20.皇帝暗殺計画
エランドルクの国境の町・グラブスに初雪が降った日、キンレイの首都オルエンにも、今年初めての雪が降った。
ヴァリスマリスは、冬が嫌いだった。エランドルクの都ほど雪まみれにはならないが、空はどんよりと暗くなり、何とも気分が塞ぐ。気のせいか、宮殿の中に重い空気が充満している様に見える。
鬱々とした気分で、書類に目を通している時、内務大臣のアヌログが執務室の前に現れた。
「失礼致します」
アヌログが、一礼して入って来る。
ヴァリスマリスは、助けが来たような気分で、ペンをペン差しに立て、アヌログを見た。
「どうした」
アヌログは、うっすらと微笑んで、
「陛下に、ご相談したいことがございます」
と、言って、皇帝の執務机の前まで、歩み寄って来た。
アヌログは更に、机を回り込んで皇帝の傍まで来る。
見守っていたヴァリスマリスは、流石に不審気な顔をする。
「何だ?」
「お耳を」
と言って、アヌログは皇帝の耳に皺だらけの右手をかざし、口を近づけ、声を落とす。
「実は、陛下の命を狙う不届き者がいると、報告がありました」
ヴァリスマリスは、僅かに目を細め、小さくアヌログを見た。
アヌログは、体を起こし、何事も無かったように微笑む。
「如何でしょう。もう少し南の方へ、お出かけになられては。ここは寒うございます」
ヴァリスマリスは、無表情のまま、机の上に肘をつくと、掌に顔を載せ、アヌログを見た。正直、今更、と思った。
以前から、そういう話はあった。
知らされていないだけで、歴代皇帝も皆、そういったことはあっただろう。実際に暗殺された皇帝もいるだろうし、かくいう父の死にも、不審な点があると、噂されていた。誰がやったか、までは分からないが。
オルグストス家が、皇帝を引き継ぐ様になって随分と経つ。それは、他の家はつまらないだろう。
ヴァリスマリスは、目前ではっきりと皇帝の座が欲しい、と言われれば、渡してもよいと思っていた。だが、その様な断りもなく無理やりというのは腹が立つし、今まで、真向から欲しいと言って来た者は、一人もいなかった。
自分が皇帝になって一年も経っていない。それでまた皇帝が変わるのは、帝国の為にはなるまい。愚帝の名を残すのも嫌だ。大人しく殺されるのもむかつく。
「確かに、ここは寒い。移っても良いなら移りたい」
「歴代の皇帝も、冬場は温暖な地で過ごすことも多く御座いました」
「では、私もそうしよう」
「はい。すぐに手配いたします」アヌログはそう言って、また皇帝に口を近づけた。再び声を落とし、
「その間に、不届き者を捕えますので」
と、言って、また上半身を起こした。
「春には、安心して戻られてください」
そう言って、微笑んだ。
ヴァリスマリスは、うっすらと微笑んで
「わかった」
と、応えた。
アヌログは、一礼し、執務室を出て行った。
ヴァリスマリスは、溜息をついて、髪を掻き上げた。
口が臭いんだよ、あいつ。
内心でぼやきながら、椅子の背にもたれた。