9.女王の誕生
その日、周辺国に激震が走った。
小国とはいえ、安定した国家で、他国への農産物の輸出で潤うユラニア王国の王が、なんの通知もなく代替わりしたと思ったら、その翌日に更に代替わりして、女王が誕生したのだ。
大陸初の女王
その上、更にその翌日には、女王の王配となる婚約者が決定し、譲位した一日限りの前王も婚約者が決定した。
その上、そんな重大事に国内の貴族が当然のように賛意を示したと言う。一体何があったと言うんだ!
あの女王は、それほど貴族達に信頼され、王位を望まれていたのか?
様々な憶測を交え、人々は混乱した。
国民は上が代わろうが生活が変わらなければ反対はしない。この祝賀の記念として各戸に祝いの品が配布され、誰もが喜んだ。
更に、研究棟が設立されるに当たり、研究を志す若者の募集が始まり、その応募者は平民であっても認められると告知され、国中が沸き立っていた。
「凄い騒ぎね。」
受付に並ぶ行列にアイーダは目を白黒させた。研究者という名の変態になりたい人間がこんなにいるとは思わなかった。
活動的な彼女にとって、一日中、部屋にこもり、ひたすら研究に没頭する姿は、尊敬に値するとはいえ、変態に間違いないと思えるからだ。
並んで窓辺からその様子を見るラリエットが頷いて同意する。
「兄上と同じ人種がこんなに多いとはね。私もびっくりだわ。おかげで研究棟を予定より大きくしなくちゃ行けなくて、カインが苦労してるわ。」
「大変ね。それで、式はいつにするの?」
「1ヶ月後の予定。」
「え?そんなに早く?」
「うん。やっと捕まえたんだから、逃げられないようにね。」
「ねぇ、ラリエット。いつから彼の事を思っていたの?」
「初めて、彼と顔を合わせた時から。」
「それっていつ?」
「5歳。」
「そんな頃から?本当に?」
「うん。子どもの頃から、周りの人は私の事を王女としか思ってくれてなかったでしょ?ラリエットだと考えてくれたのは、兄上とアイーダと、カインだけだった。」
だから、初めて会った時にラリエットとしか名乗らなかった。失礼な挨拶なのに、彼は何も言わなかったし、ずっとラリエットを見つめていた。
その後、彼が王宮に最年少で務め始めた事を知り、ラリエットは勉強に力を入れた。特に外国語は必死に身につけた。女性王族の活躍の場は外交だけだと知っていたからだ。
目論見どおり、見た目の美しさと、流暢な会話で、ラリエットは父王から外交を任されるようになって行った。
そして、カインが宰相補佐になり、やっと親しく話をする事ができるようになった。
それでも、その頃の気持ちは、まだ親しくなりたいと言うだけのものだった。
ラリエットがもうすぐ17になる頃、結婚話が持ち上がった。隣国の王子のたっての願いだという。
全く記憶にも残らない王子からの求婚だが、特に問題のなさそうな申し出なので、きっとこの話は纏まるだろうと思われていた。
ラリエットは意を決して、カインに相談をした。
「このお話、受けてもいいのかしらね。」
ラリエットは、カインに反対して欲しかった。もし、反対して、自分と結婚して欲しいと言ってくれたら、父に泣いて頼もうと思ったのだ。
しかし、帰ってきた言葉は、彼女の望むものではなかった。
「評判の悪い方ではありません。ご心配なさる事はないでしょう。」
─最低。最低!最低!!!
そんな言葉が聞きたかった訳では無い。愛してる。自分と結婚して欲しい。そう言って欲しかったのに。
結婚は意地のようなもので、離婚はカインへの未練だった。あの弓はやり過ぎだったと思っている。
あの王子は、あの後、弓を見る度に震えるようになってしまったと聞く度に胸が痛む。
次は間違えない。同じ事は繰り返さない。
そう、ラリエットは誓った。
「それでね、やっと私の事を好きだと言わせたの。」
「頑張ったわね。」
「うん。自分の人生だもの。人任せにしては駄目なんだわ。」
「そうね。」
「アイーダ、あなたも好きな人ができたら、頑張るのよ。」
「ふふっ。なんだか、お姉さんっぽい。」
「あら、当然だわ。3年も人生経験を余分に積んでるんだから。」
「たった3年でしょ?」
「思春期の3年は大きいのよ。」
「そうかもね。ラリエット、幸せになってね。」
「もちろんよ!」
また2人でいつ途切れるか分からない行列を見つめた。
ハザードは今頃、目を回しながらも楽しんでいるに違いない。ジェンナは、そんな彼に滋養にいい物を届けているのだろう。
ラリエットの幸せは、ハザードの幸せも運んできた。
アイーダは、血なまぐさかったレイラの一生を思い、今世は、幸せになろうと心に誓った。