1.オリビスの反乱
ヴァリスマリスが皇帝と成り、半年が過ぎた頃、属州のオリビスに反乱が起こった。
属州総督のヤヌエルは、乱を抑えられず、早々に総督府官邸を奪われた。
態勢を立て直す為、総督は手勢を伴い、本国へ帰還。
そして今、皇帝の居城であるグレオ・ス・ヴァルス宮殿の謁見の間にいる。
目の前には、階段状になった台とその上に皇帝の座具が据えられている。繊細な彫刻の施された座具に主は未だおらず、ヤヌエルは皇帝のお出ましを待つ間、生きた心地がしなかった。
大理石の床に、きびきびとした足音が響いて、総督は体を固くし、頭を垂れた。
気配はやがて、台を上がり、座具に収まる。
「面を上げよ」
皇帝の鋭い声に、総督は歯を噛み締める。緊張の面持ちで顔を上げ、皇帝を見る。
癖のある金髪、薄い青い目、尖った高い鼻、鼻の下と顎には若い顔に貫録を付けることができる程度の髭があった。
皇帝は、態度こそ静やかだったが、目には怒りが宿っていた。
「申し訳ございません」
総督は思わず、何も言われないうちに謝罪した。
謁見の間には他に、台の下に皇帝補佐官のヴァイオスと、総督の傍に内務大臣のアヌログがいた。
「愚か者め」
ヴァリスマリスの強い声が響いた。
「何をしておるか。挙句、逃げ帰って来るとは何たる様。恥を知れ」
総督は、またしても頭を下げた。
「申し開きのしようもありません。しかし、逃げ帰ったのではなく、取り返す為に戻ったのです」
「黙れ。お前はオリビスに留まるべきであった」
総督は黙り込んだ。
「私の兵を当てにしておるのであろう。その根性が気に食わぬ」
総督は奥歯を噛み締めた。言われている事は間違っていなかった。
「恐れながら」
と、一歩踏み出し、内務大臣のアヌログが声を上げた。
ヴァリスマリスは目だけを動かし、内務大臣を見る。
アヌログはヴァルコス皇帝の頃から内務大臣を務めていた。小柄で地味だが他の大臣に対しての影響力があり、危険を予め回避する能力の優れた堅実な男であった。
「何だ」
低い声で皇帝が応えた。
アヌログはあくまでも事務的な顔で皇帝を見上げる。
「恐れながら申し上げます。陛下の仰る通り、本国から簡単に兵を出してしまっては、他の属州に対し、総督府には何の力もなく、取るに足らないものと示す事になります。これでは属州での乱の頻発を誘うことになり、帝国の民を守ることが難しくなります」
ヴァリスマリスは一理あると思った。
「ではどうする」
アヌログは答える。
「こちらは指一本動かさずに取り返すのです。つまり、軍事同盟国を使います」
ヴァリスマリスは僅かに表情を曇らせた。
「エランドルクか」
「はい」
ヴァリスマリスの中に、どろどろとした感情が湧き上がってくる。
「彼奴らに上手くやれるか」
アヌログは返答を予測していたかのように、ゆったりと微笑んだ。
その微笑みを見て、皇帝補佐官のヴァイオスは、微かに目を細めた。
アヌログが答える。
「上手くできなければ、責任を取らせましょう」
皇帝の、片方の眉が、くいと吊り上がり、薄い唇が面白そうに歪められた。
「国を差し出させるか」
「宜しいかと存じます。ヴァルコス様は、それを念頭にイレーナ様をエランドルクに遣わされたのですから」
ヴァリスマリスは、こみ上げてくる笑いを必死に堪えた。
「分かった。彼の国に使者を送る。手配せよ」
「かしこまりました」