぃ!!」
義妹たちが焦燥と嫉妬に駆られている。
どうやら彼女たちの中に彼と面識を持つ者はいないようだ。
「サリナ・セントレイナード公爵令嬢ですね」
「は、はいっ!」
「お屋敷、案内していただけませんか?」
◇◇◇
「……貴方に救われたことがあるんです」
屋敷の書庫を案内していた時に、ユリアンは初めて私に声をかけてくれた。
案内中はずっと無言だったので、少し不安を感じていたから内心かなりホッとしていた。
って、救われたことがあるって、なんだろう?そんなことあったかな?
「……これ、君の日記だよね?」
正装の懐から、紐で綴じられたアンティーク調の薄い羊皮の束を取り出すユリアン。
「あ!それはっ!」
「すまない。いけないとは思いながら、すべて読んでしまいました」
頭を掻きながら、バツが悪そうな態度になるユリアン。視線が上の空で少し恥ずかしげだ。
なんか、かわいい。
って、いや。人の日記読んじゃダメでしょ!いい男でも、それはダメ!
「……どこに、あったのですか?」
ちょっと眉毛を吊り上げながら、ユリアンに問う私。
アレには、私のいろんな思いが書かれている。当然、人に知られたくなんてないものばかり。
父への思い、母への思い、義妹たちへの恨みや日常の些細なことまで、なんでもだ。
「メリジュリーヌ修道院の図書館。地下1階の廊下に落ちていたよ」
「あっ……」
思い出した。あの時だったんだ。
夢中で読んでいた本があった。嫌なことが多すぎて、時間を忘れ、物語の世界にふけってしまっていたのだ。
急いで帰らなければならなかった。また、義妹たちからの嫌がらせが始まってしまうのを恐れて、遅れないように走って帰った、あの日だ。
その日は忙しくて、日記がなくなったことに気づいたのは翌朝。
てっきり、義妹たちに捨てられてもう出てこないものだとばかり思い込んでいたけど……。
あそこで落としていたんだ。
「ごめんなさい。私……」
感謝しかない場面のはずだ。ずっと持っていてくれたのだ。ユリアンは。
それなのに睨んだりしてしまった。悪いのは、私なのに!
「その日記……。1日を締めくくる最後の言葉は、全て決まった言葉が連なっていた」
「……?」
「明日はきっといい日になるから、また頑張って生きようって」
「あっ……」
「僕も王家ではなかなか辛い立場でね。これを読んで勇気づけられていたんだ」
少し寂しげなユリアンの表情に、心が締め付けられる感覚を覚えた。
彼も、辛いんだ。
「あ、ごめんね。しんみりさせちゃって」
「い、いえ!大丈夫です……」
「僕たち、きっと仲良くやっていけると思うんだ」
顔とは違い、すごく荒れた手を見せながら日記を差し出してくるユリアン。
これまでの苦労が嘘ではないことを、その手は証明していたと思う。
「そ、そうですね!」
暗い顔をしちゃだめだ。彼は私の言葉に勇気づけられた。態度でも、しっかり示さなきゃ!
「よろしくね!ユリアン!」
私の笑顔は多分引きつっていたと思う。普段笑わないから。
けど、心は確かに笑おうとしていた。いや、笑っていたんだ!
◇◇◇
「喜べ。我が娘たちよ。我が家になんと!また息子がやって来てくれた!入りたまえ!」
「ちーっす!俺、第二王子っす!今日から養子なんで、ヨロシクっす!」
……前途多難な日々は続く。
終