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17.総督府官邸

 オリビスは夜を迎えた。


 治安部隊の立て籠もっている総督府官邸は静かだった。建物の後方は森になっていて、時々、鳥の声が聞こえる。玄関前には篝火が立ててある。その周りに警備の兵が三人。他は中にいるようだ。

 官邸の建物は木造二階建て。うっすらと明かりの見える二階の左側にある一室を除いて、全ての窓は閉まっている。窓は木製で、中に灯りがあるのかも、よく見えない。

 夜陰に紛れ、石の門柱の影から様子を伺っていたシドウェルは、頭を引っこめると官邸の前方を囲む腰の高さほどの石の壁の陰に隠れていた部下を見た。門に扉はなく、入ろうと思えば、誰でも入れる。

「中の様子がまるで分からないな」

 ヨークが答える。

「兵は数十人はいると思う。突入は分が悪い。こっちは大した武器も持ってない」

 シドウェルは、安心したように微笑んだ。ヨークは、すっかり冷静さを取り戻している。

「じゃ、お前ら、待機な」

と、シドウェルが言って、門の中に入ろうとした。

 二人の部下は、血相を変えて上司の腕を引っ掴む。

「話聞いてたか?」ヨークが声を殺して怒った。

「聞いたよ。恐らく2、30人はいる」

「行ったら殺されるって」今度はグインが言った。

「それはないって」

「なんで?!」二人は、口を揃えて訊き返した。

「フィンが戻ってこないのが証拠だ」

と、シドウェルは言った。実際は、何の根拠にもなっていないが、もともと自分は、話し合う為にオリビスに来たのだ。

「様子が分からない以上、行くしかない。フィンを取り返さないといけないし、その為の交渉も必要だ」

 部下二人は、何も言えなかった。

 ヨークも、グインも、傭兵から爵位を得るまでになったシドウェルに、憧れていた。自分たちも、仕事で目立つ様な手柄を立てれば、出世出来るかもと思っている。しかし彼の仕事は、派手な経歴の割に、地味だ。

「シドウェルは、話し合い好きだよな」

ぽつりと、グインが言った。

 シドウェルは微笑(わら)った。

「良く分かってるな」

「ホントに行くのかよ」

止められないと分かっていて、ヨークが言った。

「何かあれば、助けを呼ぶさ」

シドウェルは、そう言って、門の中に入って行く。


「やあ、どうも。夜分に申し訳ない」

声を張り上げて、シドウェルが門をくぐった。

 見張りの兵が一斉に声の方に注目し、剣を抜いた。シドウェルは、悠然と進み出て、篝火の灯りの中に自分の姿を浮かび上がらせた。

「そこで止まれ!」

兵士の鋭い声に、シドウェルは、大人しく従う。

「何者だ!名乗れ!」

「名前はシドウェル。エランドルクから来た。部下が世話になってると思うんだが」

兵士たちは、顔はシドウェルに向けたまま、何やらひそひそ話している。

「武器を捨てろ」

「持ってない」

「嘘つけ」

「裸になれってか?見たいか?俺の裸」

兵士たちは何とも言えない嫌そうな顔をした。

「どうせなら、女を連れて来い」

「そうだな、気が利かなくて悪い」

返しながら、シドウェルは兵士たちの様子に違和感を感じて、眉を顰めた。その時、微かな火薬の匂いを嗅ぎ取った。確認するより早く後方に飛び退く。

 ドゴォン!!

凄まじい轟音と共に、さっきまで立っていた地面が(えぐ)られた。シドウェルは目を見開いた。

 空いていた窓を見ると、まだ攻撃が終わっていない様子が見て取れ、門の外に飛び出した。

 ドォン!!

もう一度、地面が抉られた。

 シドウェルが部下のもとに戻ると、二人とも、目を剝いて、青ざめていた。

 シドウェルは、怒りと焦燥を抱えたまま、ニヤリとして、窓の向こうの人物に聞こえるよう叫ぶ。

「フィンは無事か?!部下を返せ!」

 沈黙の後、低い声が答える。

「総督の首と交換だ」

それを聞いて、シドウェルは、信じられない思いで顔を歪めた。こいつは、アホか?!

「俺だって総督の居所を知らない!どれだけ時間が掛かると思っている!?」

「持ってこい。それと交換だ」

 シドウェルは、沈黙した。冷静に考えれば、これが本音とは思えない。

「お前が欲しいのは、本当にそれか?!」

 声が沈黙した。

「本当の望みを聞かせてくれ。話し合う用意がこちらにはある!」

 声は、暫く沈黙し、答える。

「総督の首を持ってこい。話はそれからだ」

「せめて、フィンの声を聞かせろ!でなきゃ動かん!」

シドウェルが、そう言い終わらない内に、「シドウェル!」と、フィンの声が聞こえた。

 三人は門柱の陰から官邸を見た。シドウェルを撃って来た窓から、フィンが顔を覗かせていた。拘束されているかは分からなかったが、元気そうだ。

「痛い目に遭ってないか?!」

フィンが答えようとした時、後ろから引っ張られたのか、フィンの姿が見えなくなった。それっきり、フィンの声は聞こえなくなった。

 シドウェルは、ドスの利いた低い声で答える。

「取引に応じる。()を丁重にもてなせ。自分の命の為だ」

「待ってる」

声が答え、窓が閉まった。

 シドウェルは、奥歯を噛み締め、二人の部下を見た。二人とも、やるべきことが分かっている顔をしていた。

 シドウェルは頼もしく微笑む。

 三人は、明日からに備え、宿へと向かった。


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