序 ヴァリスマリス
ヴァリスマリスには脱走癖があった。本気で逃げる、というより、周囲の大人を困らせて楽しんでいた。
ヴァリスマリス・カーレイ・オルグストス。西の大陸のキンレイ帝国の皇帝の息子として生まれたヴァリスマリスは、しかし、皇帝になる気など、さらさら無かった。
ヴァリスマリスには、上に母親の違う兄が二人おり、そのどちらかが皇帝になるのであって、自分は皇帝にならず好きに暮らす。物心つく頃からそう思っていた。
ヴァリスマリスは、新しい物事に触れることが好きだった。好奇心が旺盛で、それを満たす為に、よく本を読んだ。
あれはどうなっているのか、気になると居ても立ってもいられず、本に答えが書かれていなければ、知っている者を探させた。ヴァリスマリスの好奇心は、道楽とみなされ、理解を得られなかった。
ヴァリスマリスは、自分が皇帝というより、学者になるべき性質の人間であると良く理解していた。しかし、皇帝の息子として生まれた以上、それは叶わない。
長兄は病で、次兄は事故で死んだ。溜息とともに、順番が繰り上がった。
18歳の時、ヴァリスマリスは皇位継承順位が第一位となった。この頃から、エランドルクの王、アレクゼスのことが目障りになってきた。
帝国とエランドルクは、自分の父とアレクゼスの父とによって、軍事同盟を成立させていた。
過去に因縁のある小国のエランドルクとの軍事同盟など、本来ならあり得ない事であった。そればかりか、皇帝ヴァルコスの娘、つまりヴァリスマリスの姉であるイレーナは、エランドルク王に嫁いでいた。この事実も気に入らないし、姉のことも気に入らなかった。
嫌悪はやがて憎悪となり、アレクゼスを殺すことを夢見るようになる。
ヴァリスマリスが二十歳の年、皇帝ヴァルコスが崩御。
帝国は新たに、ヴァリスマリスを皇帝として迎える事になる。