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28.エランドルクの決断

 アレクゼスが、グラブスに居を移して、そろそろ二月になろうとしている。


 借りている町の宿の一室が、アレクゼスの今の城だ。

 

 都に通じる道は、すっかり雪で塞がっている。通常の冬であれば、休暇としてゆっくり過ごせる筈であった。

 アレクゼスの部屋には軍務大臣のシドウェル、その部下4人、外務大臣のクレイが揃っている。オリビスとキンレイで起きた反乱の分析が行われている所だった。


「ギルヴァイスが使ったという、例の武器だが、私は見たことが無い」

国王が言った。

 まずシドウェルが説明する。

「名前は、カリヴァと言います。130センチ程の長筒で、中に込めた弾丸を火薬の爆発力で発射し、遠方へ飛ばします。射程50メートルで命中率は5割。非常に扱いづらく、現在、戦場で使用している国は、私の知る限り、ありません」

「過去に原型となるものが東の大陸から、商人の手によって渡ってきました」

クレイが付け加える。

「非常に希少で、扱いも難しく、武器として広まりませんでした。ただ、長い時を経て、この武器に着目し、改良を加えたものが出回るようになっています。まだ数は少ないですし、高額なので、手を出す者は、相当な変わり者か、金持ちだけです」

「とはいえ、未だ扱いづらいのは変わりません。キンレイ帝国は大砲を作り、首都城に20門配備しています。この為、ヴァルコス皇帝は、カリヴァを帝国軍としては採用しませんでした。妥当な判断と言えます」

「まあ、射程が50メートルではな」

と、納得してアレクゼスが言った。首都城の大砲は首都を守る為に備えられている。3キロ先から敵を寄せ付けない方が効果的だ。それが20門となれば、誰もキンレイを攻めようとは思わない。

「しかし、内務大臣のアヌログは、それが不満だったようです」

と、クレイが言った。

「アヌログに、先見の明があるかどうかは分かりませんが、彼は個人的にカリヴァを集めていました。正直、この行動がなければ、反逆の証拠を掴むことは出来なかったでしょう」

 クレイは、元貿易商のつてを使って、この事実を突き止めた。シドウェルと、ギルヴァイスは、その証拠があるからこそ、現場に現れることが出来た。そして皇帝を守ることが出来た。

 

「私は、このままギルヴァイスが総督になればいいと思っている。相応しい人物と思う」

国王が言った。多分に願望が含まれている。シドウェルとクレイは苦笑を浮かべる。

「まあ、キンレイの決める事ですから」

「忠義に厚い者が行政に向いているかは分かりませんよ」

二人の現実的な言葉に、アレクゼスは無言だった。


「ギルヴァイスが、本当に忠義を尽くしているのは、皇帝に対してではなく前総督に対してです」

と、シドウェルの部下のフィンが言った。彼はギルヴァイスに捕らえられていた。

「ギルヴァイスは、父親を早くに亡くし、前総督の事を本当の父の様に慕っていたそうです」

と、同じく、部下のヨークが言った。

「前総督はヴァルコス皇帝が崩御された直後に事故で亡くなっています。前総督の実の息子は、総督による殺人を疑い、総督の命を狙いました。これが、反乱の前にオリビスで起きた暴動です。治安部隊が出動し、息子は逮捕されました。この時、前総督の屋敷からはカリヴァが一挺押収されています。取り調べの際、ギルヴァイスは、息子の動機を知り、総督を調べた。そして、総督が、内務大臣の後ろ盾によって総督になったことを知りました。前総督が殺されたかどうかについては、更なる調べが必要ですが、殺されたとなれば、内務大臣の反逆に気付いた為と考えるのが妥当です」


 ギルヴァイス自身もそう思った。総督と内務大臣との繋がり、帝国軍で採用されていないカリヴァが押収されたことを踏まえ、ギルヴァイスは、本国に対する報告が必要と思った。だが、宮殿には疑惑のある内務大臣がおり、報告書が間違いなく皇帝に届くか不安があった。そこで治安部隊の中でも最も信用できる者たちと官邸占拠を目的とした、ごく小規模の反乱を起こした。本当は総督を捕えたかったが、いち早く逃げられた。本国の介入を望むも、来たのはエランドルクから、しかもたった二人の、―――彼からすれば殆ど子供の―――情報部員だった。


