最終回 終着点と出発点
「トウヤ、起きてください。トウヤ」
「ん……」
目を開けると、アンジュが俺を見下ろしていた。
「おはようございます。といっても、まだ夜明け前ですが」
「アンジュ……?」
テントに吊るしたランプが照らすアンジュ。
その髪は、さっきと違って短く切りそろえられていた。顔もどこか大人びている。
そして、眠っていた俺。
ああ、そうか。あれは、そういうことか。
「ふ……」
「トウヤ?」
「夢を見たよ。君と初めて会った日のことだ」
きょとんとしたアンジュは、身体を起こした俺にほほ笑んだ。
「懐かしいですね。トウヤが私を目覚めさせたのが、すべての始まりでした」
「アンジュが異世界から来たとか、ダンジョンを消すとか、世界の命運がかかってるとか。正直わけがわからなかった。モアも付きまとってくるようになるし」
「それはお互いさまかと。すべての行動基準がミサキのあなたには、よく驚かされました」
言いながらアンジュが立ち上がった。
「行きましょう。彼女が待っています」
使い慣れた防具を纏ってテントを出る。
澄んだ夜の空気が肺に染みこんで、頭が冴えていく。
星空に浮かぶ、無数の山々。地表に揺れる、淡い光を放つ草花。
俺はいま、アンジュの故郷に、異世界にいる。
「あっ!」
声のした方を向く。
そこには自分の足で立つ、ミサキがいた。
「お兄ちゃんやっと起きた!」
新調した防具を纏って、この日のために用意した最新のブロードビットを従えて。
あの頃は想像もしていなかった光景が、俺の前にあった。
「おはようミサキ」
「おはよ! もう、なんでアンジュちゃんなら起きるのー?」
頬を膨らませるミサキに、アンジュが俺の横で笑う。
「ミサキ……元気か?」
「え? う、うん。元気、だけど……?」
ミサキがアンジュに視線を投げた。
「ミサキが眠っていたころの夢を見ていたそうですよ」
「えー? 大丈夫だよお兄ちゃん、私はもう平気! 昨日だって、ここに来る前のモンスターをガンガン倒したでしょ?」
「そうだな。うん。わかってる。でも……よかった」
ダンジョンは消えた。
ダンジョンを生み出していたアイテム『願いの聖鍵』を、アンジュが破壊したからだ。
ミサキを侵す毒も、同様にダンジョンによる被害も、きれいさっぱりに消えた。
でも、世界は元には戻らなかった。
“向こうの世界を、もっと知りたい!”
俺たちの最後の配信を見ていたリスナーたちのコメントを、その願いを、崩壊していく聖鍵が読み取ったからだ。
姿を変えたダンジョンは二つの世界を繋ぐ道になって、こうして俺たちを異世界に招き入れている。
「もー! 湿っぽいのはなーし! それより見て見て! もう待機勢だけで1億人だよ! 1億人!」
ミサキがビットを動かして画面を投影する。
まだ配信を始めるまで時間はあるけど、すごい数のリスナーが集まっていた。
異世界への扉を開くきっかけを作った俺たちは、世界中から注目されている。
文化文明だとか、学術面からもどうこうとか、家に来た学者さん連中が言ってたけど、難しいことはよくわからない。
「あとでモアさんも来るって! このあとの配信が終わったら、モアさんと私たち、私たちの世界とアンジュちゃんたちの世界、ダブルコラボ配信だよ! きゃー! 楽しみー!」
ぴょんぴょんと跳ねるミサキ。
そうだ。俺たちの配信を待っている人がいる。なにより、ミサキが元気でいる。
それだけで、俺にとっては十分だ。
「トウヤ、ミサキ、そろそろ陽が昇ります。ご用意を」
地平線を見ていたアンジュの声に俺とミサキは頷きあう。
「お兄ちゃん、はい」
ミサキからスマホを受け取り、深呼吸。
「異世界配信1回目、スタートだ!」
俺たちの配信活動は、これからも続いていく。
〈完〉
書きたいものが定まりました!
なのでこの物語はここで完結とします!
自分が進むべき道を示してくれた、このジャンルと、このジャンルを生み出した皆さんに感謝を!
どっからどうみても打ち切りエンドですが、後悔はありません。むしろ晴れやかな気分です!
次回作、そして現行作にぜひご期待ください!