22.ウェリハール城
キンレイ帝国の南方の町・ウェリヴァルス。町の中心地から少し離れた所に、その城はある。
ウェリハール城。別名をデフレーナの館という。
ウェリヴァルスは、河畔に広がる町で、長い川は外海まで繋がっている。川を利用して、人や物が行き交う、豊かな町だ。
その石造りの城が建つより前、ウェリヴァルスは、自治地域であったが、帝国の勢力がいよいよ迫るとなった時、帝国のモノになることを決めた。
当時、河畔の宿を営んでいた女商人・デフレーナは、ある時、休憩に立ち寄った皇帝・ヴァルトロスと出会う。
皇帝はまだ若く、軽装で、供も少なかった為、デフレーナは、どこぞの貴族の五男坊辺りかと思った。デフレーナは、皇帝の母と言ってもおかしくない年齢で、二人のその後を予想できる者などいる筈もなかった。
二人は生涯、皇帝と、町の有力者の関係で通した。デフレーナは皇帝の作った小さな城を逢引きにではなく、重要な客を招く特別な館として使った。時には、皇帝の求めに応じ、逢引きをカモフラージュにして政治的な密会の場所としても使われた。
恋人のようであり、戦友のようであり、二人の関係が本当はどうだったかを知る者は、少ない。
ヴァリスマリス一行は、出発から10日目の昼にはウェリハール城に到着した。ヴァイオスの手紙を受け取っていた町長が一行を出迎えてくれた。
ウェリハール城は、こじんまりしていると言っても、客室は30室以上あった。晩餐会を開ける様な広間もある。中庭はよく手入れされた低木の庭木が植えてあり、緑が美しかった。普段は誰も住んでいないが、町の有力な貴族が定期的に使用し、手入れをしていた。
その日の夜、町長は、控えめな晩餐会を開いてくれた。あくまで目立たぬように、とのヴァイオスの申し出を踏まえてのことだった。
ヴァリスマリスと、二人の秘書官は、移動先でも可能な仕事だけ持って来たが、がむしゃらにしなければならないほどの量は無かった。休暇で来た訳ではないとはいえ、物理的には休暇の様だった。
ヴァリスマリスは、ゆるゆると書類に目を通し、署名した。秘書官にも、程々で良いと言った。警備の兵士には、真面目に巡回警備などせずとも良いと言い、シャツに帯剣くらいで大人しくしておれと言っておいた。そう言わせるほど、気持ちの良い、静かな場所であった。
庭を愛で、近所を散歩し、居間でゆったりと過ごした。心が洗われるような日々であった。
十日も経つと、流石に退屈になって来た。秘書官二人も、事務仕事がなくなった。
そんな時、まるで頃合いを見計らった様に、客が訪ねて来た。まずリメリオが応対した。二人の供を連れた身なりの良い若い女だった。
「内務大臣エルゴス様の命により、皇帝陛下のお相手をする為に参りました。ルヴェーナと申します」
女の声は緊張で震えていた。まあ、皇帝と会おうというのだから、誰でもそうなるだろう。
「相手?と言いますと?」単純に気になって、リメリオが訊いた。
女は緊張の面持ちで目を見開き、
「お、、、」
「お?」
「お見合いにございます」
「おお!」
リメリオは、目を輝かせて、玄関の扉を大きく開いた。
「どうぞ、お入りください」
「失礼致します」
ルヴェーナは、一礼し、供と共に中へ入って行く。