 フィンは、手っ取り早く治安部隊から話を聞こうと鍛冶屋の助手を装い、官邸を訪ねた。そこで捕まった。最初は、内務大臣の手の者と疑われての事だったが、フィンは自分の身を守る為に、正体と来た目的を話した。ギルヴァイスは、シドウェルに総督を探させることで、自分が皇帝に知らせたいことを気付かせることが出来るのではと考え、フィンを返さず、留め置いた。シドウェルが、部下二人と奔走している時、フィンは官邸で、快適に過ごしていた。


「前総督は、ヴァルコス皇帝の事を尊敬していました」

フィンが言った。

「ギルヴァイスは、だから、今の皇帝を助けたのだと思います」

 穏やかな沈黙が流れた。フィンの言葉は、一見感傷的だが、重要な視点でもあった。


「内務大臣の反逆を止めたヴァリスマリスの支持は上がっています」

外務大臣が言った。

「しかし、アヌログが言ったように、不満を持つ者は他にもいます。皇帝は、彼らを掌握出来ていません」

軍務大臣が言った。

「そして、彼はまだ、結婚していない」

国王が、呟くように言った。義弟が誰と結婚しても、力の均衡は崩れ、キンレイは大きく揺れるだろう。それが分かっているからこそ、彼は今まで結婚を先延ばしにしていたのだ。

「キンレイがこの先どうなるか、見当もつかない。少なくとも、軍事同盟は、もはや盾ではなくなる」

「同意見です」

外務大臣が言った。

「同じく」

と、軍務大臣が言った。


 しばしの沈黙の後、国王が言った。

「キンレイとの軍事同盟はそのままにして、マグダム・マグダミアとの同盟を進めよう。こちらから切れば、それを口実にして攻め込まれかねない」

「はい」

二人の大臣は、口を揃えて応えた。


 情報部の4人の若者は、時代の潮目が変わる瞬間を目撃しているような気分だった。

 そんな中、どうしても訊きたいことがあったフィンは、

「陛下、ひとつ、お伺いしたいことが」と、訊いて来た。

「何だ?」

「どうして、皇帝をお助けになったのですか?放っておいても良かったのでは?」

 実際、シドウェルは、一定の情報を収集した後、国王に判断を仰いだ。内務大臣の反逆については、軍事同盟の外の話で、こちらが働く義務はなく、皇帝を助けて恩を売ろうとも、それがエランドルクの利益に資するとも言えない状況だったからだ。


 アレクゼスは、少し考えて、微笑んだ。

「私も、そう思ったよ」

「そう・・ですか」

フィンは、意外な答えに驚いた。そして、何故か残念に思った。

 大臣二人は、当然のような態度で、聞き耳を立てている。

 国王は言葉を続ける。

「だが、ヴァリスマリスが死んで、弟が新たに皇帝になったとしても、皇帝が臣下を掌握出来ていない状況は変わらない。この為、皆に余分な仕事をしてもらった」

 フィンは、きょとんとなった。話が良く分からなくなり、頭を掻く。

 アレクゼスは苦笑を浮かべる。

「実際に現場に出るのは君たちだ。特段に国益もないのに私の個人的な理由で働いてもらうなんて、酷い話だよね。手当は出すが、文句があるなら言ってくれ」

 フィンは、何となく、国王の言いたいことが分かった気がした。思わず、上司を見た。上司は、何でもない、とでも言う様な顔をしていた。

 フィンは、特に文句はなく、

「いや別に、お金がもらえるなら、問題ないっす」

と、正直に答えた。すると、

「おまえはな。今回、楽だったよな」

と、すかさず、ヨークが突っ込んで来た。

「なんだよ、俺だって働いたし。ギルヴァイスが協力してくれたのだって、俺が説得したからじゃん」

「ギルヴァイスは、最初(はな)からそういうつもりだったろうよ」

「だったらなんだよ」

「お前ら、いい加減にしろ。陛下の前だぞ」

シドウェルの低い声が聞こえて、二人は揉めるのを止めた。

 国王は微笑んだ。

「私は、一人では何も出来ない。これからも、君たちに支えてもらえるように、国王の務めを果たすよ。いつもありがとう」

 フィンと、ヨークは、目を見開いて顔を紅潮させた。

 



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