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12.ヴァイオス

 シドウェルは、入って来た時とは違う扉に誘導され、謁見の間を出る。


 小さな続き部屋を通り、回廊へと出た。回廊の天井の面は曲線になっており、左右の柱と繋がっている。中庭に面した側の柱と柱の間には、大きな格子窓があり、謁見の間と同じく、透明な板硝子が()めこまれている。硝子には一見して気泡が無く、高い技術で作られていると見えた。窓の向こうには、四角い、湖の様に大きな池の中に、大理石で出来た円状に並ぶ五体の獅子の像があり、それぞれの口から高々と水が噴出している。水は盛大に放物線を描いて池の中に落ちていく。荘厳な迫力だ。恐らく水は付近を流れるロラーナ川から引き込まれているのだろうが、仕組みは全く分からない。

 これを作るのには相当な年月と金がつぎ込まれている筈だ。と、シドウェルは思った。キンレイと戦争になれば、負けるのが分かる。


 太陽の光を取り込んで、明るい回廊を歩きながら、シドウェルは、半歩先を歩く、ヴァイオスの後ろ姿を見る。背筋がぴんと伸びた広い背中。一見、普通の官吏だが、どこか親近感を覚えるのは何故か。

「ヴァイオス様は、皇帝陛下との付き合いは長いのですか?」

シドウェルが、興味本位で訊くと、ヴァイオスは、正面を向いたまま、微笑した。

「私は、陛下の(めのと)を務めておりました」

「そうでしたか。では、陛下の幼少の頃も、よくご存じで」

「そうですね。あの方は、幼い頃から、博識で、賢明な方です」

「そのようですね。正直に申しまして、私には陛下に対する誤解がありました」

「と、(おっしゃ)いますと?」

 シドウェルは、にやりと微笑む。

「話の通じない、おかしな方だと」

 ヴァイオスは、正面を向いたまま、苦笑を浮かべる。

「はっきり仰いますね」

「勿論、今は、賢明で立派な方と認識を改めております。税額が適正という話も本当なのでしょうね」

 ヴァイオスは、事務的に答える。

「属州の総督には裁量権がありますが、本国の法令の定める範囲を超えるものではありません」

「総督とお会いしたいのですが、今、どちらにいらっしゃいますか?」

「総督府を奪われた心労により、()せっております。会う事は(かな)いません」

 シドウェルは、渋い顔をする。

「もう少し、協力して頂けませんか」

「病人を酷使するのはやめて頂きたい」

 シドウェルは、黙り込んだ。皇帝に対する義理立てなら分かるが、何故、総督を庇うのか?

 

 前方から、侍従官に先導され、自分の従者を引き連れた緋色のドレスを着た女が、しずしずと歩いて来るのが見えた。

 女は、まだ成人していないか、したばかりという位、若く見える。長い金髪を後ろで二つに折り畳むようにしてまとめ、深緑色の絹の帯で縛っている。胸元は白いレース編みで、美しい鎖骨が見える。ドレスの絹の布地は、女の体に艶やかに(まと)わり付き、裾にいくにつれて、品のある緩やかな波を打っていた。

 ヴァイオスは、さり気なく壁際に寄り、女とその行列に道を譲り、頭を下げた。シドウェルも、それに倣った。

 女は、二人に一瞥もくれず、正面を見据えたまま、二人の前を横切って行く。

 行列を見送り、シドウェルが訊く。

「あの方は?」

「陛下が招待された方ですが、会う事はありません」

ヴァイオスは、そう答えて、歩き出す。シドウェルが付いて行く。

「何故ですか?」

「敢えて姿を現さず、どの様に振舞われるのかを見るのです。自分の妻とするのに相応しいかどうか」

シドウェルは、思わず、眉を(ひそ)めた。ヴァイオスは、構わず続ける。

「既に、ご理解頂けていると存じますが、約束のない貴公と、陛下がお会いになったという事は、それだけエランドルクを重要と、お考えになっているという事の顕れです」

 シドウェルは、ヴァイオスの背中を見つめる。

「理解しております」

そう答えてから、敢えて斬り込む。

「ですが、今回の出兵要請に関しましては、私は、不信を感じざるを得ません」

 ヴァイオスは、無言だった。シドウェルは、言葉を続ける。

「本国からは、兵を一人も出さずに、先にエランドルクに出させる、というのは、余りに不義な態度ではありませんか。()()()()、どうしてそれを許したのですか」

 ヴァイオスは、静かに微笑むと、足を止め、シドウェルを振り返った。シドウェルも足を止め、ヴァイオスを見た。

「言葉が過ぎます。ここは、皇帝陛下の宮殿です」

「存じております。特別な理由があるというのであれば、その是非は問いませんが、エランドルクとしては、後日、改めて、正式に苦情を申し伝えさせて頂きます。今は、ヴァイオス様の胸にだけ、留めて頂ければ、幸いに存じます」

 ヴァイオスは、微笑むと、

「分かりました。そうしましょう」

と言って、また正面に向き直り、歩き出した。

 シドウェルは、こっそりと息をついて、ヴァイオスの後を付いて歩いた。

 

 

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