25.革命の道筋
ヴァリスマリスは、ペンを内務大臣に差し出した。
「お前が、妻を操り、キンレイを支配するか」
それを聞いて、内務大臣はうっすらと微笑み、黙ってペンを受け取った。
「私を操る訳には、いかなかったか」
内務大臣は、憎たらしく微笑んだ。
「あなたは…」そう言ってから、湧き出てくる言葉の殆ど飲み込んで、
「面倒です」
とだけ、言った。そして、ペンをペン立てには戻さず、ソファテーブルに丁寧に置き、二つの書類を手に取った。
ヴァリスマリスは、苦笑を浮かべた。確かにそうかもしれない。しかし、結果、ルヴェーナを巻き込んだ。彼女の行く末を想像すると、悔やんでも悔やみ切れなかった。
「それで私は、どう死ぬのだ?」
内務大臣は、署名を確認してから、皇帝を見た。
「あなたは、自分が不治の病に侵されていると気が付き、毒をあおって死ぬのです」
「ほう」
内務大臣は、書類を大切に折り畳んで懐に入れると、入れ代わりに、親指の先程の、小さく折り畳んだ紙の包みを取り出した。恐らく、これの中に毒が入っている。
「葡萄酒はないのか」
皇帝が言った。内務大臣が答えずにいると、見計らったように、一人の兵士が葡萄酒をついだ脚の長いグラスを持って、居間に入って来た。皇帝は、それを見て、リメリオの事を思い浮かべた。
「秘書たちは無事か?」
「今のところは」
内務大臣は、答えて、兵士の持って来たグラスの中に、包みの中身を入れた。兵士は、それを皇帝に差し出した。
「どうぞ、お飲み下さい」
平然と、内務大臣が言った。
ヴァリスマリスは、グラスを見た。グラスの向こうに透けて見える深い葡萄酒の色が、美しくも毒々しい。
元々、皇帝の座に、未練はない。
不治の病なら、愚帝とは言われないだろう。
自由に生きることができないなら、さっさと終わらせるのも良い。
しかし、、、
ヴァリスマリスは、自分の中に、覚えのない強い恐怖を自覚した。ああ、俺は、怖いのか。怖いのか!神よ。
内心の恐怖と、体の震えを誰にも気付かれない様に、必死で堪えながら、ヴァリスマリスは、グラスを食い入るように見つめ、ゆっくりと手を伸ばす。
「いけません」
ふいに、ルヴェーナの震える、微かな声が聞こえた。ヴァリスマリスは、ルヴェーナを見た。
「いけません」
ルヴェーナが、もう一度、皇帝を見つめて言った。黙らせようとした兵士の剣が、ルヴェーナの首の皮を切った。血が滲んで、するりと垂れた。
ヴァリスマリスの中に、悲しみと怒りが湧き上がった。内務大臣を睨み、
「お前に、キンレイの民を守れるのか」
と、低く、呻くように言った。
内務大臣は、無感情に皇帝を見下ろした。
「さっさと終わらせて下さい」
ヴァリスマリスは、言われるがままに死ぬのが嫌になった。くそ、誰がこいつの為に死んでやるか。くそ、くそ、くそ!しかし、内心で幾ら毒づいても、今の自分には死ぬ以外、妻を守れなかった。
くそ。
ヴァリスマリスは、意を決し、グラスに手を伸ばした。