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13.リメリオ

 皇帝執務室の窓から、エランドルクの使者を乗せた馬車が出ていくのが見える。それなりに見栄えのする馬車だが、小さな国の小さな馬車だ。


 ヴァリスマリスは、使者がマグダム公王から爵位を与えられた元傭兵、と事前に聞いていた。秘書官の中には、そんな卑賎の出の者と会うべきではない、と、言う者もいたが、資格は満たしてる。更に自分の出した書簡の返書を持って来たと聞かされれば、会わない訳にはいかない。


 返書を読んでみれば、何とも腹の立つ内容ではあったが、少し面白いとも思った。まさか、話し合うと言ってくるとは、思いもしなかった。

 

 総督府は、何もおかしなことをしていない。ただ、ただ、己の不遇、不満を嘆いての乱であろうと、総督は言っていたが、自分もそう思う。他と変わらぬ税額であるにも拘らず、乱を起こしたのだ。そんな我儘(わがまま)は通じぬ。エランドルクは、春には兵を出すことになるだろう。あの偽善者が、悔しがる所を早く見たい。


「陛下」

落ち着いた、柔らかい声が聞こえた。秘書官のリメリオが、隣の秘書室からティーセットを載せた小さなカートを押して出て来た。

 皇帝の執務室は一見簡素だが、大きさは、謁見の間、とまではいかないものの、それに迫るほど広い。

 部屋のほぼ中央には三人掛けのソファが対面に二つ、その間に一人掛けのソファが三つ、それらの中央にテーブルがひとつ。窓際中央には執務机、左右両側の壁際にサイドテーブルと椅子が一脚ずつ置いてあり、そのどれにも繊細な彫刻が施されている。

 天井には吊り下げ型の燭台が二基下がり、それぞれのアーム部は植物が蔓を伸ばすような美しい曲線で構成され、全て金で出来ていた。床には壁の端から端まで深紅の絨毯が敷き詰められている。


 皇帝には、リメリオを含めた五人の秘書官がいる。公文書の作成や、書簡の代筆、皇帝の面会の予定を組むなどしている。時には面会者の身元を調べたりする。変な輩を皇帝に近づける訳にはいかない。

 

 リメリオは、ヴァリスマリスの二歳年上で、背も皇帝より拳一つ分高い。黒い髪を短く刈り込んでいる。

 ヴァリスマリスは、彼の淹れる紅茶が、とても好きだった。

「一服、如何ですか?」

「頼むよ」

ヴァリスマリスは、穏やかに答えて、執務机の椅子に座り、背もたれにもたれた。

「はい」

リメリオは、微笑んで、執務机の近くにカートを止める。縁を金で塗った白い陶器のカップに、紅茶を注いで、ヴァリスマリスの前に置く。

「どうぞ」

 ヴァリスマリスは、深く息を吸った。心を穏やかにする、甘く、気品のある香り。幼い頃見た、夕空の色が、小さなカップの中に美しく収まっている。

 ヴァリスマリスは、ゆったりと椅子に座ったまま、腕を伸ばし、カップの持ち手を摘まんで、口元へ運んだ。

 一口飲む。甘味と、それとほんの僅か、酸味と渋味が、一体になって舌の上を転げ落ちていく。軽く目を閉じ、鼻の中一杯に拡がる香りの余韻に浸る。

 カップを受け皿に置いて、ヴァリスマリスは、リメリオを見た。

「リメリオの淹れる紅茶は、本当に美味しい」

「ありがとうございます」

リメリオは、内心、誰が淹れても同じでは、と思いながらも、素直に微笑んだ。


 リメリオは、もともと神学校の学生であった。

 皇帝には、自分の仕事を直接補佐する補佐官と、秘書官を自ら任命する権利があった。ヴァリスマリスはその権利を行使し、リメリオを秘書官に任命した。任命を受けるかどうかは自由である。リメリオは、そもそも皇帝を支える神官になる為に神学校に通っていた為、謹んで受けた。ちなみにヴァイオスも、この任命権によって補佐官に任じられた。他の秘書官は、内務省からの出向である。


 

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