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8.イレーナ

 夕食を終え、身支度を整えたアレクゼスは、別棟にある妻の寝室へ向かった。


 イレーナは、サイドテーブルのランプの灯りひとつだけの薄暗い部屋で待っていた。ベッドに座る彼女の白いローブだけが、ぼんやりと浮かび上がって見える。

 アレクゼスは微笑んで寝室に入ると、彼女の隣に座った。


 アレクゼスには国王になるより前に娶った正妻がいたが、即位して一年も経たない内に病没してしまった。そこに降って湧いたのが皇帝ヴァルコスの娘との婚姻話である。本人が、まさか、と思っている間に成立した。ヴァルコスがいなければ、話すら出なかったろう。


 最初の妻とは子供が出来なかった。側室との間には、5歳になる息子が一人、イレーナとの間には3歳の娘と、春には1歳になる息子が一人いる。

 経緯は兎も角、アレクゼスはイレーナを大切に想っている。


 結婚初日は、互いに探り合い、牽制し合っていた。しかし、日没を待たず、アレクゼスが降参した。後継者を作る、という国王としての義務を果たす為である。イレーナはそんな夫に興味をそそられ、アレクゼスを質問攻めにした。二人は一晩中語り合い、最後には体を結んだ。


 イレーナは、王妃としての役目を果たしつつも、政治に利用されるだけの女ではなかった。彼女は、そのさっぱりとした性格と、気遣いによって侍女たちの信用を獲得し、思いがけず城内の様々な出来事を把握できるようになった。国王の政敵になる可能性のある人物の存在を知った時は、自らその人物のもとへ出掛けて行き、懐柔を図った。効果があったのかは分からないが、今までの所、国王は寝首を掻かれてはいない。


 彼女には自分の意見があった。間違っていると思えば、相手が国王であろうと、大臣であろうと、臆することなく発言した。

 アレクゼスにとって、イレーナは明らかに、生きるのに欠かせない人物であった。

「お待ちしておりました」

イレーナは、灰色がかった青い目で、夫を見つめ、微笑んだ。

 アレクゼスの心は安らいだ。太ももに置かれた彼女の左手に、自分の右手を重ねた。彼女の存在を感じ、彼女の目を見つめた。

「陛下、私も明日、シドウェルと共にキンレイへ向かいます」

唐突に、妻が言って来た。アレクゼスは、目を丸くする。

「里帰り」

「違います」イレーナが呆れて言った。

「それでは」

「弟に、一言、文句を言いに」

イレーナの目には迷いが無く、本気のようだった。

 アレクゼスは苦笑を浮かべる。

「もう知ってるの」

「はい。勿論」

「君が知れば、怒ると思っていた」

「当り前じゃないですか。こんな馬鹿な話ありますか。自分の国の揉め事を他国に押し付けるなんて」

 イレーナが怒っているのとは対照的に、アレクゼスは穏やかだった。

「その通りなんだが、苦情を言うのは、()()止めて欲しい」

 今は、と聞いて、イレーナの怒りは少し鎮まった。

「何故ですか?」

「彼を怒らせたくないからだ。結果として、事が上手く収まれば皆の得になる。その為に、シドウェルが根回しに行ってくれる」

つまり、出兵要請に対する返書をシドウェルが届ける手筈になっていた。

 イレーナは黙って聞いていた。

「決着の見通しが立った後に、改めて苦情を伝える。それまでは待ってもらいたい」

 夫の話に、イレーナは納得した。

「そういう事であれば、ここは収めます」

「ありがとう」

アレクゼスは、ほっとした様に微笑んでイレーナに寄り掛かった。イレーナは、夫の重みを感じながら、この方はいつも気苦労が絶えないな、と思った。夫の柔らかい髪を手で触り、怒りを再燃させてしまう。

「それにしても腹の立つ」

「うん」

と、返事をしたものの、アレクゼスの目は半分閉じかかっていた。

「あまり、怒っているように見えませんね」イレーナが、静かに言った。

 アレクゼスは微笑んだ。

「君や、シドウェルたちが怒ってくれるから、私は却って冷静になるんだよ」

「そうでしたか」

イレーナがそう囁いた時には、もう、アレクゼスは眠りに落ちていた。



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