11.謁見の間にて
シドウェルは、太陽が真上に来る頃には、皇帝の居城であるグレオ・ス・ヴァルス宮殿に入ることが出来た。だが、控えの間に通された切り、かなりの時間、待たされた。
控えの間には、他にも何人かの訪問者がいたが、皆、同様に待たされていた。窓のない、踏み心地の良い毛足の長い絨毯の紅色が印象的なその部屋で、長く待つことを前提にした様な、座り心地の良い椅子に座り、皆、一言も喋らず、ひたすら待っている。
どの位の時間が経ったのか。シドウェルはやっと謁見の間に進む事を許された。
先に書簡は渡してある。向こうが何と言ってくるか、正直読めない。皇帝の戴冠式には国王だけが招待された。会って、言葉を交わしているのは国王だけだ。
シドウェルは、皇帝の顔を知らない。どのような人物かも、実際会って話をしてみないと分からない。当然、あちらにとっても同様である。
侍従官に案内されて、更に小さい部屋を通り抜け、小さな扉をくぐると、広々とした謁見の間に入った。
高い天井の四隅には、吊り下げ型の燭台が下がっている。まだ、部屋が明るい為、火は灯されていない。
左右の壁の高い所には、幾つかの細長い窓があり、全てに透明な板硝子が嵌められている。皇帝は奥の座具に既に収まっていた。一番端の窓から差す光が、皇帝の横顔に当たり、神々しさを醸し出していた。
皇帝は無感情に正面の空間を見つめている。座具の台を降りた所には、衛兵と、側近らしき人物が立っている。
シドウェルは、侍従官に導かれ、大理石の床を進み出る。対面の位置に立つまでは、顎を引き、失礼の無いよう、目線を合わせないようにする。
侍従官が止まり、頭を下げた。シドウェルは、それに倣い、頭を下げる。
「面を上げよ」
儀礼的に、皇帝が発し、シドウェルは、顔を上げた。
金色の髪、灰色がかった薄い青い目、尖った高い鼻。やはり、姉のイレーナ様に似ている。齢は二十歳頃と聞いているが、鼻の下と顎に髭がある為か、随分威厳がある。
「初めてお目に掛かります。エランドルク軍務大臣の、シドウェル・ローレンス・クルレオンと申します。この度は、面会を許して頂き、感謝申し上げます」
皇帝は、シドウェルを見て、うっすらと微笑み、
「読んだ」
と、短く言った。
シドウェルは微笑む。
「エランドルクといたしましては、陛下の要請を受け、かつ、手段を問わないとの申し出を踏まえまして」
「話し合うと」
「はい」
皇帝は、小さく首を傾げる。
「それで、私の威厳が保てるか」
シドウェルは、すぐには答えず、微笑んだ。
そこは俺が気に掛けるべき所ではない。そう思いながら、この皇帝に、何と返せば効果的か、用意していた複数の言葉の一つを選択する。
「それを仰るのであれば、ご自身の兵をオリビスに差し向けるが宜しいかと存じます。エランドルクは、それを阻みません」
スッと、皇帝の目が細くなった。怒らせたという手応えを感じながら、シドウェルは、穏やかに微笑む。内心、吐きそうだ。
沈黙の後、皇帝は微笑んで首を元に戻す。
「オリビスの件は、エランドルク王に託しておる。言った通り、手段は問わぬ。好きにするが良い」
「ありがとうございます」シドウェルは、必要な言葉を引き出せた。しかし。
「但し、オリビスの税額は適正である。依って減額はせぬ。無論、総督府も取り返す。一切の妥協はせぬ」
シドウェルの表情が、僅かに厳しくなる。
「それでは、まとまる話もまとまりません」
「それをどうにかする自信があるから、話し合うと言っているのであろう。それで良いではないか」
皇帝の勝ち誇ったような顔に、シドウェルは思わず微笑んだ。
「陛下の深い配慮には感謝申し上げます。オリビスの民にも陛下の慈悲が下されれば、彼らは今よりも多く、陛下の為に働くでしょう。それでこそ、陛下の威厳は保たれると存じます」
皇帝は僅かに、目を見開く。
「言っておくが、私は気が短い。春までにまとまらぬようであれば、力を以て奪還せよ。これは軍事同盟国に対する、エランドルクの義務である」
「分かりました」
皇帝は、満足気に微笑み、立ち上がる。
「定期の報告を欠かすな。問題があれば、このヴァイオスに言うがよい」
皇帝は、そう言って、傍らの側近に顔を向けた。名前を呼ばれた側近は、小さく頭を下げた。
皇帝は、シドウェルに一瞥をくれると、台を降り、衛兵を従えて、台の後方右側にある扉から出ていく。その背中に、側近とシドウェルが頭を下げる。
側近のヴァイオスは、皇帝の姿が見えなくなってから、シドウェルに向き直る。シドウェルも顔を上げた。
赤みの強い茶色い短髪の、鼻の下と顎にうっすらと髭を生やした目尻の垂れた優しい顔が微笑む。
「外までお送りします」
「ありがとうございます」
シドウェルは、微笑んで応えた。