5.小さき国の処世術
エランドルク王国は、およそ700年前に成立した。元は小さな町や村で、それが寄り集まって一つの国になった。
中心となったのがエルンドールという都を治めていた者達と、そして当時は王国であったキンレイの都から落ち延びてきた王子と、その軍隊、臣下、神官や商人たちである。
キンレイの後継者争いで負けた王子は、この地の有力な者たちと縁を結び、再起を図ろうと考えていた。これをきっかけにしてエランドルク王国が誕生した。
エランドルクとキンレイは、何度となく争ったが、互いに勝った負けたを繰り返し、国力を低下させた。この為、中立地帯を設け、国境線が引かれた。これが500年前の事である。その後、キンレイ王国は帝国となり、南側に領土を拡大させていった。現在のキンレイは12の属州を持つ大帝国である。その隣国であるエランドルクは、他に4つの国と国境を接している。これらの国にとって、エランドルクはある意味で、キンレイに対する砦の様な存在である。
エランドルクは常に、他国と時に武力で争い、時に言葉による駆け引きによって自国を守ってきた。そしてキンレイは常に、エランドルクを狙っていた。
山が多く、言わば天然の要害によって守られているエランドルクを攻め落とすのは簡単ではない。しかし、キンレイにとって、エランドルクは、自分の体から生まれた片割れであり、同胞であり、油断ならない敵であった。自分の体に戻したい。その願望が常にあった。そもそもキンレイには世界を統一する、という国家目標があった。
そんな中、15年前に実現した両国の軍事同盟は内外に衝撃を与えた。交渉は殆ど皇帝と国王の二人だけで行われ、電撃的に成立した。
エランドルクの民は概ね受け入れたが、キンレイでは釣り合いが取れないと不満に思う者が多かった。そして、どういった話し合いがあったのか、その過程に関して、未だ公開されていなかった。
アレクゼスは、王位を継承する際、父とヴァルコス皇帝との間でどの様な話があったのか知りたかったが、何故かこれに関する引継ぎは一切無かった。理由も教えてもらえなかった。普通では有り得ない事だ。
成立には謎の多い軍事同盟ではあるが、何故結んだのかは解る。エランドルクを守る為である。それは分かるし、間違っていない。 いない筈である。
「出兵要請を無視するなど、エランドルクには出来ない」
アレクゼスは、噛んで含めるように、ニクロスに言った。ニクロスは黙り込んだ。シドウェルも同様だった。皆、軍事同盟の中で結ばれた約束を忘れてなどいなかった。
外務大臣は、諭す様に、ニクロスに言う。
「軍事同盟の中で、出兵を要請されれば、兵を出すと約束している。同じ条約の中で、互いの領土を侵さない事も約束している。こちらが出兵要請を無下に扱えば、あちらに領土を侵す口実を与えてしまう」
ニクロスは、言われるまでもなく、反論できなかった。
更に念を押すように、内務大臣は、シドウェルを見た。
「軍事同盟があるからこそ、エランドルクは独立を守ってこれたのです。独立という果実を得る為には、畑の手入れをしなければならない。畑の手入れ無く、果実を得る事は出来ない」
内務大臣と、シドウェルの視線が静かにぶつかった。
「私もそう思う」
と、国王が言った。そしてシドウェルを見た。「とは言え、食糧の不安はある。何とか冬までに終わらせる方法はないだろうか」
シドウェルは、テーブルに投げ出した自分の脚の方に顔を向けると、黙って脚を下ろした。姿勢を正し、畏まって国王に答える。
「冬までに終わらせる方法などありません」
国王は衝撃を受けた様に、表情を曇らせた。
「そうか…」
「但し、食糧大臣が心配する程の人数も要りません」
シドウェルの言葉に驚いて、ニクロスがシドウェルを見た。国王も、シドウェルが何と言いたいのか、まだ分からなかった。
シドウェルは、念押しする様に国王に訊く。
「全てこちらに任せると言ってるんですよね?」
国王は頷いた。
「手段は問わない、そちらに任せると皇帝の書簡にも書いてある」
「なら、話し合います」