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26.革命の果て

 予告も無く、兵士が持っていたグラスを手から離した。ヴァリスマリスは、何が起きたのか、分からなかった。


 グラスは、テーブルの上に落下した。グラスの上部が割れ、落下の反動で中身をまき散らした。


 一瞬、誰もが、何が起きたかの分からず、何も出来なかった。兵士は、その隙を逃さず素早く腰の短剣を抜くと、内務大臣の首に当てた。

「動くな!」

鋭い声が、兵士たちの先を制した。にやりとした声が続けた。「こいつを生かす方が、お前らの為だ」

 兵士たちは、手を出さないことが己の得と理解し、武器を捨てた。ルヴェーナの首の剣も、床に捨てられた。

 内務大臣は、目を剝いて兵士を見た。兜で顔は見えない。厨房ですり替わったか。

 ヴァリスマリスは、ふいに、気が付いた。

「お前、シドウェルか?」


 兵士は―――シドウェルは、空いている方の手で兜の顔の部分を跳ね上げると、ニヤリと笑って、ほんの僅か、後ろを見、すぐ兵士たちに目を戻した。

「覚えていて下さり、光栄に存じます」

「忘れるものか。生意気な傭兵め」

 ガシャガシャと音を立てて、新たに十人程度の鎧姿の兵士たちが居間になだれ込んできた。皇帝はとっさに厳しい顔をしたが、彼らは内務大臣の兵士たちに剣を向けた。味方だ。シドウェルはニヤリと笑って、内務大臣に言った。

「あんたの誤算は、エランドルクに俺がいたということと、ギルヴァイスという男が、思いのほか忠義に厚い男だった、というところだろうな」

「ギルヴァイス・・・」

内務大臣は、呟いて、兵士たちの奥にいる、長い黒髪の兵士を見た。敢えて兜を取り、顔を晒しているその男は、褐色の目に鷹の鋭さをもって、内務大臣を見た。

「貴方を反逆の罪で拘束します」

ギルヴァイスの部下たちが、内務大臣を取り囲み、両腕を抑えて、手首を縄で縛った。懐から二つの書類を回収すると、ギルヴァイスに渡した。シドウェルは、役目を終え、短剣を鞘に戻した。

「貴様ら、何の証拠があって」

「私が証言します」

強い目で、ルヴェーナが言った。

「ルヴェーナ・・」

アヌログは、後ろから刺された様な顔をして、ルヴェーナを見た。身内に裏切られたという憎悪は、皇帝に向けられる。

「これで終わったと思うな!誰がお前などに付いて行く?!貴様が、、、オルグストス家が帝国を弱くしたのだ!!その罪を知れ!!愚か者め!!」

好きなだけ皇帝に罵声を浴びせ、アヌログは、引きずられるようにして居間を出て行く。彼の兵士たちもギルヴァイスの部下たちによって連れ出されていく。

 それを見守ってから、シドウェルが、皇帝を振り返った。

「お怪我は、ありませんでしたか?」

「ない。助かった」

「後日、報告書をお送りします」

微笑んでそう言って、シドウェルは、居間を出て行く。

 残ったギルヴァイスは、皇帝の正面に立ち、両手で二つの書類を差し出した。

「これが無くとも、裁判に掛けることはできます」

 ヴァリスマリスは、無言で、書類を見た。脅されて、署名したことが知られれば、益々”弱い”と見なされ、政治的立場が悪くなる。破棄すべき書類だった。

 ヴァリスマリスは、何も言わず、ギルヴァイスを見て、書類を受け取った。

 ギルヴァイスは、丁寧に一礼し、特別な説明もなく立ち去ろうとする。

「待て」

ヴァリスマリスの声に、ギルヴァイスは足を止めた。

 説明は必要ない。ヴァリスマリスは、一言、

「よくやった」

そう言った。

 ギルヴァイスの厳めしい顔が、微かに和らいだ。「ありがとうございます」そう言って、もう一度、頭を下げると、機敏な動きで顔を上げ、去って行った。


 静かになった居間で、ヴァリスマリスは、ルヴェーナを見て、優しく微笑んだ。ソファの端に追いやられていた彼女の服を手に取り、何も言わず彼女に着せた。彼女はずっと裸だった。大変な思いをさせてしまった。

「申し訳ない」

ヴァリスマリスが、静かに言った。

 ルヴェーナは、赤い目をして、首を何度も横に振る。血は、すっかり止まっていた。

「どうか、あれを破棄してください」

ルヴェーナの目は、テーブルに大事に置かれた、二つの書類を見ていた。

 ヴァリスマリスは、寂しく微笑んだ。

「私の妻は嫌か」

 ルヴェーナは、黙り込んだ。正直に言って、傍にいたいという気持ちだった。だが、許されるわけがない。せめて、お立場を守りたい。

「陛下が本心で書かれたものではありません」

 ヴァリスマリスは、食い下がりたかった。だが、出来なかった。小さく溜息をつき、腕をテーブルに伸ばす。

 ヴァリスマリスは、二つの書類を手に取り、ルヴェーナの目の前で、破り捨てた。

「申し訳ありませんでした」

ルヴェーナは、そう言って、頭を下げた。

「お前も被害者だ」

ヴァリスマリスは、ルヴェーナの顔に手を添えて、彼女の顔を上げさせた。

 二人の目が合って、皇帝は、最後にルヴェーナを抱きしめた。目を閉じ、彼女の体温を感じて、彼女の感情を感じて、目を開ける。そして、ゆっくりと離れ、皇帝の顔でルヴェーナを見た。

「これからは、自由に生きるがよい」

 ルヴェーナは、全てを飲み込み、儀礼的に頭を下げた。すくりと立ち上がり、もう一度、頭を下げて、居間を出て行った。

 


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